第600話 神木さんち と お兄ちゃん
──それから、10年後。
「行ってきまーす」
桜聖市、桜ヶ丘。
神木家が暮らすマンションから10分ほど離れた一軒家の中で、幼い少年が可愛らしい声を上げた。
紺色の制服を着て、ランドセルを背負った少年の名前は──神木 晴。
現在6歳。小学一年生になった晴は、父親譲りの金色の髪と、宝石のように美しい青い瞳をした、それはそれは美しい少年だった。
人形のように整った顔立ちは、見る人を魅了し、キメ細かな肌は透き通るように白い。
まさに、絶世の美男子と謳われる父の容姿を丸々受け継いで産まれてきた晴は、幼い頃の飛鳥そっくりだった。
「ハル! 補聴器、忘れてるよ」
すると、そんな晴を追いかけ、リビングから父親の神木 飛鳥が顔を出した。
現在32歳。にも関わらず、大学生の頃とほとんど変わらない容姿で出てきた飛鳥は、25歳の時に晴の父親になった。
親子の仲は至って良好だ。だが、最近の晴は少々、父親に対して辛辣でもある。
「いらないよ。片方聞こえてるし」
「あれ、どうしたの急に」
「だってソレ、高いんでしょ? 無くしたり壊したりしたら嫌だし」
「そんなこと、子供が気にしなくてもいいよ。それに、補聴器を付けとけば、不便さが多少は改善するんだから。それに、晴は俺に似て可愛いんだから、音には気を配っていた方がいいよ。いつ背後に変態が立つかわからないからね!」
「なにそれ、怖っ?!」
聞こえない右耳の方に、万が一にでも変態が現れたらと考え、晴はゾッとする。
だが、これも全て、父親譲りのこの綺麗すぎる顔のせいだ!
「お父さんに似たせいで、俺、色々大変なんだけど。もっと普通の顔なら良かったのに!」
「あー、そういう時期、俺にもあったなー、おばあちゃん似のこの顔が、それはそれは嫌で」
「おばあちゃんは悪くないよ!」
代々受け継がれてきたこの美貌のせいで、晴も飛鳥に負けず劣らず、モッテモテだった。
しかも、モテるせいで、すでに女性不信になりかけている、ちょっとませた小学一年生でもある晴。
だが、幼い頃からよくしてくれたおばあちゃん(ミサ)のことは大好きだった。
「ほらほら、とにかく、つけてるうちに慣れてくるよ」
すると飛鳥は、優しく笑って、晴の耳に補聴器をつけてあげた。
「「お兄ちゃーん!! もういくのー!?」」
するとその瞬間、今度はリビングから、晴とよく似た兄弟たちが、わらわらとやってきた。
晴が産まれた2年後に生まれた弟たちは、なんと四つ子だった。
父親似の髪色と母親似の瞳をした、これまた美形な弟たち!
そして、幼稚園の年少さんである四つ子たちは、飛鳥が先生として働く幼稚園に通っているのだが、この四人が、人一倍うるさかった。
「晴兄! 今日は何時に帰ってくるの?」
「帰ってきたら、俺とゲームしよ!」
「ダメだよ。晴兄は僕と遊ぶんだから」
「じゃぁ、オレは明日ね。先に予約しとく♡」
「みんな、うるさい。俺、帰ったら宿題するから」
「「「えーー!!?」」」
四人一緒に兄にフラれて、四つ子が残念そうな顔をする。するとそこに、母親である、あかりがやってきた。
「ほら、ダメでしょ、みんなして、お兄ちゃんを困らせちゃ」
神木 あかり。現在29歳。
この10年の間に何度か髪を切って寄付したが、今は腰近くまで伸び、再び大学時代と変わらない長さになっていた。
ちなみに、少し前までは隆臣が経営する喫茶店で働いていたが、現在は休職し、子育てに専念中!
