ゆく年くる年
丁度、お昼時になった時、俺は俺の膝で眠るルナと俺の肩の頭を預けながら寝る美紅を揺する。
目を擦りながら、眠いと愚図るルナと何かあったのですか?と問いかける美紅の2人に、旅館に着いたぞ、と伝えるとルナの意識が覚醒する。
荷物の存在を忘れたかのように飛び出して行く姿を眺めて俺達4人は苦笑する。
バスを降りると人の名字に屋を付けた名前の旅館を眺めると川に隣接するように建てられた旅館で少し啜れている感じが堪らない風情を生んでいた。
1人飛び出したルナは、旅館に飛び込み、ロビーの奥にある窓ガラスに張り付いている姿を発見する。向こうも俺達に気付き、手を振って俺達を呼ぶ。
「ねねっ、徹。橋の下になんか小さな温泉みたいなのがあるの。多分、湯気が出てるみたいだから間違いないの」
すぐ行くの、今、行くの!と入れ込むルナを呆れながら、俺は他の事を見失っているルナに言った。
「でもよ、これから飯だぞ?」
それを忘れていた自分にショックだったらしく、絶句したルナが項垂れる。
「お昼を済ませたら、どちらにしろ、そちらの方に行く予定がありますから、寄り道すれば問題はありません」
駅から出ている合掌村へのバスに乗る予定だったので……と地図を眺めながら言う美紅は抜かりはない、というか地図持ってきたの?
「お昼はお蕎麦のようですよ? ルナさん」
ティティにそう言われて、ゴクリと唾を飲み込むルナ。
「後っ、山と川の恵みの天ぷらだってっ」
テリアは冊子を読みながら、伝えるとルナは堪らなくなったようで胸の前で両拳を握ると叫ぶ。
「温泉、大事。でも、美味しいご飯はもっと大事ぃ~」
と唄うように言うと、俺達一行を呼ぶ声がする。
「お食事のご用意はできておりますので、こちらにどうぞっ」
その声を聞いたルナは鼻歌を歌い、スキップしながら案内されていくのを苦笑しながら後を追う事にした。
食事が済んだ俺達は、おばさんから連絡カードを首に下げさせられる。どうやら、迷子になった時の連絡先を書いたものらしい。俺達の中身がアレだが、このおばさんは6歳の俺達5人を本気で放任する気だ!
まあ、そっちのほうが都合がいいから良いんだが……
おばさんは近所の人達に、温泉行きましょう?と言われて嬉しそうに俺達から離れていく。
俺達は苦笑いをしながら頷き合うと旅館を出る時に仲居さんに気を付けてね?と手を振られる。もしかして、放任されていると思ってるのは俺の甘えなのか……と思えるスルーぷりに驚きつつ、行ってきます、といって旅館を後にした。
旅館を出た所の橋を渡っていると確かに温泉らしきモノがあり、2人ほどの人影が見えた。すると、俺の脳裏に稲妻が走る。
「兄様っ!?」
急に走り出した俺に声をかけるティティ。そして、その俺を追いかける4人の気配を感じた俺は追い付かれてたまるかと、奥歯を噛む。
「加○装置っ!!!」
走る速度のギアを何段階か上げて、疾走する俺。
橋を渡り切り、川へと下る道を迷わず走り抜けて、温泉まで走り抜ける。温泉の傍に到着するとエンジェルスマイルを浮かべながら、両膝に手を置いて屈みながら、温泉に入っている人に声をかける。
「お姉ちゃん、どうして、お外でお風呂に入ってるの?」
「露天風呂だからよ?坊やも一緒に入る?」
こんなところで入るような猛者だからなのか、タオルを巻くではなく掛けるだけっといった形でしか隠さない巨乳美女の2人のお姉さんに手招きされる。
登ろう、大人の階段を!母さん、俺、男になってみせます!と空を眺める。
そう、後は勇気……とそこまで考えた時、俺の頭を掴む2つの手があった。
俺が、えっ?と発する時間しか貰えず、頭だけ、温泉に突っ込まれてすぐ上げられた。
俺の顔をを挟むように現れる鬼が2匹、そこにいた。
「入ったから満足しましたね?」
「合掌村に行くの」
俺は、ヒィッと短い悲鳴を上げつつ、カックンカックン、と頷く。
お湯が滴る俺を嘆息しながら見つめるティティが、やれやれっと言ってルナ達に苦言を告げる。
「お二人とも我慢が足りません」
そう言うティティに俺は希望の光を見たように見つめるとニヤリと笑った顔がとても怖かった。
「喜んで、入ったところで服を川に流してしまえば良かったのですよ。あっ、靴と靴下は勿論残してあげますからね?」
「さすがに家族が警察に御用されるのはっ……せめてっ、パンツは残してあげてっ?」
きっとこの年ならそこまでなら許されると呟く、テリアの優しさに涙する。もっと頑張れ妹よっ!
