第72話 傍から見ると歴戦の猛者
フラナ、アルビウスと再会を果たしたミルが踵を返し、洞窟の入口へと二人を案内する道すがら、一つの死体が転がっていた。
死体は体のいたるところに強打した跡と思しき青い痣を付け、低温火傷によって皮膚を赤黒い色で薄く染め上げていた。
そして直接の死因と思しき首の刺し傷からは大量の血が流れ出た跡があった。
ミルが命を奪った男、神進代頭領ガスケットの死体である。
フラナは立ち止まることなく眼下の死体を見やり、飄々とした口調でミルへの質問を口にした。
「こいつは頭領のガスケットだろ? ミルがやったのか、すげぇなぁ」
「相性が良かっただけですよ」
先頭を歩くミルが振り返ることなく謙遜すると、アルビウスが死体の火傷跡を見て何かを思い出したかのように声のトーンを落としフラナを睨みつける。
「そいうえば師匠、僕たちの戦いを見てたのなら、もう少し早く助けてくれても良かったのでは?」
「何言ってんだよ、この盗賊団狩りはお前の修行の一環として、前のアジトもその前も、そのまた前も、俺はサポートで相手はお前一人でしてきたじゃねぇか」
会話から察するに、二人は今まで神進代のアジトを潰し回っていたようだ。
ガスケットから"何も知らずに俺たちを潰し回ってたのか?"と聞かれたときは疑問を抱かなかったものの、ミルが潰したアジトはここを除くと一つのみである。
今更ながら疑問が解消されるも、大して気に止めていないことであったのでミルは二人の会話を遮ることなく歩き続けた。
ミルの割とどうでも良い疑問が解消されたことにアルビウスは気がつく様子はなく、会話を続ける。
「それとこれとは別ですよ。相手は盗賊じゃなかったのですから」
「盗賊じゃないって知ったのは戦い終わった後じゃねぇか。それに、お前がミルの話を聞いてたら良かっただけだろ?」
「そ、それはそうですが……しかし、相手が超即再生するなんて想像だにしてませんでした。僕には決定打がありません」
「じゃあ、とっ捕まえるとか?」
小首を傾げるもあまり思考を巡らせていない口調のフラナからの案に対し、アルビウスは首を横に振って答えた。
「それも考えましたが相対する直前に大爆発がありましたよね? そこから無傷で生還してくるような相手だったので、爆発を起こした張本人と睨み、拘束してもまた爆発を起こされては無意味と推測し、一定の距離を取って師匠が来る時間を稼ぐつもりだったんですよ」
直ぐ助けに入ってくれなかったフラナへ僅かばかり頬を膨らませるアルビウス。
その反応に興味を示すことなく、フラナは口を大きく開けた欠伸をして適当に肯定する。
「ふぁああ、るほどねぇ」
目尻に浮かび上がった雫を手の甲で拭い、フラナはアルビウスの考えも及ばない事を口にした。
「俺が助けに入ったとして、状況は変わらなかったと思うぞ。お前を担いで逃げるぐらいか……」
「え?」
フラナの言葉は、人類最強の一角である自身ですらミルを打倒できないと示唆しているモノであった。
アルビウスの戸惑いを尻目に、フラナは表情を変えることなく淡々と続けた。
「拘束力で言ったらアルビウスの方があるだろうし、殺せないってなったら俺に出来ることはねぇよ。実際に戦うってなれば気絶させるとか色々試すだろうがよ。そういうのも直ぐ治るんじゃねぇの?」
フラナから背中越しに視線を注がれ、ミルは僅かに振り返って微笑んで見せる。
「頭を潰されたら治るまで意識が飛ぶこともありますし、寝てるときも意識がないので、どうにかなるかもしれませんよ? ただ数週間寝なくても、体に不調はありませんでしたが」
「それなら毒物とかは効かないのか?」
「効かないというよりは、直ぐに治るだけですね。苦しいですし、外傷はちゃんと痛いですよ。ただ痛みに慣れてしまえば、さっきみたいな強硬手段にも出れますけどね」
「てなると、やっぱ出来ることはねぇなぁ。ミルが悪い奴じゃなくて良かったな、アルビウス」