「お母さん! 晴兄が遊んでくれない!」
「遊んでるでしょ? 宿題が終わったら、いつも、みんなと一緒に」
「でも、もっと遊びたいよー!!」
「だから、宿題やらないで!!」
「そうだよ! 晴兄は、俺たちと宿題、どっちが大事なんだよ!?」
「宿題」
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「はいはい! 今日はパパが遊んであげるから。それと、近所迷惑になるから少し静かにしようね!」
子供が5人もいれば、神木家は朝は、いつも騒がしい。
そして、飛鳥が慌てて宥めれば、四つ子は、シュンとしながら
「先生とは、いつも幼稚園で遊んでるもん!」
「いや、そうだけど。つか、家でまで先生って言わなくていいよ」
幼稚園での先生呼びが定着しているのか、時折、四つ子は、家でも飛鳥を先生と呼ぶ。
だが、そんなこんなしてるうちに、もう学校に行く時間が迫ってきて、晴に向かって、あかりが笑顔で語りかける。
「晴、気をつけてね。忘れ物とかない?」
「うん、大丈夫だよ、お母さん!」
「そうだ、晴。今日の授業参観は、お父さんが行くからね」
「え?」
だが、その後、飛鳥から放たれた一言に、晴はギョッとする。
「いいよ、来なくて」
「なんで?」
「だって、お父さんが来たら、みんな授業に集中できなくなるんだもん」
「そんなこと言われたら、俺は晴の授業参観に行けなくなっちゃうじゃん。でも大丈夫だよ。晴は俺と全く同じ顔なんだから、クラスメイトは、みんな見慣れてるだろ?」
「……っ」
確かに、そうかもしれない。
だが、うちの父は綺麗すぎるのだ!
ある時は母親に間違えられ、ある時は姉だと思われ、辛うじて男だと認識されても、兄止まり!
参観日に来て、父が父だと思われたことは、一度もない!
それに、来て欲しくない理由は、ほかにもあった。
「でも、参観日に来るってことは、お父さん、今日は休みなんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「じゃぁ、お母さんの傍にいてあげてよ」
「え?」
そう言われ、飛鳥はあかりを見つめた。
そして、四つ子をあやすあかりのお腹は、ふっくらとしていた。
現在、妊娠6ヶ月。
なんと、6人目の赤ちゃんを妊娠中だった。
「お母さんが、心配?」
「うん。お母さん、四つ子の時は、ずっと入院してたし、また入院したら嫌だから」
「あー(あの時は、四つ子だったからなぁ…)」
晴が少し大きくなり、2人目を考えた時、授かった子は、まさかの四つ子で、それには、飛鳥もあかりも、ひどく驚いた。
もちろん、一人の妊娠よりもハイリスクなため、入院を余儀なくされ、晴はあかりと離れ、一時期、寂しい思いもした。
だからこそ、今回もまたお母さんが入院しないように気遣っているのだろう。
「晴は、ほんと優しいね。四つ子にモテモテなのがよくわかるよ」
「いや、それ、あんまり嬉しくない。それより、絶対に参観日にはこないでね。それと、お母さんにも無理させないでね! 妹に何かあったら嫌だから」
「「「いもうと!?」」」
だが、その瞬間、四つ子がキラキラと目を輝かせた。
「いもうと!? いもうとなの!?」
「赤ちゃん、女の子!?」
興奮気味に問いかける四つ子は、あかりのお腹を見つめながら問いかけた。
実は、晴には話したが、まだ四つ子には、赤ちゃんの性別を話していなかった。
するとあかりは、苦笑いを浮かべながら
「えーと、80%くらいの確率で、女の子かな?」
「80!? じゃぁ、もう100%だね!」
「いや、だから80%…」
「やったー! 僕たち妹ができるんだ」
「絶対、可愛いよな、俺たちの妹なら!」
もはや、女の子でないと許さないと言うくらい、女の兄妹を待ちわびている兄たち。
だが、無理もない、上の子達が、みんなして男の子なのだ。
そして、やんちゃ盛りの息子達は、毎日元気いっぱい遊んだり喧嘩したりを繰り返しているため、最後の一人くらいは、女の子であって欲しいと思わなくもない。
まぁ、男の子だとしても、女の子みたいな父親の顔を綺麗に受け継いできたため、あまりむさくるしくはないのだが…
「ほら、性別はまだはっきりしてないんだから、弟でも妹でも優しくすること!」
「分かってるよ! 俺たち、ずっとお兄ちゃんになりたかったし」
「僕もー!!」
