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2.

急に耳を塞いで叫んだエイラに、ヴェリタスがハッとした様子でドクロを撫でる手を止めた。

様子を伺うような気配を感じる。


「黒歴史の扉……だと……」


考え込むような声の後、フッ……と笑みを浮かべてエイラに近づいてきた。


「ククク……ハハハハッ

……あなたも私と同じ、深淵を覗く者か。私の言霊に理解を示したのはあなたが初めてだ」


どうやら黒歴史の意味を測りかね、エイラがこの茶番にノってくれたと勘違いしたらしい。

初めての理解者と言われて果てしなく複雑である。


「恐れることはない。その扉から溢れる漆黒の情動……我が“虚無の揺籠“にて受け止めてやろう。もはやあなたは1人ではないのだ、同志よ」

「やめて同志言わないで違うからおねがい」


エイラは目の前の男に共感性羞恥でどうにかなりそうだった。

中2の頃、ノートに書き殴った設定……暗黒ポエム……アニメのキャラ自認……


「あああああ……」


崩れ落ちて顔を覆い隠しながら声にならない声でうめくエイラに、ヴェリタスが困惑したのか挙動不審になり始めた。


「あ、え、ど、どうした……? 具合が悪いのだろうか? セ、セバス……」


エイラに手を伸ばしては宙を彷徨い、ゴシゴシと手のひらをトラウザーズで拭ったかと思えば包帯でぐるぐる巻きの口元を覆ったりと動きが忙しない。助けを求めるようにエイラを案内してきた老執事を呼んでいる。

完全にコミュ障の挙動である。


近づいてきたセバスを手で遮り、エイラはなんとか居住まいを正した。


「すいません、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


心を落ち着けるために、目の前にある冷めた紅茶に手を伸ばす。

さっきは恐ろしかったこの屋敷が、今はテーマパークのアトラクションのように見えるのが不思議である。

きっと、いや確実にヴェリタスの趣味だろう。


喉を潤して現実を直視したエイラは、挨拶がまだだったことを思い出した。

立ち上がってヴェリタスに向かってカーテシーを行う。


「申し遅れました、私はスコープス伯爵家が長女、エイラと申します。

この度は身に余るご縁をありがとうございます。至らぬ身ではございますが、誠心誠意お仕えする所存にございますわ」


「……あ、ああ……」


さっきのことがなかったかのように普通に挨拶するエイラに、ヴェリタスは面食らった表情で頷いた。

だが気を取り直すように咳払いを一つ。

ビシッとカッコイイポーズを決めた。


「我が名はヴェリタス・ウィルマン。呪われし侯爵とは私のことだ」

「まさか自称だったとは……」

「何か言ったか?」

「いえ、なんでも……」

「そうか。まぁ、座ってくれ」


エイラは促されるままに座り直すと、セバスが紅茶を淹れ直してくれた。


ヴェリタスは正面のソファに座るのではなく、何故かソファの肘置きに腰掛けた。

顔だけを斜に構え、エイラに向けて包帯の隙間から流し目を送ってくる。


「……盟約は果たされた」


もしかして、ずっとこの調子なのだろうか。

エイラはチラッとセバスの方を見た。彼は静かに主人の後ろに控えていたが、彼女の視線に気づいた様子で口を開いた。


「旦那様はこの婚約を受けていただいたことに感謝の意を述べておいでです」


通訳が始まった。


だが誠に遺憾ながらエイラには通訳なしで大体彼の言いたいことがわかってしまう。


「侯爵様……その……よろしいでしょうか」


エイラは恐る恐る口を開いた。

確認しなければならないことがある。


「なんだ?」


「……呪いというのは……」

「くっ……左腕が疼く……ッ! 鎮まれ、呪いの因果よ……ッ」


いきなり左手を押さえて苦悶の表情を浮かべ始めたヴェリタス。


それを見たエイラは悟った。

ヴェリタスの呪いは、特殊な病であることを。

そしてそれは、エイラもまた前世で罹患した前歴を持つ病であることを。


(うぅッ……ものもらいで眼帯した時に「フ……コレはちょっと、ね……関わらないほうがいいよ」などと意味深なムーブした記憶が……ッ)


忌まわしき過去がよみがえり、右目を押さえながら一緒に悶え始めたエイラにヴェリタスは目を見開いた。


「まさか……共鳴しているのか……」

「……ある意味では……」


頭を掻きむしりたい衝動を堪え、エイラは目の前の包帯男を見つめた。

まさかとは思うが、包帯もファッションではあるまいか。

だが、初対面でそこまで踏み込んで尋ねることは憚られた。


「あなたとの魂の共鳴、さらに深く紐解きたいところではあるが、外界よりこの“呪われし聖域“へと足を踏み入れた代償は大きかろう。

今は雌伏の時……体を休めるがいい」

「もっと語らいたいところではあるが、来たばかりでお疲れだろう、部屋でゆっくりと休んでほしい、とのことです」


「お気遣いありがとうございます……」


古傷を抉られすぎて瀕死のエイラは、執事のセバスの案内で、よろめきながら用意された部屋に向かったのであった。


「……お嬢様」


エイラが部屋に足を踏み入れると、セバスが静かに話しかけてきた。


「旦那様を、どうぞよろしくお願いいたします」


深々と頭を下げられ、エイラは大いに戸惑った。

よろしくと言われても、彼は重症ですよというのがエイラの正直な感想である。


その戸惑いを察したのだろう。

セバスの表情が少しだけ綻んだ。


「特に何かしてほしいということではございません。

ただ、旦那様はほとんどの方にとって呪われた、恐怖の対象なのです。

旦那様があれほど嬉しそうに話すご様子を、私めは初めて見ました」


「……その、侯爵様は……」


なぜああなったのか。それを聞きたかったが、どう尋ねても失礼になりそうな気がする。


「ご両親が事故でお亡くなりになられてからでございます。幼かった旦那様は、自責の念から自らを呪ってしまわれたのです」

「え……?」


「喋りすぎましたな。

……では、失礼いたします」


深く頭を下げたセバスが部屋から出ていき、エイラは一人になった。


「ただの痛い人じゃなかったんだ……」


ポツリと呟いて、先程の会話を思い出してみる。

前世の記憶がいきなり蘇り、しかもそれが黒歴史だった衝撃のせいで、エイラも動転していた。

やべぇやつとしか思っていなかったが、よくよく思い返してみるとヴェリタスはずっとエイラを気遣ってくれていた。

いい人なんだと思う。


「……に、しても……あの調子でずっといられたら私の心が死ぬ」


ドサッとベッドに倒れ込んで天蓋を見上げた。


「呪いって、何なんだろう……」


考えながら目を閉じたら、いつの間にか眠ってしまったのだった。


――その後数日は、なんでもヴェリタスが執務に多忙とのことで顔を合わせることはできず、メイドに屋敷案内をしてもらって過ごした。


案内してもらった場所の中で、エイラの興味を大いに引いたのが図書室である。

やることもないので図書室にこもってなんとは無しにすみっこの目立たない場所に置かれていた本を手に取ったところ、その内容が衝撃だったのだ。


(な……なぜこれがこの世界に……!?)


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