108. 偽空間魔法の使い方を見つけてしまった
“目の細かな下ろし金で擦った方がおいしいですよ”
――蕎麦処「七味」の主人
空間魔法はアイテムバックで活用されているが、実は応用範囲は広い。物質を変形させたり、座標を固定させたり、空間を分断させたりと呪文の種類も多種多様だ。
デザルト王国の建物が高層建築なのは土地が少ないという理由と、空間魔法で座標を固定し、堅牢な構造物を作れるようになったというのが大きい。
千聖がクレープを食べたオアシスも空間魔法の技術が使われた建物だった。
空間魔法で出来ることが分かれば、数学を理解しなくとも魔法を発動させるのと同じ効果を擬似的に作れるのではないかと考えたのだ。
「で、落ちこぼれが何を見せてくれるんだ?」
皮肉の混じったアルヴィの言い方に思うところはないでもないが、千聖は『見て腰を抜かせ』とばかりに鼻を鳴らした。
この場にいるのはアルヴィの他にクルトとツクヨミ、それにエルがいる。勉強勉強うるさいアルヴィに我慢ならず、研究中の疑似空間魔法を披露することにしたのだ。
「まずは空中歩行からお見せしましょう」
「無理はするなよ?」
クルトが心配そうにしている。王子も当然のように千聖が空間魔法など使えないと思っている。その心配を他所に千聖は笑顔で答えた。
空中に一歩踏み出すと、靴の座標を固定した。これにより靴は重力から解放され、その場に留まる。落ちこぼれが優秀な空間魔法使い(偽)に変わった瞬間だ。
もう片方の足も同じようにし、両足が揃って10cmほど浮く。
「すごいですわ!」
その時点でツクヨミが褒めちぎる。この中で空中歩行を自由自在に使えるのはツクヨミだけだ。魔法の名前こそ空中歩行だが、効果としては一時的に空中を蹴ることが出来るようにする魔法で、停止する魔法は難しいと言われている。主な用途はジャンプ後に軌道を変えたり、崖から降りるときに一時的な踏み台にする程度で、連続して使って本当に空中歩行するのはツクヨミぐらいの才能が必要だ。
千聖はゆっくりと見えない階段を上がるように片足ずつ空中を昇っていく。ある程度見晴らしがよくなった時点でドヤ顔して下を見ると、クルトはエルに、アルヴィは空中歩行したツクヨミに目隠しをされていた。
「えー! クルトもアルヴィもこっち見てよ~。なんで目隠ししてるのー」
千聖は不満そうだ。そりゃそうだろう。落ちこぼれの汚名を返上できるように必死で考えたんだから。ズルではあるが。
「あんたねぇ! そんなことしてクルト様の気を惹こうたってそうはいかないんだから!」
口調がめちゃくちゃ崩れたエルが怒鳴る。訳がわからず千聖がツクヨミを見ると『ミ・エ・テ・マ・ス・ワ・ヨ』と口の形だけ動いた。
「え? あ!」
普段は『見せてもいいパンツ』をはいているが、今日に限って見せる用ではないパンツをはいてきてしまった。エルの反応も納得である。
反省しながら千聖は一歩ずつ降りる。完全に地面に足をついてから「もういいよ~」と目隠しをはずしてもらう。
「す、すごいではないか」
パンツを少し見てしまったようでクルトの頬は少し赤い。反応が初々しくて嬉しくなる。たまにはパンチラするのも悪くないなと思った。
――ゴツ!