フラナは隣を歩くアルビウスの背中を軽く叩いて、カッカッと快活に笑って見せた。
アルビウスは背中からの衝撃で僅かに前のめりになり、チラっとフラナを見上げる。
「そのときは、担いで逃げてくれるんですよね?」
フラナは冷や汗をかいて明後日の方向に視線をやって口を開く。
「あ、当たり前だろ? まったく師匠を疑うたぁ、教育のなってねぇガキだな」
二人のやり取りに懐かしさを覚え深く瞼を閉じ、ゆっくり開けると視界の奥を陽の光が照らした。
ミルは僅かに壁際へ移動して後方に位置する二人へと顔だけを向ける。
「外に着いたみたいですよ」
ミルの呼び掛けに、二人して顔をぶつけ合っていたフラナとアルビウス。
二人は何事も無かったかのように陽の光が射し込む先を見据えた。
一歩一歩と少しずつ光の下への距離が縮まり、洞窟から足を出した先には――
美麗な容姿を持ち耳を尖らせたエルフの面々が、一つの馬車を守るように陣形を組んでいた。
武装を解除した者たちは治療を続けており、武装している者たちが行生との戦闘で追った傷を完治し警戒網を敷いていた。
その中で一人、襟を正した眼鏡の女――シンカがミル、そしてその後ろにいるフラナを視界に捉えると、まるで怪物でも見たかのように恐怖で顔を引き攣らせた。
シンカは自身の内なる怯えを振り払うため、首を左右に大きく振り、平常心を装い部下へと何か指示を飛ばす。
指示を受けた部下は目を見開き、瞬く間に馬車の下へと駆け出す。
シンカは脂汗を滲ませた頬で微笑みを浮かべ、ミルたちの下へ駆け寄った。
「ご無事で何よりでございます。ノルベルさん」
僅かに震えた声と共に小さく頭を下げるシンカに、ミルは一抹の疑問符を頭の上に浮かべるが、気に止めることなく状況報告へ移る。
「見ての通り僕は無事ですけど、洞窟の中を崩してしまったので、捕まったエルフの皆さんを裏口へ迎えに行かなくちゃなりません。動ける人を集めてくれませんか?」
「わかりました」
ミルは外見上の傷は見受けられないものの、上体は服が弾け飛んでおり、見ての通り無事と断言できるか甚だ疑問だ。
しかし、シンカにはその事に考えを向ける余裕すらなかった。
なぜなら、ミルの後方で口を大きく開け、目尻に一粒の雫を浮かべて欠伸をする怪物に気が抜けなかったわけで……
シンカは体を強ばらせ、恐る恐ると焦点の合わない瞳でミルと怪物を交互に捉える。
「恐れながら、そちらにいらっしゃる方は、フラナナガ・ナガーナ様であらせられまか?」
「おう、そうだが、あんた誰だっけ? 見たことある顔だがぁ」
フラナは目尻の雫を手の甲で拭い、目をしぱしぱとさせて疑問符と共にシンカの顔を見つめる。
フラナの視線が鋭く細められ、値踏みをするような瞳に当てられる。
シンカは片手を胸に当て、直立に体を固定し、最敬礼の姿勢を持って腹に力を入れる。
「申し遅れました。私は魔王様が近衛騎士、シンカ・セクレットと申します。以前、ナガーナ様が魔王国へ起こしになった際に、談話室で警護を受けたまわっていた者です」
シンカの緊張が波紋のように広がり、後方に待機しているエルフたちも脂汗をじっとりと滲ませる。
しかし、シンカの緊張に拍車をかけたフラナの視線は値踏みをするモノではなく、涙で朧気になった視界を鮮明に映すため瞳を細めただけであった。
言うなればシンカの勘違いが緊張の波を生んでいる。
魔王軍に張り巡らされた緊張の糸は、傍からも見て取れるほどに強い。
この光景に、ミルはフラナの――三傑驥の立場を改めるに至った。
それと同時に、
シンカの名前を聞いたのは初めてだし、魔王の名前は知らないなぁ。
と独り場違いな感想を抱いていたことは、誰も気が付かない。
緊張の欠けらも無いミルをよそに、体を脱力させているフラナは軽く目を開いて小さく頷く。
「あぁ、君ね。覚えてるよ。前も言ったけどさぁ、そんな肩に力入れなくても大丈夫だから」
