改訂【塀の上、綱渡りのハッカーズ】 本編 36 証券スキーム
久保は、太田黒が去った後の空席に深く腰を下ろした。眼前に広がる太田黒スキームは、この令和という時代を支配する「力」そのものだった。
太田黒が残したノートには、システムの精緻な設計図と、それを維持するための冷酷な論理が記されていた。久保は、師が葛藤の果に残したスキームを背負うことを決意した。
久保の命題は、システムの回転効率を極限まで高めつつ、その膨大な利益の中から「救済」という名の社会的なコストを捻出することにあった。
久保は、256人のトレーダーたちを招集した。彼らは太田黒の下で、ただ言われた通りの数値を入力する「人形」と化していた。久保は、かつて自分が教わった「法の武器化」を逆に利用した。彼は、自らが作り上げた膨大な取引データを、法的に適格な「社会的救済基金」へと直結させた。合法的に資金を還流させる回路を作ったのだ。
「師匠、あなたはスキームを完璧にすることで救済を成し遂げた。だが、私はシステムそのものを呼吸させることで、犠牲を減らす」
久保は、深夜の執務室で独りごちた。
久保は、256人のトレーダーに一斉に命令を下した。
久保は、深い溜息をついた。額には脂汗が滲んでいる。執務室の窓の外では、東京の夜景が、何も知らないかのように美しく輝いている。
彼が救済し続けた人々が、明日もパンを食べ、暖かな場所で眠れるなら、この塔が地獄と呼ばれようとも構わない。久保はそう決意した。
久保は再び、次のラウンドの準備を始めた。
令和の夜空を背景に、塔は静かに、しかし力強く鼓動している。久保の挑戦は、まだ始まったばかりだ。そして、引き出しの中で眠る封筒は、彼がさらなる飛躍を遂げたとき、あるいは、さらなる深淵に堕ちたとき、その封印を解かれるのを待っている。
久保は椅子に深くもたれかかり、遠くの星を見つめた。彼は確信していた。救済とは、どこか遠い場所にある理想ではない。この冷酷な数字の羅列の中にこそ、唯一存在する希望なのだと。それがたとえ、自分を滅ぼす呪いであることを知っていたとしても。




