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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第4章 神大聖堂編
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第70話 命と灰

 屍王国、王城地下にある牢獄で拘束されている半裸の男が目を覚ました。

 半裸の男は黒帯で手足を椅子に縛られ、目にも同じ黒帯を巻かれて自由を奪われている状況で、黒帯に違和感を覚える。


「あれ? 締め付け、弱くなった? 魔力の通りも少し良くなった気がしないでもないかも……」


 半裸の男は動かせない体をよそに小首をかしげて考え込むも、唐突に思考を放棄して物思いに耽る。


「そういや、盗みばっかやってたガキンチョは、元気でやってるかねぇ」


 ダンジョンから這い上がってきたボロボロの一人の男を思い浮かべ、僅かに口角を上げる。


 二人の出会いはダンジョンの出入り口で偶然なモノであった。

 半裸の男はボロボロの男に手を差し伸べ王都へ向かい、そこで世情に疎いボロボロの男へ大雑把ではあるが話を聞かせてあげた。

 加えて金銭を僅かばかり貸してやり、質素ながらも衣食住を提供してあげた。

 二人が一週間を共に過ごしたある日、半裸の男が拘束された。

 それはボロボロの男が盗みを働いた際に口論へ発展した末、黒帯で拘束されてしまい、罪をなすりつけられたからである。

 半裸の男は別の罪状ではあるものの前科があり、そのまま投獄されることとなった。


 しかし二人の出会いはお互いにとって、取り留めることがない程度の出来事でしかなかった。

 ボロボロの男はその後行方をくらませ、この一週間の出来事を思い出すことはなく。

 そして半裸の男は投獄されることが日常茶飯事であり、きっかけがなければ思い起こすこともなかったであろう。

 ただそれだけのハプニングともアクシデントとも言えない、日常の一ページである。


 半裸の男は光の入ってこない瞼を閉じて、もう一度眠りに就いた。


   ▽▽▽


「不思議な仮面ですが、あなたも盗賊団の一員ですよね? 息の根止めさせてもらいます」


 殺害宣告を口にした目の前の灰鎧の姿に、白面鬼は仮面で隠した顔を困惑で歪める。


 それもそのはず、灰鎧は全身を灰色の軽装甲で覆っているにも関わらずボクサーのオーソドックスのように、脇を閉め、右手は頬の近くに、左手はその少し前にし、左足を一歩踏み出した構えをとっていた。


 鎧を着た者の構えとは思えない違和感が、力強く壁に激突した衝撃すら忘れさせて白面鬼の心に深く落ちる。


「えっ、あなたは……」


 白面鬼が鳩が豆鉄砲を食ったように呆けて固まっていると、灰鎧が僅かに腰を落とし、次の瞬間――目にも止まらぬ速さで白面鬼の懐へ入り込んでいた。


「やばっ」


 咄嗟に槍を自身と灰鎧との間に挟み込み簡易的な盾を作るも、灰鎧の拳はするりと風のように槍を掻い潜り白面鬼の鳩尾へ炸裂した。


「がはっ」


 人体の急所を突かれ溜まらず倒れそうになるも、槍を地面に突いて体を支える。

 しかし灰鎧が攻撃の手を止めることはなく、拳が白面鬼の顎へ目掛けて突き上げられる。

 灰鎧との距離は腕一本分もなく、槍を有効活用できる間隔ではない。

 白面鬼は槍から手を離すと同時に体を横へ倒し転がるように拳を回避、灰鎧の拳は空を切るに終わった。


 白面鬼は体勢を立て直すより先に掌を前方へ突き出して、静止を呼びかける。


「待ってく――」

「待ちません」


 白面鬼の言葉を冷たく切り捨てた灰鎧は、空を切った拳からガッツポーズをしているような姿勢であるにも関わらず、片足で大地を強く蹴り付け、白面鬼へたったの一歩で接近する。

