第十三話:ちゃんと、伝えないと
スマホのなかった、五日間の合宿。
男どもの下世話な話ばかり聞いているうちに。
そして、彼女とやり取りができないうちに。
不毛な想像ばかり、してしまって。
「新山とも、そういうことしてたの?」
堪えかねて、聞いてしまった。
「してないし、慎と新山は、全然違うよ……」
そう言った顔は、拗ねた顔でも、冷たい微笑みでもなかった。
明確に傷つけたことが、わかった。
それなのに。
俺の頭の中を駆け巡るのは、今の失言をどう挽回するかで。
この期に及んで保身に走るのかと、自己嫌悪に陥る。
「……帰るね」
一番やるべきだったのは、彼女に与えてしまった傷を、少しでも取り除くことだったのに。
追えなかった。
これまでもらってきた愛情表現を思い出すたび、胸が抉られたように痛む。
なんと謝れば、足りるだろう。
全然、眠れなかった。
◇
翌朝。
クラスの文化祭準備に向かうため、乗り換えのホームでぼうっとしていた。
イヤホンから流れる、好きなバンドのラブソングが沁みる。
(浸ってないで、さっさと謝れって……)
メッセージは、まだ送れていない。
直接、話したい。
今日の準備には、藤沢も来るはずだ。
(終わったら話したい、とだけ伝えるか……)
そんなことを考えていたら、ワイシャツの肩をポン、と叩かれた。
「南くん、おはよー」
若月さんだった。
「あ……おはよ」
イヤホンを外しながら応えると。
彼女は、そこから漏れ出る音に「あ」と目を丸くする。
「そのバンド、知ってる!」
「え?」
「お兄ちゃんが、めっちゃ好きで」
「おお。俺も兄貴の影響」
「私たち、趣味似てるね」
さっぱり笑った若月さんは「そうだっ」と鞄をガサゴソやりはじめた。
取り出したのは——あのバレー漫画の、『キヨシ』のキーホルダー。
「これ、いる? 先週ポップアップストア行ったんだけど、同じの五つも当てちゃって……」
「え……いいの!?」
それはちょうど、俺のお気に入りのカットだった。
強豪校との試合で、決まったと思われた一打を拾い上げる場面。
低く構えた腕に、ボールが吸い込まれていくところだ。
「うん、どうぞ。自分のはあるし」
そう言って、キーホルダーを付けた鞄を揺らす。
「キヨシってさ、本当に不器用だよね。せっかく好きな子に『好き』って言ってもらったのに、『バレー頑張りたいから』とか言って応えないでさ……」
「…………」
最新話のことだ。
キヨシの話なのに、今の俺にグサグサと刺さる。
「でも、そんな不器用なところが、愛すべきポイントなんだけどー」
そのあと、ついアニメ化の話に夢中になっていたら。
(……って、おい。二人でいるところを藤沢に見られでもしたら、さすがにまずすぎるだろ……)
そう気づき、冷や汗が噴き出たものの。
学校の最寄駅でクラスメイトの男子と会い、そこから三人で学校に向かったため、ひとまず安堵した。
◇
教室に着くと、藤沢はすでにいた。
俺たちのクラスは、男たちが主人公のミニミュージカルをやる。
藤沢はこちらに背を向け、その衣装用の布を切りながら女子たちと喋っていた。
彼女の隣にいる立花さんが、俺に気づき、耳打ちしている。
『南くん、来たよ?』
みたいな感じで。
でも――藤沢はこちらを振り向かない。
暑い日差しの中を歩いてきたはずなのに、冷たい汗が額から垂れてくる。
◇
一度も目が合わないまま、教室の端でダンスの練習が始まった。
藤沢と立花さんが振り付けを考えてくれて、俺や蓮沼を含めた男子十人ほどに、教えてくれる。
「手を右に出したあと、回しながら、こっちにステップを踏む。はいっ。ワン、ツー、スリー、フォー」
(????)
「立花せんせーっ! 全然できねっす!」
蓮沼が助けを求める。
俺も、頭の中がちんぷんかんぷんだ。
シンプルな振り付けのはずなのに。
お手本として踊ってくれる彼女たちとは、程遠い動きになってしまう。
手と足が、同じ側に出てしまうのはなぜだ。
「藤沢さん、こうっ!?」
他の男子が、彼女に尋ねている。
「んーとね」
優しい声で教えてやっていた。
(…………)
俺も、教えてほしい。
話したい。
でも、あの冷たい笑みを向けられるだろうか。
思わず、唾を飲み込んでいたら。
「南くん。足、膝から曲げてみて」
話しかけられた。
「……こう?」
「うん。そう」
目は合わないけれど、会話してくれた。
他の男子と、同じように。
そして、またすぐに別のやつのところに行ってしまう。
そんなふうに、彼女は普通に接してくれた。
それで余計、胸が苦しくなった。
◇
昼が過ぎると、俺も彼女も部活の時間になった。
更衣室で着替えながら、メッセージを送った。
『会って話したいから、今日、家行ってもいい?』
暑いグラウンドで汗と砂埃まみれになって、余計な考えを払うように、ボールを追う。
彼女の傷ついた顔が、何度も浮かぶ。
そして、思った。
謝るだけじゃなくて。
何かを――ちゃんと、伝えないと。
もうあんな顔を、させなくて済むように。
◇
部活が終わり、家に着いた頃。
返信がきていた。
開いて、手が止まった。
『いいよ! 今日、親いないから、公園とかじゃなくて家の中で話せるし』
(『親いない』……)
彼女は、俺とのことを親に話していないらしく、家の中にお邪魔したことはない。
変な緊張が、走るものの。
(……おい、何考えてんだよ。真面目に話するだけだろーが)
そう首を振り、出かける準備を始めた。