鈍い音で我に返ると後ろには黒騎士が立っていた。
「魔法を使うというのは、ただ出来ればいいという訳ではありません。ツクヨミ様のようにパンツルックになるなど準備が必要なのです」
「じゃ、事前に止めてくれれば良かったのに」
「そ、それは……」
「あー、私が落ちこぼれだと本当に思ってたんだ~。ひどーい」
うざい。これは非常にうざい。見た目が8才の女の子だから辛うじて許されているようなもので、中身が29歳なんだからうざい以外の感想はない。
「とにかく! 淑女としての振る舞いを身に付けてください!」
強い口調で千聖の抗議を断ちきった。それにブーブー言いながらも「はーい」としぶしぶ返事をする。
「……ねえ、浮いたとき、呪文を唱えていらっしゃらなかったんだけど、その靴に魔法が掛かってるのではないかしら? あ、でも魔力の流れも感じなかったし……」
「えーと……」
今度は千聖が慌てる番だった。こっちの世界に来てから魔法を見る場面は何度もあったが、呪文の有無や魔力の流れまで注意して見てなかった。どうだったっけ?と必死に思い出す。
「なんかずるしていらっしゃらない? この辺に透明の階段を置いてあるとか」
千聖が登って来た辺りを探り始める。『マジシャンか!』と思いつつも、このタネは目に見えないので出てくるはずもない。
「いきなり高度なことが出来るようになるのもおかしいですわ」
『くっ! 名探偵め!』と心の中で毒づくもエルの指摘はもっともなようで、みんなが懐疑的な視線を向けている。
「能ある鷹は爪を隠すのよ!」
苦し紛れの言い訳に、アルヴィが嬉しそうに笑った。イケメンなのに表情豊かだな。
「ならばもう爪は隠さなくてもいいので、今度の試験で良い点をお願いしますね?」
「あうあう」
言葉にならない音が口をついて出る。疑似魔法は簡単に使えてもペーパーテストは別だ。教科書をログに書き写してカンニングしたところで問題の意味がわからないんだから全く意味がない。
良い点を取ろうにも小学生が大学生の試験を受けるようなものなので土台無理な話だ。
「私は実践派だし……頭でっかちな他の子達とは……」
「ちょっと! さりげなくわたくしを非難しないでくださいます?」
千聖にはそんなつもりはなかったが、エルは憤慨している。もう何を言っても土壺に嵌まるばかりだ。
「ふむ。では、実戦能力を高めるため、今度の狩りには同行してもらいましょう」
「ダメだ。危険すぎる」
黒騎士の提案をクルトがすぐに却下する。
「もう狩猟隊に参加されているんですか?」
エルが尊敬の眼差しをクルトに向けた。
「狩猟隊?」
「デザルト王国を守っている狩猟隊を知らないなんて、本当に婚約者なんですの?」
まだデザルト王国に召喚されて間もないので知らなくても無理はないのだが、王妃候補としては知っていて当然の知識であるようだ。
「王都の回りにはたくさんの魔物が生息しています。キャラバンを襲うこともあるので、ある程度間引きしているのですよ。魔物の素材も有用ですし」
ツクヨミがそっと教えてくれた。
「ズルい!」
千聖はそんなロールプレイングゲームのような戦闘があるならはやく言っておいてほしかったと思った。せっかく異世界に来たのだから魔物と戦ってみたいと思うじゃないか。自分ひとりで戦うのは別として。それに経験値の取得の時にどのメソッドが呼ばれるのか確認もしたい。その時にログを記録するようにすればある程度デバッグも楽になるはずだ。
「私も参加したいです! クルト、お願い!」
拝み倒すようにクルトに迫る。その迫力にタジタジになる王子。狩猟は本当に危険なのだが、剣術の天才であるアルヴィがいればほぼ安全が確保される。クルトも多少は魔物と戦っているが、どうにか形になるのは黒騎士が弱い魔物か、弱った魔物を誘導してくるているからだ。
それがわかっていたクルトはついついうなずいてしまった。
「わーい!」
「それなら、わたくしもつれていってくださいませ!」
この場で千聖を連れていくということは、エルもセットだということに遅まきながら気がついたときにはもう遅かった。
>座標<
三次元の場合は、xyzの三軸です。重心座標を固定すると歩きやすいです。
>空中歩行<
どういう原理か、空中に足場を作ることが出来る魔法。次々繰り出すには呪文が長いため、リキャストタイムは長く、歩行には使えない。ツクヨミは例外的な天才。
>魔力の流れ<
他の異世界小説と同様に魔力が存在し、その流れを意識して制御することで魔法の発動が可能になる。
>狩猟隊<
冒険者という職業はデザルト王国には存在しませんが、魔物との戦闘はちょこちょこあるため、騎士のような暴力装置が常駐します。




