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107. ログを確認してみよう



“砂漠の夜は寒いわよ?”

          ――売女



 盗聴はあまりいい趣味ではない。というか、日本なら犯罪である。しかし、ここは異世界、デザルト王国。秘密があるなら自分で守るしかないのが現状だ。

 一応、『親展』という概念はあるし、蝋で封印をする中世ヨーロッパみたいな文化もあるけど、人払いをした上で口頭で伝えるのが基本的な秘密の伝達手段だ。

 記録に残さなければ言った言わないの争いになりそうなものだが、その手の話は聞いたことがなかった。千聖が知らない契約魔法の類いでもあるのかもしれない。


「いけないと言われると何だかワクワクしちゃうんだよね……」


 エルに渡した小箱のログを確認する前に呼吸を整える。千聖が8才のときにはアホなことしか考えてなかったし、お洒落にも興味がなかった。今思えばお洒落に興味があればフルスタックエンジニアへの道など選ばなかったのだが、後の祭りである。

 リアルお姫様が何を話しているのか気になるし、千聖や小箱に対する本音も聞けるのではないかと期待大だ。


 小箱の参照(ポインタ)を手繰り、ファイルへのシンボリックリンクを選択する。すると小箱の近くで記録された言葉の記録が表示された。タイムスタンプも一緒に記録されているため、異世界時間もわかる。


 ――あの役立たずにこんな特技があったなんて。


 ――この技術を職人に教え、各国へ輸出したらデザルト王国は単なる貿易の中継地ではなく、加工貿易が出来るようになりますわ。今でさえ手をつけられないのに、これ以上影響力が増大したらどうなることか。


 声自体が記録されているわけではないため、これを喋っているのがエルとは限らないが、千聖のことを『役立たず』と呼んでいるし、小箱はエルに渡したものだから彼女の発言を記録したものに間違いないだろう。

 こうして実際に使ってみると、この『盗聴器』は使い方が限定されていることに気がつく。誰が話したか分からなければ情報確度も推定できない。今回エルにしたようにひとりになるときに近くにおいてもらえるようなものでないと意味がない。

 大きなクマさんの人形かフランス人形にすればよかったかなと反省した。


「でもエルらしい発想かな」


 エルは基本的に真面目で努力を怠らない。だからこそ、なんの努力もせずに婚約者になっている千聖が許せないのだと思う。


 ――それにしても綺麗な模様。これは千聖が考えたのかしら。七色に耀く薔薇の意匠なんて見たことないわ。


 ――お父様は関税の件で揉めたから『帰ってこい』と言っているけど、ここで帰ったらクルト様と一緒になることは出来ないし。


 ――お父様も最初は『クルトを落としてこい!』なんて仰っていたのに手紙が来る度に違うこと言われて嫌になっちゃうわね。


 偉い人あるあるである。どこの偉い人も同じで、思い付きで喋るから会うたびに違うことを言う。それに気がついた偉い人は会う度に全く同じ話を繰り返すようになる。偉い人は何かの呪いにでもかかっているのだろうか。

 ログはここで終わっていた。時間的に恐らく夕食を食べるために小箱を部屋へ置いて出ていったのだろう。


 期待通りではなかったがエルの本心を聞けたので満足する。次は図書館に置いた本を見るが、こちらは図書館の奥にあるので、人が来なかったのかログは残ってなかった。

 中庭の石も確認する。こちらには誰の発言かわからないが、少しだけ記録があった。


 ――タイガはヤバいことになりましたな。


 ――責任論が燃え上がりそうになってますね。


 ――いざとなったらタイガの姫と仲が悪い出来損ないに罪を被せればいいでしょう。


 ――まあ、あれもそれぐらいは役に立つでしょうしな!