そして、俺はルナと美紅に引きずられるようにして、露天風呂から離れていく。苦笑する巨乳美女の2人に手を振られて……
合掌村に行った俺達は見学して周り、至るところから良い匂いをさせる場所にフラフラと行くルナを引っ張りながら見て廻って、旅館へ太陽がオレンジになる頃に到着した。
夕食まで少しあるので、酔っ払った、おっさん達に温泉に行ってこい、と言われた俺達は素直に行く事にした。
風呂場に向かうとお約束の『男』『女』という暖簾があり、混浴がないのか!とがっかりしながら別れて風呂に入って行くと脱着場で和也と出会う。
会った瞬間、お互い、フン!と目を反らすが、和也が何かを思い出したようで俺を呼ぶ。
仕方なしに振り返って告げられた言葉を聞いた俺は、震えた。そして、和也のアイディアを伝えられた瞬間、お兄様と呼ぶべきか少し悩んだ6歳の冬であった。
夕食に地元の牛肉を頂き、満足な気分のまま、俺達5人と和也達3人が同じ部屋で寝る事になっていたので、集まり、トランプやウノをしながら楽しんでいた。
勿論、除夜の鐘を聞く為に頑張っているのである。
一段落着いた時、和也がお茶でも飲もうっと皆にお茶を注いでいき、俺の所に来た時、俺達はアイコンタクトを交わす。
「あっ、手が滑った」
そう言って持っていたペットボトルが俺に落ちてくる。俺はうぉっと言って避けようとするが浴衣を踏んでしまい、見事にお茶を直撃してしまい濡れてしまう。
慌てた美紅が備え付けの布巾で拭いてくれるが手を差し出して、いいよ、と言って立ち上がる。
「中途半端に拭いても気持ち悪いから、風呂で流して着替えてくるわ」
そういうとみんなにいってらっしゃいっと言われる。振り返ると和也が小さくサムズアップしてるのを見て、頷くと俺は着替えを持って部屋を出て、温泉へと向かった。
温泉に向かった俺は温泉の入り口の物影に隠れ、獲物が現れるのを今か今かと待っていた。
夕方、脱着場で和也が俺に告げた事を実行する為にである。それはこう言っていた。
「徹。お前はもうすぐ小学生だ。分かっているか?」
「はぁ? 馬鹿にしすぎだろう。分かってるに決まっているだろう」
俺の返答に凄まじく残念だという色を滲ませながら、こいつは言ってくる。
「いいか? 幼稚園児と小学生とは大きな隔たりがあると言わずにおれない。そう、幼児と児童には大きな分け目が存在する。それは、男と女と選別が始まるという事だ!」
まだ理解には至ってないが俺の深い所に響く言葉だったというのは間違いなかった。
衝撃を受ける俺に少しは理解したか?っとばかりに笑みを浮かべる和也。
「つまり、合法的に女風呂に入る権利が後少しで終わるという事を示す事にお前は気付いているのかぁ!」
その言葉を叩きつけられた俺は項垂れるように両手、両膝を床に着けて、「後3カ月しかないじゃないかぁ!」と叫ぶ俺の肩をそっと叩く和也を見ると今までにない優しげな笑みを浮かべていた。
「いや、まだ3カ月もあるんだ。しかも、今、温泉に来ている。旅行客の女性は開放的というし、まして、子供が相手だと油断しまくりだ。とはいえ、お前には監視する4人がいる。そうそう、上手くはいかないだろう」
そうだ、あの4人をなんとかする手などありはしない……
しかし、見つめる先の自信に溢れた顔をする男がいる。
「俺に任せろっ!」
これが初代勇者と言われた男の貫禄なのか……と俺は涙した。
そして、今、和也の姦計により、俺は何の障害もなく、ここに辿り着いた。
そんな事を思い出していると目の前に女子大生風の3人のお姉さんが楽しそうにやってくるのを発見すると、入口付近で迷っている子供を演じる。
「どうしたの、坊や?」
すると、声をかけてきた女子大生に俺は心でヒッィ―――ト!と叫ぶ。
「んとね、汚れちゃったから、1人でお風呂行ってくるって出てきたんだけど……怖くなっちゃったの……」
さあ、どないだ、この幼い俺のキュンとくる弱った顔!キュンキュンくるやろぅ?
