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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第八章 悪役令嬢とヒロインと 編

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閑話 私のせいで(ミリス視点)



 間違ったことをしたつもりはありませんでした。


 運命を変えるため。悲劇を変えるため。自分にできることはすべてやって来たつもりでした。


 自分のために。


 家族のために。


 領民のために。


 運命を変え、悲劇を否定し、ハッピーエンドを迎えるために努力してきたつもりでした。


 ……でも。


 もしも。


 その努力の結果として。


 他の誰かが不幸になってしまったのだとしたら。

 他の誰かの運命を変えてしまったのだとしたら……。


 その罪を、私は、どうやって償えばいいのでしょうか?






 セバスさんが倒れたとの知らせを受けた私は、すぐにセバスさんが寝かされているという部屋に駆けつけました。


「セバスさん!」


「……ミリス。病人の前だ。静かにしなさい」


「も、申し訳ありませんでした」


 私は深呼吸してからゆっくりと部屋に足を踏み入れました。


 室内にいたのはお父様と、お母様。治癒術士の先生と……ベッドに寝かされたセバスさんでした。


 少し見ない間にずいぶんと痩せてしまった印象があります。

 治癒術士の先生が聖魔法(回復魔法)を掛けてくださっていますから、何とか大丈夫なのでしょうか?


 私の心を読んだかのように。お父様が私の両肩に手を置きました。


「ミリス。ミリスも知っての通り、聖魔法は時間を巻き戻して治療をする魔法だ。だからこそ、気絶した際にぶつけた頭のケガは治せても、徐々に身体を蝕んでいた進行性の病気を治すことは難しいのだ」


「――っ!」


 お父様の言うとおり。人間の魔力総量に顕界がある以上、たとえばガンなどの病気を聖魔法で治しきることはできないのです。


 本来ならば進行性の病気で命を落とすことになったお母様は、鑑定眼(アプレイゼル)持ちの治癒術士による健康診断によって早期に病気を根絶させることができました。


 しかしそれは公爵夫人であったからこそ。

 公爵家に勤めているとはいえ、一般人であるセバスさんはそのような手厚い診断を受けることはなかったのです。


 ……私にも油断はありました。


 セバスさんは原作ゲームに登場していましたから、大丈夫だと思っていたのです。


 15歳になった悪役令嬢ミリスは従者として魔法学園にまで着いてきてくれたセバスを解雇してしまいます。口うるさく注意してきて無礼だという理由で。


 それはつまり。逆に言えば。私が15歳になって魔法学園に入学するまでは、セバスさんの無事は保証されていたはずなのです。


 そんな“運命”が狂ってしまったのは――私のせいなのでしょう。


 本来ならセバスさんはガングード家の執事としての仕事だけをしていればよかったのです。


 でも、私が余分なことをしたから。

 運命を変えるために行動したから。お金儲けのために会社を設立して、そのサポーターとしてセバスさんを頼ってしまったから。……執事の仕事だけでも忙しいのに、さらに私の専属としての仕事を増やしてしまったから。


 無理をすればそれだけ身体に返ってくるのです。

 年をとればとるほど無茶の反動は身体を蝕むのです。


 そんなこと、前世の記憶を持っている私は分かっていたはずなのに……。それでも私は、セバスさんに甘えてしまったのです。


 間違ったことをしたつもりはありませんでした。

 運命を変えるため。悲劇を変えるため。自分にできることはすべてやって来たつもりでした。


 自分のために。

 家族のために。

 領民のために。

 運命を変え、悲劇を否定し、ハッピーエンドを迎えるために努力してきたつもりでした。


 ……でも。

 もしも。

 その努力の結果として。


 セバスさんが不幸になってしまったのだとしたら。

 セバスの運命を変えてしまったのだとしたら……。


 その罪を、私は、どうやって償えばいいのでしょうか?


 ……私には、何もできません。

 聖魔法は使えますが、使えるというだけ。修練を積んだわけでもない私は、専門家である治癒術士の先生ほどの効果を発揮させることはできないでしょう。


 前世日本の知識はありますが、医者でもなかった私には何もできません。たとえ医者だったとしても、設備も薬もないのだからどうしようもないでしょう。


 私には何もできません。

 もしも、何とかできる人がいるのだとしたら……。



 ――リリア様。



 リリア様なら何とかできるでしょう。

 そっと、左手薬指の指輪に手を伸ばします。


 私のその行動から考えていることを察したのでしょう。お父様が眉間に皺を寄せながら首を横に振りました。


「いけないよ、ミリス。たしかにリリア様なら何とかできるかもしれないが、だからこそ、安易に頼ってはいけないんだ」


「お父様……」


「彼女は王太子殿下の婚約者であり、聖女様だ。本来であれば気安く声を掛けることすら許されない存在。いや、リリア様ならば頼めば見返りなく助けてくださるだろうが……他の貴族は、ガングード公爵家が権力を使って押し通したと見るだろう」