フラナが言葉と共にシンカの肩を軽く叩く。
この微々たる衝撃に、全身を跳ね上げる衝動に駆られるも、シンカは踏ん張りを効かせどうにかその場に留まる。
「お、お気遣い、感謝いたします」
どうやら逆効果だったようだと頭を悩ませたフラナは、当初の目的へと話題を逸らす。
「そういや、ミルが合わせたい奴がいるって……ブリュヴェルナが来てんのか?」
フラナがミルへ視線を移し、その瞳に映る影は首を傾げた。
「ブリュヴェルナって人は知らないですけど、僕が会ってもらいたい人たちは、多分あの馬車にいますよ」
ミルの視線の先には魔王軍の面々守るように陣形を組んでいる一つの馬車だ。
「あー、ブリュヴェルナってのはなぁ――」
フラナがミルの疑問を解消するために口を開いた直後、件の馬車の扉が開き、一つ、二つの人影が姿を現した。
影は、シンカの指示で馬車の下へ付いたエルフの垂れる頭を過ぎ去り、歩をすすめた。
一つ目の影は、褐色の肌に耳を尖らせたエルフの女。
二つ目の影は、黒髪黒目で背筋の伸びた優形の青年であった。
一つ目の影は、フラナの方へと歩みを止めることなく、視線だけをミルへと注いだ。
「名乗っていなかったな、ノルベル。私が魔王、ブリュヴェルナ・ディアルヴだ」
ブリュヴェルナは端的に自己紹介を終わらせると、足を止めフラナを冷たい視線で射殺すように見据えた。
「ところで、なぜ貴様がここにいる?」
問いかけられたフラナは悪戯な笑みを浮かべて、僅かに白い歯を見せる。
「そんな言い方は無ぇんじゃねぇの? 俺たちが囚われのエルフちゃんたちを助けてあげたんだぜぇ?」
「なに!? ノルベル、その話は本当か?」
片眉を跳ね上げ、訝しむ視線をフラナからミルへと移したブリュヴェルナ。
それを肯定することはなく、ミルは先程口にしたことをもう一度なぞる。
「セクレットさんに言ったばかりですけど、洞窟の中を崩してしまったので、捕まったエルフの皆さんを裏口へ迎えに行く必要があります。僕自身、エルフを見てないですが、フラナさんたちが嘘をついてるとは思えませんから、急ぐべきだと思いますよ」
「根拠は?」
「裏があったとしても、フラナさんなら言葉でなく、力で全てをどうにかできるでしょうから。疑うだけ無駄だと思います」
ミルがフラナたちを疑わないのは二年半前の信頼からである。
しかし、この場ではそれが意味をなさない事を理解しており、客観的に見た視点でブリュヴェルナを諭す。
「その異様な再生能力の賜物か、はたまた自前か知らんが、なかなか肝が据わっているな……よい」
ブリュヴェルナはミルへの評価を下すと、片腕を薙いで、空を切る音を響かせる。
「シンカ、我が兵たちよ、聞いたな! 裏口へ周り、同胞たちを迎えよ!」
「「「「は!!」」」」
ブリュヴェルナの言動が、魔王軍の面々に張り巡らされていた緊張の糸を断ち切ったかの如く、みな一様に準備へ取り掛かった。
準備に取り掛かったと言っても、傷を完治し武装していた組は、それ以上支度を済ませることはないようで、シンカの前に隊列を組み始めていた。
隊列の完成を横目に、フラナは横に佇む灰髪の男へと声をかける。
「アルビウス、道案内してやってくれ。俺は、あっちの黒髪くんと話がしてみたいからよぉ」
フラナが顎をしゃくった先には、ブリュヴェルナの後に続いて馬車を降りた二つ目の人影があった。
人影は厳かな佇まいで周囲を睥睨しており、ただ直立しているだけのように見えて一分の隙もない。
アルビウスは人影を一瞥し、ミルへと視線を移す。
「わかりました。ノルベルさん、師匠を見張っててください。何しでかすか分からないので」
「おいおい、師匠のこと信用して無さすぎだろ。何回目のやり取りだってぇの」
「戦闘面に関しては何よりも信頼してますよ。それ以外はちゃらんぽらんじゃないですか」
ため息混じりのフラナの嘆きに、可愛げのある言葉で師を蔑むアルビウス。
