1.
※タイトルを変更しました。
旧題: 妹の身代わりに呪われ侯爵と婚約しました。彼、左腕が疼くそうです
この作品には、既存作のオマージュが含まれます。苦手な方はご注意ください。
エイラは目の前の光景に呆然と立ち尽くしていた。
「エイラ、わかるだろう? 俺の将来に必要なのは君じゃなく、セレナなんだ」
「ヒルマン……嘘、でしょう……?」
声が震えた。妹の肩を抱く婚約者の姿を見ても、脳がその事実を拒絶する。
だって、彼と婚約してもう5年にもなるのだ。彼と結婚することだけを夢見て、辛い現実にも耐えてきた。
それなのに……
「お姉様……ごめんなさい……でも、ヒルマンは御前試合の本戦出場者だから……お父様とお母様も、お姉さまには荷が重いだろうって」
「お父様と、お母様も……?」
足元がガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。
婚約という名の契約は、そんなに簡単に破られていいものなのか。セレナのやったことが許されていいのか。
エイラだって、ヒルマンが心置きなく稽古に励めるよう精一杯尽くしてきたはずだ。
それなのに、彼の愛おしげな視線は美しいセレナだけに注がれている。
「安心して? お姉様にもとってもいいお話があるのよ!」
「いい、話……? 何を言っているの、セレナ」
妹は何故かキラキラした瞳で両手を合わせている。あざとい仕草だが、それが許されるほどにセレナは可愛らしい。
「私宛に縁談が来ていたの。でも、私にはヒルマンがいるから……
だからね? 代わりに姉様がその方のところに行けばいいと思うの! ね、素敵でしょう?」
「は……? それはあなたに来ていた縁談なんでしょう? 私が代わりに行くなんて、許されるわけないじゃない」
とんでもない提案にエイラは目を見開いて唖然とした。
反論しても、セレナは不思議そうに こてん、と可愛らしく首を傾げるばかりだ。
「でも、お父様もお母様も、問題ないって言っていたわ。
お相手はずっとお屋敷に引きこもって全然外に出ないことで有名だもの。私の顔なんてきっとご存知ないし、気づかないと思うわ。
それに、お手紙には“光り輝く清き乙女たる貴家の御息女“としかなかったって。
大丈夫よ、お姉様だって、“清き乙女“だもの。
ね? ヒルマン?」
「あ、ああ……」
ヒルマンは少し気まずそうにしながらも頷いた。
確かにエイラは5年間、ヒルマンと手すら繋いだことはない。
今セレナは肩を抱かれて密着しているが、あれほど近づいたことは一度もなかった。
エイラに味方は誰もいない。俯いてスカートをギュッと握った。
「そう……もう、決まったことなのね……」
「そういうことなの。でもきっと、お姉様は嫁ぎ先でうまくやれると思うわ。
だって、お相手はあのウィルマン侯爵様なのよ? お姉様と気が合いそうだなって」
相手の名前を聞いて、さらにエイラの気持ちは沈み込んだ。
ウィルマン侯爵家、現当主・ヴェリタス。
彼は貴族界でも有名な“呪い子“であり、“腰抜け“である。
彼が表舞台に顔を出すことがほとんどない。
彼に会ったことのある人間曰く、全身が火傷のような傷で覆われていて、それを隠すように顔まで包帯で覆った不気味な男なのだという。
そして、彼は貴族男子の義務である御前試合に全戦“不戦敗“をしている。
これが彼の腰抜けたる所以だ。
無邪気なセレナの明るい声が、エイラの心の帳をさらに深くしていく。
「御前試合に参加しなくてもお許しいただけている方なんて他にいないわ。妻としてもプレッシャーがなくて最高でしょう?」
この国は元々武力で国を大きくしたという歴史がある。
強い貴族がこの国を守っているのだという国民へのパフォーマンスのために、毎年国王主催の“御前試合“が成人した貴族男子全員参加のもと行われている。
優勝すれば陞爵のチャンスすらあるこの一大行事は、ゆえに貴族にとって希望であり死活問題でもあるのだ。