 王太子殿下の婚約者。

 大聖教にも正式に認められた聖女様。


 そんなリリア様にこいねがうことすら本来は不敬であるのに、公爵としての権力を乱用したと見なされたらどんな不利益があるか分かりません。

 実際はどうであるかは関係なく。他の貴族たちはガングード家を貶める口実として使ってくるでしょう。


 公爵夫人であるお母様であればまだ同情もされるでしょうが。ただの執事を救った(救わせた)ともなれば……。


 現在はただでさえ『漆黒』による王城破壊で王権が揺らいでいるのです。そんな中、国王派筆頭であるガングード家の屋台骨を揺るがしかねないことをするわけにはいきません。


 でも、それでは『ガングード家のために』セバスさんを見捨てることになってしまうわけで……。


「――いいのです、お嬢様」


 セバスさんが息も絶え絶えにそう口を動かしました。


「先代より大恩を受けたこの身。ガングード家のために捨てることはあれど、我が身惜しさに恩を仇で返すわけにはいかないのです」


「しかし、セバスさん……」


 なんとかしたい。

 なんとかしなければ。

 でも、リリア様に頼ってしまったらガングード家に迷惑がかかってしまうわけで……。



『――バゥ』



 小さく。

 いつの間にか部屋に入ってきていたハティが鳴きました。



『考えすぎるのは主殿の悪い癖だな』



 ハティの声。しかし、いつものように鳴き声は聞こえてこなくて。頭の中に直接響いてくるような声でした。お父様たちの反応からすると、私にしか『声』は聞こえていないのでしょうか?


『助けたいなら助けたいと願えばいい。まだ子供なのだからワガママを言っても許されるぞ?』


 いえ、私は10歳ですが、前世の年齢を合わせると結構な大人になってしまいますので……。


『我らからしてみれば人間など皆子供よ。成長しきらぬうちに老いて死ぬ哀れな生き物……。故にこそ、子供らしく『助けたい、助けてください』と泣き叫べばいいのだ。――救いの手は、すでに準備されているのだからな』


 ハティが私の腕に飛び乗りました。子犬の姿とはいえ結構な体重があるはずなのに、不自然なほど重さを感じません。


 そのままハティは私の左手薬指に嵌められたままの指輪に鼻先を当てました。


 途端。

 指輪から溢れる閃光。あまりのまぶしさに目を逸らした私が再び視線を向けると、そこには……指輪の直上、空中に浮かぶガラスのビンがありました。


 ポーションの薬瓶。

 原作ゲームの話をしていたときリリア様に見せていただいたことがあるので分かります。しかし、あのとき目にした初級ポーションとは色が違うような……? 初級ポーションは南方の海を思わせる青色だったというのに、このポーションは燃えるような赤色をしていて……。


『……奥の手やらを準備するなら、使い方くらい教えておけ。あのポンコツが……』


 ハティの呟きが耳を通り抜けていきます。

 ポーション。

 これがあればセバスさんは助かるのでしょう。リリア様が作製した指輪から出てきたのだから、まず間違いなくリリア様謹製のポーションであるはずなのですから。


 思わずポーションに手を伸ばしてしまいます。救いを求めるように。助けを求めるように。

 私の懇願に答えるようにポーションはゆっくりと私の手元に降りてきました。

 指を曲げればつまめるほど近くにあって。

 しかし私は躊躇ってしまいました。


 使っても、いいのでしょうか?

 これはたぶん私に万が一のことがあったときの『奥の手』であるはずで。もしかしたらセバスさん(使用人)に使うことは想定していないのかもしれなくて。もしも不用意に使ったらリリア様を怒らせてしまうかも――



『――バウッ!』



「わっひゃい!?」


 耳元で吼えられた私はびっくぅ!と身をこわばらせ、その拍子にポーションは私の手から跳ね、何とか落とさないようにと二、三度お手玉してしまい、その後はまるで“運命”のようにセバスさんに向けて落下してしまい――


 ばしゃーん、と。


 セバスさんの頭からぶっかけてしまいました。ポーションを。


「ぬっ!? ぬぐあぁあああああぁああああ!?」


 まるで獣のような咆哮を上げるセバスさん。な、なんだか知りませんが体中から煙が出ているんですけど!? 大丈夫ですかこれ!? リリア様また何か変なもの混ぜました!?


 リリア様に絶対の信頼を寄せている間にもセバスさんの身体からは煙が水蒸気のように吹き出し続け、ついには部屋全体を覆い隠すほどになってしまい……数分後。やっと煙は収まってくれました。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 私、お父様、お母様、そして治癒術士の先生が驚愕で目を見開きます。

 煙の晴れた先。ベッドにいたのはセバスさんでしたが……セバスさんではありませんでした。


 白かったはずの髪は若々しい茶色を誇り。

 顔からは皺も髭も消え失せて。

 肩幅も、胸板も、なにやら分厚くなった気がします。


「――ぬおぉおおお!? 力が、力が溢れてくる――っ!?」


 まるで少年漫画みたいなセリフを叫んでいるのはセバスさん。セバスさんなんですが……なんと言いますか、セバスさん(若)とでも表現するべき状態になっていまして。


 えぇ、若返っていました。

 初老だったはずのセバスさんが、見た感じ二十代後半くらいに。


 いや、

 いやいやいや、

 なんですかこれ? どうしてこうなりました? 原作ゲームのポーションのこんな効果ありませんでしたよね!? リリア様今度は一体何をやらかしたんですか!?


『うっわ、そうくるか。面白い……』


 ハティはこんな状況で楽しむのは止めてくれませんか!? あなた意外といい性格してますね!?


 ど、ど、どうしてこうなりました!?




次回、9月23日更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに、苦労してきた経験の故か、ミリスさんには考え過ぎる悪い癖が有りますね。 セバスさんあの反應、ヤバそうなポーションです!?(笑)
[一言] リリア、どうしてこんな物作ったの? 百歩譲って普通のポーションなら兎も角。
[一言] 焼き鳥の煮汁?
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