第二十六章
「それ、処刑聖女じゃないですか!」
アイシャが天木に電話で事情を説明すると、天木は驚いた後に、大きな溜め息をついた。
「あら。天木、知り合い?」
「そんなわけないでしょう! 処刑聖女の噂ぐらい聞いたことありますよ。名前までは漏れてきませんでしたが。しかし、そうですか。アリエラが犯人で、しかも処刑聖女だったとは……どうりで、天使教会の名簿に引っかからないわけです」
「破門されていたから、名簿にも載ってなかった……ってことかしらね」
「そういうことでしょう。過去の名簿も改ざんされて、いなかったことになってますよ」
結局、天木のアリエラの情報を手に入れることができなかった。
理由は、今の話のとおり。アリエラは破門されており、過去の記録からも消されている。
天使教会をどんなに問い詰めても、表向きには知らないと言い張るだろう。
「なら、マルジェラは? あっちはどうだったの?」
「話で聞いたぐらいですが、従士にマルジェラという人物がいるそうです。何故か従士の名簿には載っていませんでしたが。ずっと騎士団への入団試験に落ち続けて、ついたあだ名が十年従士。そこそこ有名みたいですよ。あまり、良くない意味で」
「ふうん……従士か……なるほどね」
名簿に載っていないのは、以前にアイシャが予想したとおり、何らかの理由で従士からも外されているのだろう。恐らくはもう、天使教会に所属すらしていないはずだ。
しかし、十年従士――情けないあだ名だ。そうまで言われても、マルジェラは自らを天使騎士だと名乗り続け、最後はAに遊ばれた。よほど、天使騎士に憧れていたのだろうか。
いかにも愚かな人間――そして、アイシャにとっては、もうどうでもいい人間だった。
「マルジェラの調査、まだ続けますか?」
「いえ、その子はもういいわ。それより天使教会は、まだアリエラに興味があるかしら」
「そうですねえ……もう関わりたくない、というのが本音だと思いますが」
「なら、天使騎士団は? まだアリエラに興味がありそう?」
「秘密裏にとはいえ、指名手配をかけていますから、教会のお偉いさん達よりは興味があるでしょう。とはいえ、空間移動する相手です。積極的な調査は諦めているのでは?」
アリエラはターゲットとする相手も幅広く、空間移動もするので追い切れない。張り込みも無駄だし、見つけたとしても捕らえる方法がない。
そんな相手を追い回して、返り討ちにされては天使騎士団も恥をかくだけだ。
心情的にはともかく、基本的には無視を決め込むしかないだろう。
「もし、居場所がはっきりしてれば来るかしらね? 無視はできないわよね?」
「えー……そうですねえ……アイシャ、何を考えてるんですか?」
天木には、もう何となく話の流れがわかっていた。だからこそ、頭が痛い。
「アリエラの居場所がわかってるのよ。通報されたら、天使騎士団が動かないわけにはいかないでしょう。メンツを煽って逃げられないようにすれば、なおさらね」
天木の予感は的中する。また、アイシャが面倒ごとを持ち込んできた。
ただ、今回は面倒なだけでなく、天木にとっても有益な話だった。
「なるほど。通報して、天使騎士団を動かそうと……良い案だと思いますよ」
「で、お願いなんだけど」
「私から天使騎士団にたれこめって言うんでしょう? いいですよ。こちらとしても、失踪事件は早く片付けたいですからね」
天木にとっても、失踪事件は頭痛の種だった。顧客はやられるし、天使教会の目も厳しくなるし、自分の町で戦争を起こされても困る。何より、自分が狙われてはたまらない。
「相変わらず、話が早くて助かるわ――で、もう一つお願いがあるんだけど」
「聞くだけ聞きましょうか――聞くだけですよ?」
ここまできたら多少のことは付き合ってやろうと、天木は腹をくくった。
「天使騎士団がアリエラを捕まえる時に、うちの人間を2人、潜り込ませたいんだけど、できるかしら? 周りと同じ格好で、天使騎士団の一員みたいにして」
「うーん……道案内や事後処理用の現地協力員ということにして、ねじ込むことは出来ると思いますよ。服装や装備は用意できます。勝手に着ていったら怒られますけどね」
「怒られるだけならいいわよ。天使騎士団に憧れてる若者って感じで、押し通すわ」
「なら、どちらも手配しますよ。装備は予備も含めて、3つでいいですか」
「それでいいわ。直接、椿家に送ってちょうだい」
「わかりました。しかし、なぜそんなことを? 天使騎士団に任せれば良いのに」
「天使騎士団にアリエラを倒して欲しいわけじゃないもの」
「と、いうと?」
「アリエラと戦うために、人手と囮が欲しかっただけよ。本当に天使騎士団が倒してくれたら儲けものだけど」
天木は、アイシャが受話器から耳を離すぐらいに大きな溜め息をついた。
それから2時間ほどして、すぐに天木から連絡があった。
天使騎士団は明日の夜に到着し、即座にアリエラを襲撃すると。
アイシャや天木が考えているより、天使騎士団はやる気のようだった。
「と、いうわけで。決戦は明日の夜よ。直巳、まれー。覚悟しておいてね」
アイシャは椿家のリビングに直巳、伊武、Aを集めると、天木のセッティングしてくれた天使騎士団の予定を告げた。
想像よりもずっと早い展開に直巳は驚いたが、遅いよりは良いと気持ちを切り替える。