 千聖を生け贄にするための悪巧みである。高官達に言われているとは思っていたが、改めて事実として知るとへこむ。


「私も私なりに役に立ちたいんだけどな……」


 それにしてもタイガ大公国との関係は拗れまくっているようだ。エルに帰国を命じていると言うことは戦争になる可能性もあるのだろうか。人質という意味では現状も同じなので、生命の危険が迫っているということになる。

 砂漠の真ん中にあるデザルト王国は攻めにくくはあるが、軍隊自体が小規模なので周辺国から攻められたら抵抗する間もなく占領されるだろう。そうならないようにタイガ大公国以外の助力を取り付ける交渉はしているだろうが、他の国も状況はわかっているから交渉も難航すると予想される。


 一通りログを確認し終わったので、千聖も夕食を取ることにした。今日はクルトもアルヴィもおらず、千聖ひとりで食事だ。こんなことならツクヨミを呼んで食事会をすれば良かったと後悔する。

 日本にいたころはボッチ飯なんて平気だったのに、クルトたちと食べるようになってから、ひとりで食べると寂しくなるようになってしまった。


「アルタマさんも一緒に食べませんか?」


 席に座ると後ろで控えているメイドさんに声をかける。このメイドさんは千聖が転生したときから身の回りのお世話をしてもらっているエルフである。メイド歴がものすごい長いベテランらしく、千聖が転生されるのに合わせて他国から召還されたらしい。


「高貴な方は身分の低いものと一緒に食事はしないものです」


「私はまだ一般人だし、王族になってないわけだから、大丈夫じゃない?」


「いけません。千聖様は気安すぎます。もう少し威厳を身に付けようと努力してください」


 8才に威厳を求める異世界ェ……。


「じゃさ、背後に立たないで、せめて視界に入るようにしてよ」


「分かりました」


 アルタマは素直に千聖の対面に控える。エルフの年齢を外見であてるような芸当は千聖には出来ないが、この前【年齢】のタグを見つけてしまった。『さすがエルフ!』とだけ言っておこう。

 外見上は完全に20代で肌もピチピチだし、体力も若い人と比べても遜色ない。


「お食事に集中してください」


 観賞しているのがばれたのか注意を受ける。


「美しいものを愛でながらお食事すると、消化にいいんですよ」


 絶対に嘘!と言い切れない微妙な蘊蓄(うんちく)で誤魔化す。8才にお世辞を言われたアルタマは苦笑いをしていた。

 今日のメニューはパエリアだ。お米を使った料理を希望したらアルタマが作ってくれた。イカやタコ、カラス貝などがたくさん入っていてお米に旨味が染み込んでいる。メイド歴◯百年は伊達ではない。

 あとはどこから運ばれて来るのか様々なフルーツが並べられている。千聖のお気に入りはキンカンに似たミカンだ。日本にいたときはキンカンは食べることはなかったし、あまりおいしくないものだったが、こちらで食べたキンカンはオレンジをぎゅっと凝縮した味と香りでおいしがった。どういうわけか種もないので、パクパク食べられる。


「今日のキンカンは私の故郷から取り寄せたものです」


 アルタマの故郷は砂漠の西にあるプラウト共和国のさらに先にある国だという。現在は鎖国しており、プラウト共和国と細々とした交易があるだけだとか。


「そんな貴重なものを私だけで食べるのは勿体ないですね」


 隣の椅子をポンポンと叩く。


「ふふふ。仕方ないですね。千聖は甘えん坊さんなんだから。では食べさせてあげますね。あーん」


 結局、メイドは主人に甘いのであった。




 戦争の雰囲気を感じ取った千聖は『ここは異世界転生者らしく新兵器の開発でもしますかね!』とはりきっていた。自分(レベル1)のデバッグなど遠い彼方だ。

 大成功と言わないまでも『盗聴器』は完成して運用に入ったし、あとは定期的にログを読むだけなので、やることはそんなにない。使っているうちに不満が出て改善点が見えてくると思うが、そこに至るまでには時間がかかりそうだ。

