第590話 夫婦とお嫁さん
「私も、今すぐ……あなたと夫婦に、なりたいです」
そのストレートな言葉に飛鳥は頬を赤らめた。
その言葉は
春の木漏れ日のように優しくて
ほんのささやかな愛の言葉に
自然と心が満たされた。
(恋が実るって、こんなに幸せなことなんだ)
今まで、知らなかった。
でも、知らなかったからこそ
人を愛することの喜びを
深く深く実感する。
「そんなことを言われたら、我慢できなくなるよ?」
クスリと笑って
飛鳥が、あかりの頬に触れた。
そんなに可愛いことを言われたら、今すぐにでも結婚したくなってしまう。
「やっぱり、明日、籍いれる?」
「え? あ、いや、私そんなつもりでいったんじゃなくて……ただ、私も同じ気持ちだということを伝えておきたいなって……っ」
恥じらい、目をそらすあかりの反応は、不慣れながらも、必死に愛情を伝えようとしているのが伝わってきた。
なによりそれは、嘘偽りない愛の言葉だった。
そしてそれを、言葉にしてくれたことが、飛鳥は、純粋に嬉しかった。
あかりも
俺と同じ想いだとわかったから──…
「うん、嬉しいよ。──ありがとう」
素直にお礼を言って、飛鳥が笑いかける。
すると、あかりもまた嬉しそうに微笑んだ。
二人、笑い合あえば
自然と空気が甘くなる。
花が、咲き誇るように
風が、吹き抜けるように
辺りが、優しさに包まれた。
これから先、自分たちには
どんな未来が待っているのだろう?
先のことは
何も分からない。
それでも──
君と、あなたと
夫婦になる未来が待っているのだとしたら
それは、とても
輝かしいものに思えた。
「楽しみだね?」
「はい」
「でも、あかりが大学を卒業するまで、あと2年もあるのか……」
分かってはいるが、2年も先だと思うと、少々待ち長い。
「そんなこといってるうちに、2年経つとおもいますよ?」
「そうかな?」
「そうですよ。だから、それまでに頑張らないと!」
「頑張る?」
「はい! 神木さんはともかく、私はこの2年の間に、護身術を極めて、ファンの攻撃から身を守れるようにならなきゃいけませんし、バイトと頑張って引越し費用を貯めて、勉強して司書の資格もとりたいです! あと、神木さんに負けないくらいの女子力も高めたいっ!」
「ちょっと頑張りすぎてない? あと俺、女子力を高めたつもりはないんだけど?」
「でも、私より遥かに高いですし、お好み焼きの焼き加減とか完璧でした。私が焼くと、あんなにカリッとならなくて……あと、お味噌汁の温度も最適でしたし、バレンタインに貰ったクッキーも凄く美味しくて! だから、いつお嫁さんにしたい!って人が現れても、おかしくないと思いますよ?」
「…………」
だが、お嫁さんと言われた瞬間、飛鳥は眉をひそめた。
あかりらしいといえば、あかりらしいが、女扱いするところは、前とちっとも変わっていないらしい。
「ねぇ、いつまで俺を女扱いする気?」
「……っ」
瞬間、ぐっと距離が近づき、壁に手を着いた飛鳥は、あかりを覆い隠すような体勢になった。
長い髪が揺れて、碧い瞳に囚われる。
そして、その言葉は、どこか拗ねているようにも聞こえて、あかりは、その瞬間、ふと思い出す。
そうだった!
女扱いされるのは、神木さんの地雷だったんだ!?
「お、女扱いなんてしてませんよ?」
しまった、とばかりに、あかりが上目遣いで弁解する。
本当に、女扱いしているつもりはないのだ。ただ、女の子みたいに綺麗だと思っているだけで……
「ホントに?」
「はい。だって、神木さんは男性ですし」
「じゃあ、もう『女装して』とか言わないよね?」
「あ。それは、また見たいかも?」
「お前な!」
「だって、すごく楽しかったんです!」
「は??」
瞬間、想像の斜め上から返事が返ってきて、飛鳥は首を傾げた。
(楽しかった? 彼氏に女装させるのが??)
すると、困惑する飛鳥に、あかりは
「あの、前にロリータ服を着てもらった時、ツインテールの神木さんが、人形さんみたいに可愛くて綺麗で、思わず感動してしまって……それに、何を着せても完璧に着こなしてくれるんだなーって思ったら、男性服、女性服問わず、色んな服を着てほしいなーって!」
「……………」
──ピンポン。
瞬間、エレベーターが1階にやってきた。
扉が開く気配を感じて「あ、着きましたね」と、あかりが、飛鳥から離れると
「警備員室はどちらですか? みんな待ってますし、急ぎましょうか?」
そう言って、エレベーターから出ていくあかりを見つめながら、飛鳥は複雑な心境になった。
「あいつ、変な趣味に目覚めたりしてないよね?」
男女問わず、色んな服を着てもらいたい!?
それは、ちょっと普通とは違う感覚では!?
(やっぱり、女装したのは、まずかったかも?)
惚れた弱みか、ついつい願いごとを聞いてしまったが、誰がこんな展開を予測できただろう。
まさか、好きな人に、着せ替え人形にされる未来が待っているなんて──
(次は……何を着て欲しいんだろう?)
飛鳥は、あかりとのほんわかした会話に幸せを感じつつも、あの日、女装したことを、ちょっとだけ後悔したのだった。