「ヒルマンは、今が1番大事な時期だもの。支える方がしっかりしなくちゃ」
ヒルマンはそこで毎年上位入賞を果たす猛者だ。将来を有望視されている。
その彼に、エイラは結婚するに値しないと言わたわけだ。
「私には、支える力がないから、そもそも不戦敗の侯爵様なら気が楽だろうって言いたいのね?」
「支える力がないだなんて……そんなつもりで言ったんじゃないわ」
傷ついた表情でセレナがヒルマンにくっついた。
「エイラ……セレナは君を思いやって言っているんだ。
そんな不貞腐れたような言い方はどうなんだ?」
「この状況で笑って“ありがとう“なんて言えると思うの?」
そう言い返すとヒルマンはムッとした顔をした。
「そうだな。君はいつだって正しいんだろうさ。その正しさを振りかざしていればいい。
多額の献金で御前試合から逃げ続けている腰抜けのことも、君が正してやれよ」
エイラは、その後どうやってその場を後にしたのかよく覚えていない。
とにかく自分が惨めで消えてしまいたかった。
部屋で1人蹲る。
エイラとセレナは実の姉妹だ。
だが見た目も性格も真逆。
エイラは父譲りの黒髪で、ひょろりと背が高く性格は生真面目で内向的。
対してセレナは母ゆずりの金髪で小柄、性格は天真爛漫で人懐こい。
誰も彼もが、それこそ両親すらもセレナばかりを可愛がり、エイラはその影に隠れてきた。
ついには、エイラの唯一の光だったはずのヒルマンすらもセレナを選び、エイラは見捨てられた。
「ヴェリタス・ウィルマン侯爵か……確かに日陰者同士、仲良くできたりして」
ふふ、と自嘲した。
いや、相手は御前試合をキャンセルできるほどの財力の持ち主なのだ。何もないエイラに仲間意識を持たれたら怒るかもしれない。
「私、なんで生まれちゃったのかな……」
絶望のままに、エイラの夜は更けていった。
そして、その数日後にはエイラは侯爵家へと単身で向かわされることとなった。
先方の希望で、早く婚姻してほしい、婚約期間中から家に慣れてほしいのでお預かりすると言ってきたというのだ。
おかしすぎる。
おそらくあんな悪い噂しかない侯爵に娘を嫁がせようとする家がなかったのだろう。逃がさないぞという強い意志を感じる。
「まぁ、必要とされてると思えば……悪くないのかもね」
どん底のエイラはそう馬車の中で独りごちた。
到着した侯爵家は大きかった。
だがどこか陰鬱とした空気が澱んでいる気がする。
案内する執事やメイドもどこか疲れた様子で、廊下や室内に飾られた美術品はなんだか呪われそうなおどろおどろしさを感じる。
「ひっ……!」
通された客間に人間の頭蓋骨が飾られていた。そのあまりの恐ろしさにエイラはビクッと肩を揺らしてしまったのだ。
「ご安心ください、そちらはレプリカでございます……」
使用人はこともなげにそう言ったが、そういう問題なのだろうか。
出されたお茶も、ちょっと怖くてエイラは手をつけられなかった。
やばいところに来てしまったのかもしれない。
震えながらしばらく待つと、キィ……ときしんだ音を立てて客間のドアが開いた。
「……運命の歯車が、回り始めた……」
コツ、と靴音が響く。
「は……?」
入ってきた男に、エイラの目は大きく見開かれた。
全身、顔まで包帯で覆われた不気味な男がククク……と仄暗い笑みを浮かべながらドクロのオブジェを撫でている。
昼間なのに部屋の中は薄暗く、窓から薄く差し込む光が逆光となり男のシルエットを妖しく浮かび上がらせていた。
「ようこそ、我が“呪われし聖域“へ」
その圧倒的に意味不明な言葉の羅列に晒された瞬間、エイラの脳裏に前世の記憶が濁流の如く流れ込んできた。
理解が追いつかなかったこの光景に既視感が生じる。
それも、その場でうずくまって転げ回りたくなる類の……
「や、やめて……それ以上開かないで……黒歴史の扉ァ……ッ!!」