 本心を言えば完成したら飽きるのである。


「ではでは、まずは実験」


 千聖が着目したのは『クラス』だ。クラスと言うとロールプレイングゲームでは職業のことを指すが、プログラムでは『設計図』とか『型枠』とかに例えられる。

 クラスはそれ自体は実行することは出来ず、クラスから生成されたインスタンスが実行に使われる。大雑把な例えをすると、『人間クラス』から千聖というインスタンスを生成し、千聖が色んな行動をするという感じだ。

 同じクラスから生成したインスタンスでも、実行しているときにパラメータや機能が変わることがあるので、設計図や型枠と例えられるのだ。


「この石のクラスは……」


 クルクル回っている【クラス】タグに『鉱石』と書いてあった。表面が少し光っていると思ったら何かの鉱石のようだ。そして、ここからが裏技を使う実験になる。親オブジェクトの参照(ポインタ)を手繰り寄せ、そのクラスを調べる。

【親クラス】のタグには『聖別石(せいべつせき)』と書いてあった。


「やっぱり……」


 この世界のオブジェクトは親クラスの方が機能がたくさんある上位クラスのようだ。何らかの意図で上位クラスの機能を落として、クラスを作成している。これは異世界プログラミング言語を作った人ではなく、異世界の仕組みを作った神様の方が考えた仕様みたいだ。

 しかし、親クラスのメソッドを呼ぶことは出来る。子クラスには親クラスの参照を取得する機能があるからだ。

 千聖は試しに【発光】メソッドを実行(コール)する。淡く石が光り始めた。

 色々試していて気がついたのだが、この世界には『エネルギー保存の法則』がない。つまりラプラスの魔が存在を許される世界であり、夢が広がる。ラプラスの魔とはエネルギーが独立した世界がない限り、現在の状態から未来の状態を計算出来ないという証明だ。ちなみに独立した世界にいるのがラプラスの魔という存在になる。

 そういう世界なので石が何かのエネルギーを消費せずに発光していてもおかしくないのだ。


「便利だけどなあ」


 親クラスを参照して使えるメソッドを探し出すのは骨だ。今あるクラスが目に見えているのに対し、親クラスの情報は千聖が頭の中に作ったコンソールでしか操作できない。

『盗聴器』を作ったときにも感じたが、これは不便だ。面倒くさい。


「面倒なことを簡単にするのがIT技術!」


 新しい開発のネタを思い付いた千聖は今日も夜更かしすることになった。




>親展<

 親展の判子が押してある手紙を見たことあると思うけど、宛名に書かれた人以外が開封することは法律上禁止されています。


>シンボリックリンク<

 Windowsで言うところのショートカット。UNIX系のOSで使われる。なおWindows10でもシンボリックリンクを作ることが可能になった。


>タイムスタンプ<

 時刻のこと。ログにタイムスタンプがないと時系列がわからなくなって解析できないので、ログには必ずタイムスタンプをつけよう。


>情報確度<

 その情報の確からしさ。これを判断する基準は「誰から聞いたか?」なんですが、それを確認するのはとても難しい。


>ボッチ飯<

 ひとりで食べるご飯。普通だよ。ひとりで食うの方が味わえるよね?


>クラス<

 あとで出てくる『型』という概念を考えると、型枠の方がいい例えかな?と思います。なお標準仕様上は複数のクラスを継承したクラスを作ることが出来ますが、実装されている言語はありません。


>インスタンス<

 クラスから作られる実行するときの実体。コピーとも訳されますが、パーマンのコピーロボットが自分の石をもって成長するようなものです。


>聖別<

 神様や儀式に使われる人や物。日常的な使用を避けて保存される。


>仕様<

 設計書に書かれていない仕様が存在する謎。


>ラプラスの魔<

 ラプラスの悪魔とも。ライトノベルデハ解説するまでもなく有名なお話。


>コンソール<

 黒い文字だけの画面。なぜコンソールは黒いんでしょうね。今は青いのも増えましたが。



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