二人の会話を聞き届け、ミルは瞳を柔らかく細めて苦笑いを作る。
「一応、見ておきます」
力のない承諾を聞き届け、僅かに微笑みを浮かべたアルビウスは、シンカの下へと歩を進めた。
「たくよぉ、まぁ、あっちのことはアルビウスに任せるとして……」
アルビウスの背から視線を外して言葉を区切ったフラナ。
その視線を黒髪の青年へ向けると、獲物を見つけた猛獣のように口角を上げて犬歯を煌めかせる。
「君、初めて会うよなぁ。俺は三傑驥の戦帝 フラナナガ・ナガーナってんだ。フラナって呼んでくれ。よろしくぅ」
フラナから差し出された手に一度視線を落とし、青年は怖気付くことなく体を正面に捉え、視線を交差させて口を開いた。
「本来は俺の方から挨拶しなければと思っていたのですが、すみません。俺は幸王 比良 行生っていいます」
淀みない言葉を紡ぎ、フラナの手を力強く握り返す。
その力強さにフラナは「へぇ」と嘆息を零した。
「カキツバタが彫ってあるから幸王国の関係者だとは思ってたけど、君が新しい王様かぁ。随分と調子良いみたいじゃん」
「ええ、そう言っていただける事が多いです」
調子が良いとは転移してたったの1年で王となった、行生の輝かしい経歴のことだろう。
今度こそ、正しく誰の勘違いでもない、フラナの値踏みをするような視線が行生の全身をなぞる。
しかし行生の反応は変わらず、ただフラナを見つめ返していた。
……
……
お互いが相手を見やり、数秒の沈黙が流れる中、腰にぶら下げた白仮面を指で摩り口を開く男がいた。
「フラナさん、比良さんは良い人ですよ。試すような事はしないであげてください。比良さんも、そんな肩肘張らなくて大丈夫ですよ。フラナさんは優しいので」
柔らかな口調で仲を取り持つミルの言葉に、フラナはカッカッと快活に笑って見せた。
「悪りぃ悪りぃ。どんな奴かと気になってなぁ。一目で見抜けなんだ」
フラナの太陽のような笑顔に、「ふうぅ」と肺と腹の空気を吐き出し、行生は全身を脱力させて尻もちをつく。
「よ、良かったです。いきなり無礼を働いたかと思っちゃいましたよ。ホント、心臓に悪い……」
両者間に飛び散っていたヒバナが消え、行生は突き付けられていた刃物から解放されたかのようにドッと塞き止めていた汗を流した。
フラナと面と向かっても物怖じしていないように見えていた行生。
だが、実情、彼の心は恐怖と不安で塗り潰されていた。
一秒を数時間と違えるほどに心臓を押し潰されそうになっていたのだった。
先刻と打って変わり、歴戦の猛者のような佇まいから、平凡な青年へと変貌した行生の雰囲気。
これにフラナは瞬きの間、目を丸くするも、「ぷっ」と息を吹き出して地べたにへたり込む行生へと手を伸ばした。
「ほら」
「ありがとうございます」
その手を掴み、礼と共に立ち上がる行生。
彼の顔を観察するように視線を釘付けにして、フラナは口を開く。
「にしても、すげぇ変わりようだなぁ。そんな緊張させちゃってたかぁ?」
「それはもう……生きた心地がしませんでした。なんせ三傑驥だって言うじゃないですか、魔王さんとの会話からして本物みたいですし……ムシクやマイクスタフ――国のみんなからは絶対に敵対するなって、耳にタコができるぐらい言われ続けてましたから」
まるで「トホホ……」とでも言いたそうに口をすぼめる行生へ、フラナは力強く頷いてみせる。
「それは間違ってねぇなぁ。敵対するにしても、他の三傑驥の誰かを味方に付けてからにしな」
「お、覚えておきます……」
助言と捉えていいのか分からないフラナの言葉に、行生が苦笑いで答え、場の雰囲気が穏やかなモノになったのか判別が難しくなった。
刹那、一つの人影が茂みから勢いよく飛び出した。
それは躊躇いなく、一人だけを目掛けて一直線に両の手を広げ、そして――
「仮面さん!!」
甲高くも柔らかな声と共に、ミルの腰に抱きつき、
それは、耳を尖らせた一人の少女であった。