お姉さん達は少し困った顔をしたが、良し!と笑顔で頷くと
「じゃ、お姉さん達と一緒に入ろうか?」
「えっ、いいの?ありがとう」
手をバンザイ!と上げて、エンジェルスマイルで頷く。
勿論、心の中では、キタ―――コレ、きはりましたでぇーっと叫んでいた。
俺はお姉さんに手を引かれて温泉へと突入した。
オッパイ、イッパイ、オッパイ!と鼻歌を歌いながらお姉さんと一緒に女風呂にやってきた俺は、桃源郷へ到着した。
ああ、俺は幸せだっと思い、洗い場に座ると隣から声をかけられる?
「あれぇ、徹君だっけ。お風呂にきたの?」
そう言われて、隣を見ると真っ白な肌で真っ平らな胸を隠す気もなく、俺の視線なんてまったく気にしてない剛毅な方が目の前におられた。
「シンシヤさん? 来てたのですか?」
そう、俺がそういうとお姉さん達が知り合い?なら私達はいなくても大丈夫ねっと言って離れていくのをオッパイがぁ……と心で慟哭して血の涙を流す。
「私は徹君と違うバスに乗っていたから」
そうですか……と言いかけた時、男湯から凄まじい殺気とプレッシャーが広がるのを俺は気付く。このプレッシャーには物凄く覚えがありまくる。
「つかぬ事をお聞きしますが……お1人で?」
「ううん、もう1人一緒に来てるんだけど、一緒に入ろうっとさっき誘ったんだけど、抵抗されて男湯に行っちゃったわ」
俺達が行く小学校ではビーストテイマーと呼ばれる人がいる。それが目の前にいるシンシヤさんである。この人があの猛獣を1人放置してやってくる訳がない。
つまり……
隣の男湯からプレッシャーの根源は風呂から出ていくがピンポイントで俺に狙いを付けたまま殺気を飛ばしている。
俺を呼んでいる……
俺は洗い場から腰を上げると横のシンシヤさんが声をかける。
「お風呂に入る前に体は洗わないと駄目だよ?」
「いえ、急用ができましたので失礼しますね……」
そう言うと俺は脱着場に戻った。
着替えて、表に出ると出入り口の男と女の境界線上で背中を預けていた子供が声をかけてくる。
「徹よぉ、今日、俺ぁ、バスで寝てばかりでよ。体力有り余ってんだぁ。これから鬼ごっこするから付き合えやぁ?」
誘った俺が鬼してやるよぉ?と轟は笑みを見せるが目が笑っていない。
俺は捕まる訳にはいかない命懸けの鬼ごっこの幕を上げた。
「ねぇ、カズ。何を企んでいるの?」
真理亜にそう言われた和也は、はて?っと惚けた顔を向けて、何の話だ?と聞き返す。
「そうですね。トールさんがあんなことされたのに怒り狂わなかったのは違和感ありますよ。バレるのを前提でやってますよね?」
ミラが和也にそう言うと和也の顔に笑みが漏れる。
そのやりとりを静観していた4人は、どう言う事なのですか?と問い詰めてくる。
もう和也は隠す気がないようで、あっさりと白状する。
「アイツが女風呂に入れるようにアシストしてやったんだよ」
「なんて事をするの。そんな事したら徹が……」
「トオル君には刺激が強過ぎます。すぐに止めてこないと!」
そう言って立ち上がるルナと美紅に制止するように手を差し出す和也。
「まあ、待て。俺がアイツが素直に喜ぶ事をする訳ないだろう? あのタイミングはきっとあの2人組が風呂に居る頃だ」
窓の傍で橋のほうを眺めていた和也は、ほら、きたぞ……と呟き、みんなが窓の所に集まるとその光景を見て、その場にいる者達に笑みが広がる。
「これで多少は懲り……ないだろうが、大晦日に相応しいだろう」
「どうしてなの?」
そう呟くルナに笑みを浮かべる和也は除夜の鐘がなるからさっと呟く。
ルナ以外のメンバーがなるほどっと呟くがルナはまだ理解に至ってないようで美紅の肩を揺すり続けた。
「徹ぅ、ちんたら走るんじゃねぇーよ。捕まえるぞぉ?」
寒風吹き晒す橋の上を疾走する2つの影。俺と轟である。
俺は必死に逃げながら、どこで間違えた……と考えるが欲に塗れていた俺はやっと気付く。これは和也の罠であったと……
アイツを信じた俺が馬鹿だったと嘆くが後の祭りである。
遠くから鐘が鳴る音がしてくる。そうか、煩悩は程々にしないといけないんだなって思わせてくれる音色である。
そして、俺は除夜の鐘を聞きながら、轟と鬼ごっこという名の尊厳を賭けた死合を満喫した。
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