遅ければ、アリエラはまた襲ってくるかもしれないし、逃げてしまうかもしれない。
「俺と伊武は、どう動けばいい?」
「天使騎士団だって、何か作戦は立ててくるでしょうから、まずはそれを見届けましょう。それで駄目そうなら、後はまれーに任せるわ。何としてでもアリエラを仕留めて。後処理はこちらでやるから、何をしてもいい」
「……わかった……絶対に……殺す……」
伊武は倒すとか、仕留めるなどという言葉は使わない。殺す。殺すと言ったら殺す。
「アイシャ、俺はどうすれば……自分で言うのもなんだけど、役に立てるかな……」
アリエラ相手に神秘呼吸は悪手、ということになったはずだ。直巳は伊武のように直接戦うことも、Aのように魔術でサポートすることもできない。冷静に見て、邪魔だ。
直巳が何を言いたいのかは、アイシャもわかっている。
「直巳は、囮の中の囮。一番、良い餌よ。アリエラは直巳にこだわってるわ。いざとなったら顔を見せて、声を出して、アリエラを引きつけなさい。後は、とにかく死なないこと」
「そ、そうか。わかった」
「……危なく……ない……の?」
伊武が納得のいかない表情でアイシャを見る。
「だって、それしかないじゃない。アリエラが天使騎士団を無視して、こっちに来たらどうするのよ。今、一番頼れるまれーの近くにいた方がいいじゃない? それに」
アイシャは少し声を潜めて言った。
「うちには、つばめがいるのよ。直巳は家から離しておいた方がいいでしょう?」
今のところ、アリエラが一番興味を持っているのは直巳だ。その直巳が家にいたら、つばめと顔を合わせる可能性が高いし、アリエラが危害を加える可能性も十分にある。
つばめと直巳、両方を守るのと、直巳だけを守るのはどちらが簡単か。
車椅子のつばめでは、逃げることも難しい。つばめに何かあれば、直巳は自分が犠牲になろうとするだろう。
そこまで考えて、伊武はあきらめたようにうなずいた。
「……そう……だね……椿君は……私と一緒に……天使教会に行った方が……いい……」
「伊武には、迷惑をかけないようにするよ」
直巳が申し訳なさそうに言うと、伊武は直巳の手を握って言った。
「迷惑……かけて? 椿君のこと……守らせて……ね? アリエラも……私が……倒すから……安心して……ね?」
伊武は優しい声で、微笑みを浮かべて言った。まるで、子供を愛する母親のように。殺すという言葉も使わない。倒す、と言った。直巳が気にしないように。
「……ああ、頼りにしてるよ」
直巳も、笑顔で返した――作り笑顔だが。
思うところはあるが、伊武の言うとおりにするしかない。
こうして、直巳は伊武に借りを作り続ける。負い目を感じ続ける。
すべて、伊武の望むとおりに。
話が終わると、アイシャは伊武だけリビングに残るように言った。
リビングに、伊武とアイシャの二人きりになる。
「……何か……話でも?」
「二人のことだからね。あまり、口を出したくはなかったんだけど」
不機嫌そうな伊武に、アイシャの疲れたような口調。まるで、教師と生徒のようだった。
「ねえ、まれー。悪魔だって、契約の内容は最初に伝えるわ。何を渡して、何をもらうのか」
「……何の……話?」
「あなたは、直巳に何を望むの?」
伊武はアイシャの言いたいことを理解すると、小さく笑いながら答えた。
「……逆……だよ」
「逆?」
「もう……もらって……いるの……私が……返してる……だけ……」
それだけ言うと、伊武は立ち上がり、リビングを出て行った。
「なら、それを直巳に言いなさいよ――いや――」
アイシャは机に突っ伏すと、誰にも聞こえないような小さな声で言った。
「私でも、言わないかもね」
アリエラは、直巳達の前から去った後、一人で廃墟となった天使教会にいた。
鼻歌を歌いながら、壁や天井を覆う、ブルーシートを全て取り払う。
「うん。これでよし」
元の完全な廃墟となった天使教会を見て、アリエラは満足そうにうなずく。
ぼろぼろの天使教会。まるで、故郷の村にある教会のようだった。
ずっと、故郷の村で、天使様に祈りを捧げて生きていてもよかった。
だが、天使教会に入り、色々なものを知ってしまったからには、もう戻れない。
天使の力を盗み、偽の奇跡を起こす魔術師も、天使の名を使い、人の尊敬を集める神父も許せない。それらは全て、天使様への不義だ。私の力は、それらを裁くために天使様が与えてくれたに違いない。特別な人間。天使様に選ばれた人間。人を裁く天使の代行者。
自分が捨てられていたのも、辛い生活をしていたのも、奥様に虐められていたのも、全て天使様に選ばれるための試練だったのだ。そう考えれば、全て納得がいく。
天使様は、自分を助けてくれなかった村の人間を滅ぼし、天使の力を与えてくれた。
だから今度は、私が天使様のために働くのだ。
アリエラは、壊れた天井から夜空を見上げる。
「明日は、ナオミ来てくれますかね」
独り言を言うと、白い息が夜空へ吸い込まれていく。それが面白くて、アリエラは何度も空に向かって息を吐いた。
しばらく遊んで満足すると、アリエラは服装を整えてから跪いた。
「さあ、天使様に祈りを捧げましょう」
アリエラは廃墟の天使教会で、一人、祈りを捧げ続けた。
静かな夜。冬の星と月が、祈りを捧げる修道女を照らしていた。




