第九章 重力の話、あるいは読めないということの逆
花野原に、別の人間がいた。
最初、気づかなかった。
草の丈が高い場所を抜けたとき、開けた場所に出て、そこに人影があった。遠くではなく、道の少し先に。立っていた。山の方を向いて、立っていた。
男だった。
年は四十代か、それより少し上か。外套は上等だった。旅慣れた格好ではあるが、擦り切れがない。靴も同じだった。荷物は少なく、整っていた。荷物の多い旅人ではなく、必要なものだけを計算して選んだ人間の荷物だった。
振り返った。
顔は整っていた。笑みがあった。歓迎する側の笑みだった。誰かに会うことを予期していた人間の表情。
「やっと来た」と男は言った。特定の誰かに言った声ではなかった。
「あなたも山へ?」
男がエリィに話しかけてきた。自然な声だった。警戒させない種類の声だった。
「そちらの方向には」エリィは答えた。
「何を取りに?」
その言葉が、少し引っかかった。
取りに。
求めに、でも、目指して、でもなく。取りに。
「まだわかっていません」エリィは正直に答えた。
男はエリィを見た。顔の表情は変わらなかった。笑みが続いていた。でも目が一瞬、別の動きをした。何かを確かめるような、棚の上の品物を数えるような、素早い動きだった。
「わかっていないのに来るんだね」と男は言った。
エリィは前に、同じことを言われた気がした。カエルに、最初に会ったときに。でも同じ言葉でも、この人の声は違った。何が違うのかを、エリィはうまく言葉にできなかった。
「気になるので」とエリィは答えた。いつも通りの答えだった。
男は笑みのまま頷いた。それで会話が終わった。
終わった、と思ったが、エリィはそのまま男を見ていた。
男はすでに別の方を向いていた。山の方向を見ていた。でもその見方が——エリィはまた、うまく言葉にできなかった。
山を見る、とはどういうことか。
カエルが山を見るとき、一点を見ていた。目的の先を見ていた。ヴェルト師が山を見るとき、何かを確かめていた。そのものが山を見るときは、そもそも別の時間で見ていた。
この人が山を見るとき——
見ていない。
いや、見ているのだが、山を見ているのではなかった。山の中にある何かを見ていた。山そのものは、ただの場所だった。入れ物だった。
エリィはその観察を頭の中に置いた。
それから、その人の欲しいものを読もうとした。
いつも、少し考えれば見えてくるものがあった。カエルは妻だった。女の人は火だった。子供は温かさだった。礼拝室の人は——あの人は難しかったが、それでも輪郭があった。
この人は。
なかった。
正確には——あるはずの場所に、形がなかった。欲しいものが見えないのではなく、欲しいものが何かを教えてくれるものが、この人にはなかった。手がかりになる何かが。
読めない。
自分が読めないと言われることには慣れていた。でも自分が相手を読めないのは、初めてだった。
ヴェルト師が男の隣を通り過ぎるとき、老人の目が一瞬、止まった。
止まって、それから前に向いた。
エリィはそれを見ていた。師は何も言わなかった。男の方も、老人に特に関心を示さなかった。
ほんの一瞬だった。
でもエリィには、その一瞬の重さが、残った。
カエルが男の横を歩いたとき、カエルは何も言わなかった。
男の方も、カエルに声をかけなかった。
ただ、カエルの歩き方が、少しだけ変わった。
変わった、というほどでもなかった。ほとんど同じだった。でも、エリィには見えた。肩の位置が、ほんの少し、男から離れる側に動いた。意識してやったのかどうかはわからなかった。
カエルは前を見たまま歩き続けた。
男の方は気づいていないようだった。あるいは気づいていて、気にしていないのかもしれなかった。
花野原の端が、少し変わっていた。
道が進む方向——花野原の向こう側の縁——を見ると、そこだけ花の色が薄くなっていた。白く、というより、白さが抜けていた。色がなくなりかけていた。
気のせいかと思ったが、気のせいではなかった。近づくほど、その傾向が強くなった。花の輪郭が、少しだけ曖昧になっていた。
エリィはそのものを探した。
そのものは道の先にいた。大きすぎる外套が後ろに流れている。いつもと同じように歩いていた。いつもと同じように、一定でない距離で。