 僅かばかり空へ浮いた灰鎧は重力と共に空いた片足の裏を白面鬼へ叩きつける。

 白面鬼が突き出していた手は灰鎧に踏み折られ、手の甲から鈍く乾いた音を響かせる。


 バキャッ


 大槌で潰されたように手の甲は骨を複雑に砕かれ、一部が皮膚を突き破り白い姿を露にした。


 灰鎧は続け様に白面鬼の手の甲を踏みつぶしている脚を軸に半回転し、勢いを乗せた空いた脚で顔面を蹴り上げる。

 しかし白面鬼が間一髪のところで背をしゃちほこの様に反らせて一撃から免れる。


 手を踏みつけられた痛みに悶絶し、避ける素振りすらしないだろうと高を括っていた灰鎧は蹴りが空振りに終わり驚愕に一瞬動きを止めた。


「っ!?」


 その瞬きの間を白面鬼は逃すことはなく、仰け反った反動を使い一度深く地面に顔を付けると、反発するように大地を全身で押し付けて勢いよく灰鎧へ突進をかます。


「らぁっ!!」

「くっ……」


 灰鎧は放り出されたようにバランスを崩すも、背中の鎧の形を変形させ腕のように軸にしてバック転し後方二、三メートル先へ着地する。

 ただの鎧だと思っていた物が唐突に形を変えた目の前の光景に、白面鬼は驚愕を浮かべると同時に以前に見たことのあるような感覚へ陥る。

 僅かばかり二人の距離が開いたことで産まれた間隙で白面鬼は思考と呼吸を整え、再度静止を口にする。


「待ってください。あなたと何処かであった気が――」

「僕は知りません」


 灰鎧は鎧の背中を戻しつつ白面鬼の言葉を再度冷たく遮り、今度は籠手の形を鋭く変形させ手甲剣を作り出す。

 灰鎧は再度腰を落として力強く大地を蹴り上げ、猛進する。

 白面鬼は頭の何処かに引っかかりを覚えるが話をまともにできない状態を打開するため、『オーバードライブ』で空を走り槍を手に取る。

 灰鎧は白面鬼へ追走し、その両手から延びる刃は命を奪い取ることに躊躇のない動きで白面鬼へ襲い掛かる。

 片側の手甲剣の一撃を槍の穂先で捌き、サイン波のように穂先を流してコンマ遅れて襲い掛かってくるもう片側の手甲剣をも弾く。


 攻防が続く最中、白面鬼の動きに、いや白面鬼の複雑骨折したはずの手を見て、灰鎧は鎧で隠れた顔を不穏に歪める。


「その手、いつ治したのでしょうか?」


 灰鎧から刺すような視線を注がれるも、これは話を聞いてもらうチャンスだと白面鬼は槍を動かす手を止めることなく交渉を持ち掛ける。


「話すので止まってくれませんか?」

「でしたら話す必要はありません」


 相も変わらず、白面鬼の言葉を切り捨てた灰鎧の攻撃が止まることはなく、白面鬼は槍のリーチを活かしつつ、後方へ引きながら手甲剣の攻撃を捌き続ける。

 しかし白面鬼の槍捌きや体捌きは洗礼された騎士のモノとは遠く、お世辞にも一級品とは言えない。

 白面鬼が人里から姿を消し魔物蔓延る北の大地で戦闘に明け暮れた日々は、技を鍛えるモノではなく命を顧みない不器用で大雑把な力強さであった。

 対する灰鎧の動きは玄人のように流麗であり、二人の距離は数秒も経たずに腕一本分へと戻ってしまう。

 この結果に帰結した理由は白面鬼と灰鎧の技量の差であることは事実ではあるモノの、実力の差ではない。

 一方は頭に引っかかりを覚え相手を殺すことを躊躇し、もう一方は聞く耳を持たず相手を殺すことを躊躇しない。

 これが白面鬼を追い詰めている真実である。


 しかし防戦一方であるにも関わらず、腕一本分の距離が縮まることはなかった。

 それは前述したようにお互いの技量が拮抗しているわけではなく、白面鬼の能力を灰鎧が警戒しそれ以上近づかなかったからである。


 気が付かない内に、骨が剥き出しになるような骨折を完治してしまう能力。

 となれば序盤の攻防のような、二撃目から三撃目へ移行する深追いは悪手であったと反省が頭を過る。

 それは虚を突かれ突進を受けてしまったことへの答え合わせにもなっていた。