「はいはい。じゃぁ、頼もしいお兄ちゃんたちには、そろそろ幼稚園に行く準備を始めてもらおうかな? 洋服、1人で着れるかな?」
「「「はーい!!」」」
元気よく手を挙げた四人をみて、飛鳥はにっこり微笑むと、改めて晴を見送る。
「晴、気をつけてね?」
「うん。じゃぁ、行ってきます!」
「「行ってらっしゃーい!!」」
家族みんなで晴を見送る。
そして、四つ子にリビングに戻るよう促した飛鳥は、2人きりになった玄関で、あかりを見つめた。
「みんな、楽しみにしてるね、この子が産まれてくるの」
「そうね。あ、橘さんのところも、先日、2人目を授かったって!」
「うん、聞いてるよ。隆ちゃんちの隆星くん(長男)も、うちの四つ子と同い年だけど、まさか、下の子も同級生だなんてね? ただでさえ、うちの子たちが隆星くん振り回してるのに、2人目もそうなったは、隆ちゃんからクレームが来そう」
「ふふ。でも、華ちゃんの結婚式ももうすぐだし、楽しみが増えましたね」
「そうだね。しかし、うちの子たちは、相変わら騒がしいね?」
「今日は、あなたが休みだから、いつもより興奮してるんじゃないかな?」
「え? そうなの?」
「うん。いつもは、私に負担をかけないように、もう少し、おっとりしてるもの」
「…………」
毎日これかと思っていたが、あの四つ子なりに、母を気遣っていたらしい。
「そう。みんな、いい子に育ってて、パパは誇らしいよ。あかりのおかげだね」
「私じゃなくて、飛鳥さんのおかげでしょ?」
「そう?」
「うん、みんな父の背をよく見てるなって。いい所も悪い所も、あなたそっくり」
「ん? 悪い所ってのが、気になるんだけど?」
「うーん、ラブレターが、いっぱい届くところとか?」
「それは、すみません」
「もう、なれたけど! そうだ。晴の授業参観、私も一緒に行くね?」
「え? でも大丈夫? 晴の言う通り、無理はしちゃダメだよ」
「うん、大丈夫。もう安定期に入ってるし、晴の教室も1階だし。それに、息子の授業参観は、やっぱり見に行きたいし」
ふわりと笑うあかりの表情は、出会った頃と変わらず、飛鳥は、そっと妻を抱きしめると、頬に優しくキスを落とした。
「じゃぁ、あかりが無理しないように、俺がしっかり守らなきゃね。なにかあったら晴に怒られそうだし」
「っ……ちょっと、子供たちが見てたら、どうするの?」
「見てないよ」
「あー! パパとママがチューしてるぅ」
「「「ラブラブ~!!」」」
「「!?」」
だが、見事に目撃されていたらしい。
ラブラブな父と母を嬉しそうに見つめる四つ子は、とても楽しそうで、飛鳥は、にっこりと我が子たちを見つめながら
「何やってんの? 準備は終わったの?」
「「終わってませーん!!」」
今日も神木家には
楽しげな家族の声が響き渡る。
一人より、二人。
二人より、三人。
そして、四人、五人、六人、七人と子供たちが増え、また一人、新しく加わる。
もうすぐ、八人家族。
あかりは、賑やかに笑う家族の声を聞きながら、愛おしそうに、お腹の中の赤ちゃんに語りかける。
「何も怖がらなくていいからね。ここには、優しいお父さんとお兄ちゃんたちが、たくさんいるから…… 安心して産まれてきてね?」
家族の数だけ、幸福が積み重なる。
晴れやかな天に
七色の虹がかかるように──…
そして、この物語は、これにてお終い。
だけど、彼らの物語は
まだまだ、終ることはありません。
10年後も
20年後も
50年後も
きっと神木家には、普通とはいえない人生が、わんさか訪れることでしょう。
だけど、それは当然ですよね?
だって、この神木さんちには
とっても美人で
イケメンなお兄ちゃんたちが
5人も生まれてきたのだから──…
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神木さんちのお兄ちゃん!- fin -
皆様、最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございました。160万文字という長い作品となりましたが、皆様のおかげで、とても楽しい時間を過ごすことができました。
その後『ご挨拶編』『同棲編』とあるのですが、カクヨムでのみ公開中なので、気になる方は覗いて見てください。
それでは、優しい読者様に感謝の気持ちを込めて、長きに渡る応援&ご愛読、誠にありがとうございました✨
2026.4.25 雪桜




