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改訂 【 塀の上、綱渡りのハッカーズ 】  作者: 風風風


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改訂【塀の上、綱渡りのハッカーズ】 本編 28  証券スキーム

 深夜二時。

 六本木ヒルズの冷徹な塔から戻った太田黒が住まうのは、都心から電車で一時間ほど離れた、古びたマンションの一室だった。


 調度品は最小限。

 使い込まれた本棚には経済学や歴史書の他に、かつて自分が救えなかった者たちの記録と、今まさに救うべき者たちのリストが並んでいる。彼はその夜も、コンビニで買った惣菜を温めることもなく、静かに冷えたパンを齧りながらノートパソコンを開いていた。


 太田黒にとって、この質素な生活は戒律のようなものだ。

 配下たちが動かす巨大な金は、あくまで「均衡」を維持するための燃料であり、彼自身の私物ではない。彼が求めているのは富の集積ではなく、この理不尽な社会で押し潰された者たちの、小さく消えそうな「灯火」を繋ぎ止めることだけだった。


 彼の検索履歴には、一般的な投資情報はほとんど存在しない。

 代わりにあるのは、地方の小さな工場が不当な理由で倒産に追い込まれたニュース、あるいは、過酷な労働環境によって心身を壊し、社会から孤立した若者たちのSNSの叫びだ。


「……見つけた」


 太田黒の指が止まる。

 リストの一人が、ある地方都市の公園でホームレス状態にあるという情報だった。かつて実直な職人として家族を支え、理不尽なリストラと保証人詐欺によって全てを奪われた男。太田黒はノートにその男の名前を刻み、暗号化された端末を操作する。


 翌日。

 太田黒は「太田黒」という名前ではなく、ただの支援ボランティアの顔をしてその地へ向かう。

 公園の隅、段ボールに埋もれるようにして眠る男の傍らに、そっと毛布と、封筒を置く。その中には、最低限の当座の生活費と、彼が再び社会へ戻るための小さな導きが記されたメモだけが入っている。太田黒は決して名乗らない。救われた者が感謝する相手は、自分ではなく「偶然の幸運」であってほしいのだ。


 救済の手段は多岐にわたる。

 ある時は、理不尽な訴訟で追い詰められた家族のために、裏から優秀な弁護士を手配する。その資金源は、六本木の塔で生み出された膨大な粗利の端数、太田黒の「均衡」調整の中で切り捨てられた微小な利益の集積である。


 しかし、ただ金を渡すだけの救済はしない。

 太田黒が求めているのは、彼らが再び立ち上がるための「場所」だ。


 ある時、太田黒は一人の青年をスカウトした。

 かつてITベンチャーを立ち上げ、大手企業の卑劣な情報引き抜きによって会社を乗っ取られた青年だ。彼は絶望の淵にいた。太田黒はその青年の元を訪れ、ただ一言だけ告げた。


「君のその技術、この世界を『計算』するために使わないか」


 青年は最初、警戒した。

 しかし、太田黒の淀みのない瞳に、自分と同じ「社会への復讐心」ではなく、もっと静かで強固な「秩序への渇望」を見た。青年は、太田黒の配下の一人として迎え入れられた。今の彼は、表向きは相沢や久保とは別の部署で、組織の内部システムを強固にするための技術者として働いている。もちろん、彼が自分が救われた先がどのような仕組みの上に成り立っているのかを知るには、まだ時間がかかる。


 太田黒の救済は、常に「静寂」を伴う。

 彼は被害者たちに、劇的な変化を約束しない。ただ、不条理な流れを一度せき止め、彼らが自らの足で歩き出せるだけの「猶予」を与えるだけだ。


 「均衡」は冷酷な計算式だが、その余白で救われる命がある。

 彼にとって、六本木の塔で向き合うモニターの数字と、公園の隅で震える男の背中は、同じコインの裏表だった。理不尽な暴力で均衡を崩された者たちを、別の場所で静かに支えること。それが、彼がこの塔を維持する本当の理由だったのかもしれない。


 マンションの窓から見える朝焼けを見つめながら、太田黒は深く息を吐く。

 今日もまた、均衡のパズルを解き、誰かの人生をわずかに修復しなければならない。彼の手のひらには、世界を支配するような権力も、華やかな名声もない。あるのは、計算し尽くされた数字と、誰にも知られることのない、ささやかな「救済」の記録だけだ。


「よし」


 彼は小さく呟き、パソコンを閉じた。

 六本木の塔へ向かう時間だ。そこにはまた、救済を待つ者たちのための、冷たくも美しい均衡の世界が待っている。太田黒は質素なコートを羽織り、誰にも気づかれることなく、人波の中へと消えていった。その背中は、どんな富裕層よりも毅然としていた。

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