 瞬時に傷を治す能力だけでも警戒するには十分すぎる理由だが、真に警戒するのは痛みを感じさせない行動である。

 それも能力によるモノなのか、はたまた白面鬼の精神性によって痛みを噛み潰しているだけなのか……

 どちらにしろ深手を負わせたとしても反撃を受ける可能性は高く、白面鬼の傷は直ぐに治る。

 殺し合いにおいてこれほど厄介な相手はそうそうないだろう。


 強気な姿勢から一変、距離を測り攻めあぐねる灰鎧の様子に当たりを付け、白面鬼は槍を持つ手の力を緩める。


 ガキンッ


 金属がぶつかり合う甲高い音が鳴ると同時、白面鬼の持つ槍は灰鎧の手甲剣によって弾き飛ばされてしまう。

 しかし、その結末は灰鎧の望むモノとは異なっていた。

 なぜなら灰鎧は戦況の膠着を望んでいたからだ。

 余計な刺激を与えてしまえば形勢が逆転されかねない。

 灰鎧は自身と共に、この盗賊団アジトへ奇襲をかけたもう一人の仲間の到着を待っていたのだ。

 灰鎧はエルフの開放とアジト内部への奇襲を、仲間はエルフを安全に逃がすために追っ手を迎撃し灰鎧と合流する手筈であった。

 だが戦況は一変する。


 急な白面鬼の脱力に釣られ槍を弾いてしまった灰鎧は刹那、頭の中で思い描いていたヴィジョンが全て白紙となり鎧の下で光る瞳に戸惑いが映る。

 対する白面鬼は恐れを見せることなく灰鎧へ飛びついて抱き着き、逃がすまいと片手を鎧の首回りにある空洞へ掛けてホールドする。


「放してください!!」


 灰鎧は頬に一滴の冷や汗を垂れ流し声を張り上げるが、白面鬼が手を放す素振りは見せることはない。

 寧ろ空いた手を腹に添えて魔力を籠め始めたのだ。

 灰鎧は急激な便意に見舞われた小学生のような焦りに駆られ、心の中で舌打ちをすると意を決する。


「仕方ありませんね……」


 灰鎧はポツリと言葉を零すと、全身の鎧の形を変えて多数の鋭い突起を形成した。

 それは余すことなく白面鬼の脚、腹、胸、腕を貫き、多量の血を迸らせる。


「がはっ!」


 白面鬼が仮面の下で血を噴き出し、その間で灰鎧は距離を取ろうと足の裏に力を入れる。

 しかし引っかかりがあり体が思うように動かない。


「!?」


 それは灰鎧の鎧が白面鬼の手に深く突き刺さっており、すぐ引き抜くことができなかったのだ。

 瞬間、鎧を変形させて突起を開放しようとするも、白面鬼の掌は眩い光を灯していた。


「しまっ――」


 灰鎧が危機を察した頃には時すでに遅く、雷撃が耳を劈く程の轟音と共に掌から一直線に撃ち抜かれた。


「がああああああ!!」


 雷撃は鎧を貫き、悲痛な声を上げる灰鎧を空へ弾き飛ばす。


 白面鬼は全身に開いた穴を即座に完治させ、悠然とした歩みで地に倒れる灰鎧の下まで足を進める。

 眼下に映る灰鎧の容態は思った以上に軽いように見受けられ、直撃した腹部は鎧の影響もあってか白い肌が僅かに見えている程度であった。

 しかし、それ以上に効果を受けたのは傷ではなく、全身に走る感電の麻痺であるようで身動き一つ取ることができていない。


「死んでなくてよかったです。これでゆっくり話ができますね」


 白面鬼が独り胸を撫でおろすのも束の間、洞窟の奥から一つの声が響く。


「わりぃけど、選手交代だ」


 暗がりから姿を現したのは、身長が190強あり、ショート丈のジャケットに黒のコンプレッションシャツ、服の上からでもわかる無駄をそぎ落とし鍛え上げられた肉体、それでいてゴツゴツした印象はなく引き締まった体をしている男であった。


 白面鬼は――否、ミルはその姿にまるで幽霊と出くわしたかのような驚愕を仮面の下に浮かべて、ポツリと久しい人物の名前を口にする。


「フラナ、さん……?」

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