カラオケ
――それから、30分ほど経て。
「いやあ、久しぶりに来たわ、カラオケ。蒼良は?」
「あっ、僕は……その、わりと来るかも。……その、一人で」
「……いや、なんで後ろめたそうに言うんだよ。いいだろ、一人で来ても。誰にも迷惑かけてねえんだし」
「……まあ、それはそうだけど……」
大きなスクリーンが存在感を放つ小さな一室にて、何とも爽やかな笑顔で僕に尋ねる宮里くん。だけど、僕の返答に呆れたように微笑んで……うん、そうなんだけどね。確かに、一人で来ることで誰にも迷惑はかけてないけど……こう、ちょっと恥ずかしいかなって。
さて、先ほど宮里くんが言っていたように、今いるのはカラオケの一室。なんと、宮里くんと二人で来ているという何とも信じ難い状況でして……まあ、それを言ったら昨日から信じられないことばっかりなんだけども。
「それじゃあ、どっちから歌う?」
「……そ、それじゃあ……その、宮里くんからお願いしてもいいかな?」
「ははっ、まあそうなると思ったけどな。オッケ」
リモコンを片手に楽しそうに尋ねる宮里くんに、ドキドキしつつたどたどしく答える僕。……まあ、そうなると思うよね。よもや、僕が先に歌うタイプだとは思ってもいないだろうし。
ほどなく、曲を送信する宮里くん。画面の右上に表示されたのは、アップテンポのJ-POP――僕でも耳にしたことのある、若い方々の間で最近バズっていると評判の曲で。……好きな曲なのかな? それとも、僕でも分かるように気を遣って――
「……いやあ、緊張するなあ」
「……へっ?」
「……あっ、いや……その、宮里くんでも緊張とかするんだなあって」
「……いや、そりゃするだろ。お前がどう思ってるかは知らねえけど、俺だって普通の人間だからな? ……まあ、カラオケで緊張する、ってことは今までなかったけどな」
「…………へっ?」
リズミカルなイントロの中、ゆっくりと呼吸を整える宮里くん。……うん、緊張はするよね。普通の……とは思わないけど、宮里くんも同じ人間なんだから。……でも、カラオケで今まで緊張したことがないのなら、どうして今は……いや、今はいいか。今は、宮里くんの歌に全神経を傾けたいし。
「…………すごい」
「……そっか、ありがとな蒼良」
それから、五分ほどが経過して。
歌唱を終え呼吸を整える宮里くんに、自然と感想がこぼれ出る。……うん、本当にすごい。そして、めちゃくちゃカッコいい。……いや、もちろんいつもカッコいいけど、歌っている姿は尚のこ――
「……それじゃ、次は蒼良だな」
「……へっ? ……あっ、うん」
感慨の最中、爽やかに笑顔でリモコンを手渡す宮里くん。……うん、まあそうなるよね。僕としては、宮里くんにずっと歌ってほしかったところだけど……まあ、流石にしんどいよね。……でも、こういう時に歌っても大丈夫そうな曲は――
「あっ、ちなみにだが……俺に気を遣って、とかそういうのはいらないからな。俺は、お前が好きな歌を楽しく歌ってるのが聴きたいから」
「……宮里くん」
僕の思考を読んだかのように、柔らかに微笑みそう口にする宮里くん。そんな彼の優しさに、沁み沁みと心が温まる。……うん、ありがとう宮里くん。
「…………ふぅ」
ゆったりとしたイントロの中、ゆっくりと呼吸を整える。……うん、緊張する。気を遣わなくていい――そう言ってはくれたものの、本当にこれでよかったのかと不安にはなる。……それでも、好きな曲の中で、なるべく今の若い人達が分かる曲を選んだつもりではあって。そして、歌い出しの部分に合わせ第一声を――
「…………ふぅ」
それから、五分ほどが経過経て。
歌唱を終え、ゆっくりと呼吸を整える。……うん、まだドキドキしてる。いや、むしろ歌ってる時以上に心臓の音がうるさくて……さて、宮里くんのご反応は――
「…………宮里くん?」
そう、戸惑いつつ声をかける。というのも……宮里くんが、どうしてかポカンとした表情でこちらを見ているからで。いったい、どうし……あっ、そっか。僕が、あまりにも気持ち悪すぎて――
「……めっちゃ可愛いな、蒼良」
「…………へっ?」
瞬間、思考が止まる。そして、ややあって少しずつ思考が戻ってくる。確かに、僕が歌ったのはアップテンポで可愛らしい女性の曲なのだけど……えっと、可愛いって……僕が? 曲じゃなくて? ……いや、うん、落ち着こう。そう、宮里くんは優しいから、気を遣って僕が喜びそうな言葉を言ってくれているだけ。だから、烏滸がましい勘違いをしちゃいけな――
「……なあ、蒼良。もし知ってるなら、一緒に歌わないか? これ」
「…………へっ?」
心の中で自分に忠告をしていると、不意に届いたのはまたしても思いも寄らないお言葉で。これ、とは、柔らかなメロディーと温かな歌詞が美しく織り成す珠玉のラブバラード――そして、なんと男女のデュエット曲で。ここまでの流れだと、宮里くんが男性パート、僕が女性パートということになるのだろうけど……でも、僕なんかが宮里くんと――
「……知らないか? これ。それとも……やっぱり、嫌か? 俺と一緒に歌うのは」
「あっ、いやそんな!」
なかなか返事をしない僕に、仄かに微笑みそう口にする宮里くん。だけど、微笑には不安や悲しさが見て取れて……馬鹿か、僕は。宮里くんの方から提案してくれているのに、いったい何を考えているんだ。今、僕のすべきことは――
「……その、大好きな曲です。なので、宮里くんがいいのなら、是非……」
「……そっか、よかった。じゃあ、さっそく」
心からの言葉を伝えると、先ほどとは違うホッとした微笑で答えてくれる宮里くん。そしてほどなく、柔らかなイントロが部屋の中を包み込み……うん、めっちゃドキドキする。……保つかな? 僕の心臓。