「花が変わっていますが」エリィは声をかけた。
そのものは振り返らなかった。
「うん」と言った。
「なぜですか」
「道が変わってきてる」
「どこへ向かう道に?」
「次のところへ」
エリィはその答えをひとまず受け取った。次のところへ向かう道は、花が薄くなる。それだけのことかもしれなかった。
金属の音が、変わった。
変わった、というほどでもなかったが、今日は少しだけリズムが違った。等間隔ではなくなっていた。一定に聞こえていたものが、少し揺れていた。金貨が一枚落ちる音が、二枚になるときがあった。あるいは少し早くなる、少し遅くなる。規則性があるのかないのかわからなかった。
エリィは耳を澄ませながら歩いた。
荷物の中の本が、あった。
重さとして感じるほどではなかったが、あった。確かにそこにあった。答えがまだ出ていない、受け取るかどうかを決めていない、本が。
この人の欲しいものが、わからない。
男のことが、また頭の中に来た。
カエルの欲しいものは、わかる。痛くなるくらいわかる。ヴェルト師の欲しいものは——おそらく、欲しいものはもうないのかもしれない。そのものの欲しいものは、種類が違いすぎてわからない。
でもこの男だけが、別の意味でわからなかった。
欲しいものがないのではなく——欲しいものしかない、とでも言えばいいか。欲しいものの形が大きすぎて、その人の輪郭まで覆ってしまっているような。
エリィはその観察をうまく整理できないまま、頭の中に置いた。
花野原の先に、また道があった。
花がなかった。岩の道だった。山の斜面に沿って、上へ続く道だった。花野原の終わりだった。
そのものが道の入口に立っていた。
「ここから先は、また違う」と言った。
「どう違いますか」
「花がない」
「見ればわかります」エリィは言った。
「そういう意味じゃなくて」そのものは少し間を置いた。「花野原は、来た者が自分で動ける場所。この先は、向こうが動く場所」
「向こう、というのは」
「試練」
エリィは道を見た。
岩の道だった。狭くはなかった。でも、視界の先がよく見えなかった。曲がっているのか、霧があるのか、あるいは別の理由なのか。
「今すぐ入る必要はない」とそのものは言った。
「わかりました」
「ただ、入るなら、覚えておくといい。向こうは問いを立てる。お前に問いが来る」
「どんな問いですか」
そのものは岩の道を見た。
それから、答えなかった。
「聞いたことと違いますが」エリィは言った。
「そう?」
それで終わった。
エリィはその終わり方にもう慣れていた。
男が、道の入口に来た。
エリィと同じように道を見た。同じように、先が見えない道を。
男の目が、少しだけ輝いた。
それを見たのはエリィだけかもしれなかった。カエルはすでに岩の方を向いていた。ヴェルト師は少し離れたところにいた。そのものは道の入口に立っていて、男の方を向いていなかった。
ただの輝きだった。
でもその輝きの種類が——何かを見つけた人間の目だった。探していたものが、そこにある、と確信した人間の目だった。
エリィはその輝きを見て、また読もうとした。
やはり、わからなかった。
形がなかった。輪郭がなかった。欲しいものの大きさが、その人を覆いすぎていた。
「エリィ」
ヴェルト師が、隣に来た。
「はい」
「答えは出たか」
本のことを言っているのだと、すぐにわかった。
「まだです」
老人は頷いた。それだけだった。
「師」エリィは少し声を落として言った。「あの人」
「うん」
「欲しいものが、読めません。師には、わかりますか」
ヴェルト師はしばらく間を置いた。男の方を見ていたかどうかは、エリィには確認できなかった。
「読めんでいい」と老人は言った。
「読める必要がないということですか」
「読もうとしなくていいということじゃ」
エリィはその言葉を一度、頭の中で転がした。
読もうとしなくていい。
それは、読める読めないとは別の話だった。
「わかりました」とエリィは言った。
ヴェルト師は前を向いた。
岩の道が、先に続いていた。
金属の音が、また少し揺れた。
等間隔でない、少しだけ急いたようなリズムで。
まるで何かが、向こうで、変わり始めているように。




