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ツバキ黙示録  作者: 坂木ケイジ
ツバキ黙示録 第二篇 -聖女の祈り、騎士の願い-
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第二十七章

 翌日、直巳は普通に登校したのだが、やはり落ち着かなかった。

 アイシャからは、「変なことをしないで、生活も食事も、いつもどおりにしなさい」とアドバイスをされている。気合を入れていつもと違うことをすると、まず裏目に出るそうだ。

 とはいえ、今晩、天使騎士団に紛れてアリエラを襲撃するのだから、緊張するなというのが無理な話だ。

 しかし、伊武を見てみると、まるでいつもどおりの学校生活を送っていた。

 真面目に授業を受け、体育の時間は手抜きをし、特に誰とも口をきかず、どう考えても伊武には足りないだろうという女子サイズのお弁当を食べて(本気で食べると目立つ量になるから昼は諦めてる、らしい)、食後の授業は少し眠そうにしている。神経が太いのか、アリエラの襲撃なんぞは部活ぐらいの感覚なのか。とにかく頼もしい。

 放課後になり、自然に伊武と一緒に帰宅することになった。

 今日の夕食当番は伊武なので、途中、夕飯の買い物をすることにした。

 商店街を歩いている時、伊武が心配そうに直巳の顔を覗き込んでくる。

「椿君……なんか……疲れて……る?」

「疲れてるというか……ずっと緊張してて、落ち着かなくて」

「今晩の……こと?」

「うん。アイシャには普通に過ごせって言われたんだけど、やっぱり難しいね」

「そっか……でも、大丈夫……だよ」

 伊武はにっこりと笑う。綺麗な顔立ちをした彼女の、優しい笑顔。

「アリエラは……私が……倒すから……ね?」

 笑顔と言葉の内容が、まったくあっていない。

 引き攣った愛想笑いをする直巳に、伊武は笑顔のまま言葉を続けた。

「椿君が……アリエラのことを……どう思っていようと……心配していたり……迷いがあったり……しても……私が……倒す……から……大丈夫……」

「伊武……」

 直巳は何か言おうとするが、言葉が出てこない。

 伊武は、そんな直巳を黙って見つめていた。直巳は何か言いたいのだが、自分でもそれがよくわかっていない。上手く言葉にできない。だから、黙り込むしかない。

「……いいよ……思ってること……言って……みて?」

 伊武に言われると、直巳は混乱したまま、自分の思っていることを口にした。

「アリエラは、いつも笑ってた……でも、多くの人を殺してる。あの笑顔は……嘘だったのかな……ずっとみんなを、騙してたのかな」

 伊武は、それを聞いて、直巳が何で悩んでいるかがわかった。

 ようするに、直巳の中のアリエラと、殺人鬼のアリエラが繋がらないのだ。最初からアリエラがおかしな女であれば、直巳も倒すことに躊躇はしないだろう。しかし、直巳がずっと見ていたのは、優しく明るい修道女のアリエラだ。

 だから、本当にアリエラをそのまま倒していいのか、直巳は悩んでいる。

 もしかしたら、説得できるんじゃないか。話し合えばわかるんじゃないかと、心のどこかで思っているのだ。

 そんなことは、絶対できないのに。

「アリエラは……椿君を……騙しているつもりは……ない」

「……どういうこと?」

「いつも笑顔の修道女……あれも本当……連続殺人犯で……椿君を殺そうとしたのも……本当……アリエラの中で……それは矛盾してない……から……嘘じゃ……ない」

「でも、それを両方続けていたら、どちらかが破綻するだろ。それが矛盾じゃないのか? だから、アリエラの本当の目的は殺人で、普段のはカモフラージュだと思うのが普通……なんだけど……どうしても、そうは思えなくて」

 直巳の言葉に、伊武がゆっくりと首を横に振った。

「それは……理屈……でしょう? あれは……理屈が通じない……壊れてるの……」

「壊れてる?」

「そう……自分が……何をしているのか……何がしたいのか……やがてどうなるのか……わからない……から……壊れてるの……理屈が通じない……から……止めるしかない……の」

 伊武の言葉が、直巳の悩みにたいする解答のはずだった。それで説明はつくはずだった。

「そのアリエラの考えが、わからないんだ……どういう気持ちで、そんなことをしているのかって。だから、悩んでいるんだ」

「……考えては……悩んでは……駄目……アリエラに……心を合わせては……駄目……」

「駄目?」

「理解できる相手じゃ……ない……壊れた機械に……話かけるようなもの……椿君が……おかしく……なっちゃうから……駄目……」

「壊れてる――か」

 その表現で、直巳は伊武の言っている意味を理解できたような気がした。理屈では。

「災害を……説得しようとは……思わない……でしょう? ただ、止めるの……対処を……するの……それと同じ……それで……納得して……お願い」

「――わかった」

 伊武の必死な様子に直巳がうなずくと、伊武は、ほっとした表情になり、微笑んだ。

「……うん……椿君のせいじゃ……ないん……だから……」

 それで、直巳は悩むのをやめることにした。

 本当にアリエラのことを理解できたとは思えない。でも、きっと伊武の言っていることが正しいのだろう。どこまでいっても、理解ができない存在なのだろう。

 だから、アリエラを倒すことへの迷いは捨てた。そうするしかないし、それでいい。

 アリエラのことは終わりでいいのだが、今度は伊武に聞きたいことが出来た。

(どうして伊武は、そんなにアリエラの気持ちがわかるの?)

 この質問は、心の奥底に閉まっておくことにした。

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