改訂【塀の上、綱渡りのハッカーズ】 本編 26 証券スキーム
太田黒は、まだ黙考している。彼の中で、生・邪が対話している。
邪「では、聞くぞ。日本は東京裁判で裁かれたが、日本国民は、日本政府を裁く権利があったんじゃないのか? 日本政府は、国民に対して、自分の責任を裁いたといえるのか?」
正「そもそも、『政府を裁く』という論理が矛盾している。法治国家のシステム上、『日本国民が日本政府を裁く』ことは、論理が破綻している。理由は次の通り。まず、国家主権の所在。 民主主義国家において、たしかに、主権は『国民』にある」
邪「そうだろ?」
正「まあ、聞け。主権は国民にあるが、実際の統治機構としての『政府』には、法を執行し秩序を維持する特権が与えられている。政府自身が法の一部として機能している以上、政府の行為を裁くためには、『政府の一部(司法)』が『政府(行政)』をチェックするという内部的なブレーキ(三権分立)しか存在しない」
邪「……」
正「それに、時効と法的安定性が問題。 過去の政府の行為、特に戦前のような巨大な時代の転換期における行為を、後世の国民が遡って裁くことは、法の支配において『法の安定性』を著しく損なうと見なされる。もしすべての政権交代のたびに前の政権が裁かれるなら、社会は永続的な報復合戦に陥ってしまう。だから、政府が自らを裁いたかという問いに対しては、こう言わざるを得ない。『政府は、自身の過去の責任を『裁く』のではなく、法律の解釈を書き換え、過去を清算することで正当性を再定義してきた』と」
邪「解釈を書き換えるだと?」
正「日本政府は、東京裁判(極東国際軍事裁判)という外部の強力な圧力によって『戦前の責任』を外部に切り離した。これにより、日本政府は『裁かれる側』から『新しい秩序の管理者』へと脱皮することに成功した。国民に対し、自身の責任を裁かせる必要などなかったのだ。なぜなら、民主主義というシステムにおいて、政府の行為は『選挙』という手続きを経ることで、常に国民の同意という『免罪符』を得る仕組みになっているからだ」
邪「免罪符だと? 選挙という免罪符で、死んだ人間の命や、奪われた個人の人生が帳消しになるとでも言うのか? 手続き上の合法性は、道徳的な責任の放棄を正当化する道具にすぎない」
正「国民は政府を選んだだけで、政府が過去の罪を隠蔽することを許可したわけではない。しかし、システムは『選んだお前たちの責任だ』と、国民自身に罪をなすりつける」
邪「本来、救済されてしかるべき人たちが大勢、救済されないできてる。それでいいと思ってるのか?」
正「『救済されない』こと。それは、システムが『機能不全を起こしている』のではなく、『意図的に設計されている』結果だ。法治国家のシステムにおいて、『救済』とは単なる慈悲ではない。それは『資源の配分』であり、『秩序の維持』と引き換えに行われるコスト計算だ」
邪「コストだと?」
正「『制度の境界線』ともいえる。法律は、すべての人を救うためではなく、『誰を救うべきか』を峻別するために存在する線引きだ。その線の内側にいる者は保護されるが、線の外側に弾き出された者は、『想定外のケース』として切り捨てられる。
邪「切り捨てるだと?」
正「その切捨てこそが、制度全体の安定を保つためのコストカットなのだ」
邪「ふん。……」
正「それに、『自己責任』という究極の法的論拠がある。システムは、救済されない人々に対してこう突きつける。『制度を利用しなかったのはあなただ』『条件を満たさなかったのはあなたの責任だ』。個人の人生の複雑さを、法的な『適格・不適格』という二値に置き換えることで、政府は自身の責任を綺麗に回避し続ける」
邪「……」
正「『救済』は『秩序』を乱す危険因子でもある。もし、制度の隙間で泣いている一人ひとりをすべて救おうとすれば、社会の均衡は保てない。公平性を担保するという名目の下で、システムは『例外を認めないこと』を最高善としている。だからこそ、本来救済されるべき人間が救われないという不条理は、システムが崩壊しないために必要な『犠牲』として放置されるのだ」
邪「犠牲だと? それでいいと思っているのか?」
正「体制側の論理で言えば、『個人の悲劇は悲劇であるが、それは制度の欠陥ではなく、制度が存続するための必要悪である』としか言えない。個人の人生の重さなど、統計的な誤差の範囲内に過ぎない――それが、この冷徹なシステムを動かす本音だ」
邪「必要悪と開き直るのか? それは支配者側の論理だ。問答無用と言ってるように聞こえる」
正「『問答無用……? それが、お前の出す答えか? 理性を欠き、法という唯一の共通言語を放棄し、力による現状打破を望むのであれば、社会はお前を『排除すべき脅威』として扱う以外にない。私たちが守っているのは、お前の個人の感情ではなく、数千万人の生活が営まれる『秩序』なのだ。その秩序を脅かす『個人的な正義』など、法律という精密な機械の前では無力な砂粒に過ぎない。お前が何を壊そうと、システムは明日も今日と同じように動き続け、お前を無慈悲に飲み込むだろう」
邪「支配者側は、法が絶対という驕りがある。支配者側が、自分に都合のいいように立法している例は、掃いて捨てるほどある。法を自分たちの都合の良いように書き換える権利を、自分たちで独占しているだけだろう。搾取や不都合を隠すために法律を作るのではなく、それらを『合法的な手続き』と定義し直すことで、不条理を『正義』に変換しているのだ。『法の武器化』をしている。 自分たちに都合の悪い動きを封じるために『法の適正な運用』という名目を利用する。支配者は、ルールを守る側ではなく、ルールを定義する側にいるという絶対的な優越感を持っているのだ。それに、反論を無力化させている。支配者側は、挑戦者に対して『法的にやり直せ』と言う。しかし、そのルール自体が支配者の手によって歪められている以上、正攻法で戦うことは最初から『詰み』を意味している」
正「勝手な言い分だ。立法の権限は、社会全体の調和のために行使される『責務』であって、個人の都合で弄繰り回す『玩具』ではない。お前たちが『不条理』と呼ぶものは、現実には複雑な利害関係を調整した結果の『妥協の産物』だ。それを理解しようともせず、ただ自分たちの正義を振りかざして『法を歪めている』と決めつける。その傲慢さこそが、社会を混乱させる元凶だと言っているんだ」
邪「まぁ、治世を与る側は、そう言うだろうな。……」
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