C幕 本編 25
1965年、この土地は誰の目にも「無用の棄民の地」として映っていた。
緩やかな斜面には放置された雑木林が広がり、風が吹けば乾いた土の匂いがするだけの、地図の上では空白に近い場所だった。しかし、この地に目をつけた深見にとって、ここは未来の贖罪を隠し通すための完璧な「聖域」となるはずだった。
深見は、まずこの斜面を外界から完全に隔離することから始めた。
周囲をぐるりと囲むように、人の背丈を遥かに超える鉄のフェンスが立てられた。周囲の農家たちは、都市開発の一環か、あるいは何かの研究施設かと噂したが、深見は無愛想に土地を管理し、その内側に何があるのかを決して他言しなかった。
工事は緻密かつ過酷を極めた。
深見は重機を操り、斜面の中腹に、まるで山を抉り取るかのような巨大な段差を作り出した。10メートル。地表からその深さまで土を除去した時、露出した地層は太古からの沈黙を物語るかのように黒ずんでいた。そこに、30坪ほどの広大なコンクリートの床が打たれた。冷たく、硬質な基盤。そこは、人間が本来いるべき場所ではなく、社会という巨大な獣から逃げ延びた者が、息を潜めて生き延びるための「胎内」となる場所だった。
並べられたのは5台の頑丈なコンテナだ。
深見は、コンテナ同士を熱いコンクリートの壁で厳重に仕切った。隣の音が漏れることはなく、光さえも届かない。各コンテナには、最小限の生存を保証する水回りとトイレが配置された。すべてのドアには、外部からは決して開くことのできない、重厚で冷たい錠が取り付けられた。それは隔離のための措置であり、同時に彼らの「過去」との物理的な切断を意味していた。
すべての配置が終わると、深見はさらに作業を続けた。
コンテナのドアから続く廊下となる部分にコンクリートの箱を埋め込み、閉ざされた地下通路を作り上げた。そして、かつてここから除けていた土を、すべて元通りにかぶせた。重機が去り、数日もすれば、剥き出しだった土の斜面には雑草が芽吹いた。元の雑木林の風景が、何事もなかったかのようにその場に再現されたのだ。外から見れば、そこにはただの平凡な斜面があるだけに見えた。
その「埋められた地獄」の真上に、深見は牛舎を建てた。
牛が草を食み、穏やかに鳴く音は、地下に閉じ込められた人々の息遣いや、時に漏れる嗚咽をかき消すための最も自然な防音壁となった。隣には養豚場が作られ、敷地の隅には、将来この「聖域」の存在を知り、ここに身を寄せることになる者たちのためのログハウスが、ひっそりと建てられた。
1965年のこの建設過程には、深見の冷徹な美学と、この国に対する静かな怒りが刻まれている。
彼は、国や企業が「なかったこと」にしてきた人々を、文字通りこの国の土の下に埋め、隠蔽したのだ。
現在、周囲を囲っていた高いフェンスは跡形もなく撤去されている。
かつて冷酷な境界線だった場所には、今では穏やかな低木の生垣が植えられ、季節ごとに花を咲かせている。通りかかる人々に、その下に眠るコンクリートの小箱や、そこで再生を待つ人々の歴史など、知る由もない。
戸田が馬券を捨ててこの農園に足を向けるとき、あるいは佐伯蓮が泥を噛み締めてその土の上に立つとき、彼らは知っているのだ。
自分たちが踏みしめているこの豊かな土の下には、60年前に深見が作り上げた「理不尽への抗い」が、今もひっそりと、しかし熱を持って脈動し続けていることを。
地上には穏やかな日常が広がり、地下にはかつて国家が捨てた人々の孤独が積み重なっている。
その重層性こそが、この農場が持つ、決して崩れることのない強さの根源だった。




