208. 巨人族を知るもの
“掲示板と言うものは、匿名性があれば一つの人格が出来上がる。”
――ある社会学者の呟き
いつものように読書室を出たあと、お風呂にはいって孤児院へ帰る。孤児院の入り口ではマリアがうろうろしていた。
「どうしたの?」
「ヨゼフが帰ってきてないの。いつもならとっくに戻ってきている時間なのに。どこに行ったかもわからなくて……」
言われてみると読書室では会っていない。マリアの話では朝食以降は誰も見かけていないようだ。
「私も探すよ」
ヨゼフは友達でもあるし、まだ5才の子供だ。千聖も心配だった。
「そうしたら、私の代わりにここにいてくれる? 街には私が探しにいくから」
「わかったわ」
「じゃあ、お願いね!」
自分で探したかったが、見た目は8才なのだ。暗くなり始めた時間帯に差し掛かった今では仕方のないことだった。念のためにマリアの服の【所有者】タグを千聖に書き換えておく。それでマリアの動きが分かる。
「チマーレは?」
「もう探しに行っているわ。一時間毎に帰ってくるから」
チマーレも護衛対象がどこかへ行ってしまったので焦っていることだろう。千聖は警察みたいな組織はないのか疑問に思う。ヴァルハー神国は神殿が行政や司法などを管轄しているので、あるとしたら神殿なのかもしれない。
「神殿で探してくれないんですか?」
「え? ああ、チマーレが衛兵仲間に声を掛けてくれるって」
千聖は納得した。ヴァルハー神国の治安維持は主にアシツ王国から来たトッポ族の兵士が担っている。チマーレの仲間に声をかければ街中の情報が集まると言うわけである。
「わかった。ここでみんなを待ってるね」
なんでも知ることができる力があるのに、準備をしていないから何も分からない。しかし、リソースは有限であり、想定していない事態のために時間を割くわけにもいかない。ユキのように『未来予知』が出来るのなら別だが。
ヨゼフの無事を祈りながら、待つだけなのも精神的によくないので、ヨゼフが誘拐されたとして、どんな人が誘拐し、どこへ連れていこうとするかをプロファイリングすることにした。
ヨゼフ自体が目的であるケースと、ギヨームに対する切り札にするケースの二つがある。切り札にするにしてはヨゼフの立ち位置は微妙だ。捨て子であり数多くいる孤児院の一人にしか過ぎない。それにあのギヨームを敵に回して何かをしようものならあっという間に踏み潰されるのがオチだ。
あとはヨゼフ自体が目的である可能性だが、ヨゼフが捨てられて5年。周囲には巨人族だということを伏せていても成長速度の違いから気がつく人がいてもおかしくない。
巨人族をどう利用するかは知らないが、巨人族でしか出来ないことがあってもおかしくはない。例えば、巨大戦艦のコンソールを操作することとか。
ヴァルハー神国に来てから気がついたことの一つに、巨人族の実在可能性の高さと、巨人族の高度な文明の痕跡だ。ヴァルハー神国の神殿は巨人も入れるような天井の高さに加え、人間が道具を使っても運ぶには大きすぎる石材、そして極めつけは神殿以外では見ることのできない、大きな水晶を使った照明装置だ。
デザルト王国でも照明の魔道具はあったが、水晶で導光し拡散させるような作りではなかった。発光体を直接的に使う仕組みになっていた。この水晶の【所有者】タグは空だ。人間が作ると魔道具の【所有者】タグに作成者の名前が入るので、異質なものだと判断できた。
これだけ状況証拠が揃っているのだから、千聖が気がついたように、巨人族の遺跡に気が付いた人もいそうだ。さらに言えば、巨大戦艦は王族が操作できると思い込んでいたが、もしかしたら巨人族の遺伝子を持っている人なら誰でも操作できたのではないだろうか。だから、存在自体を隠していたと考えれば合点がいく。
「新しい巨人族の遺跡が見つかった……?」
デザルト王国の地下にあるような巨大戦艦に匹敵する遺跡が見つかり、巨人の遺伝子を持つものしか操作できないことを知っていたとしたら……。
デザルト王国が周辺国の手に落ちた今となってはその事実が漏れていてもおかしくはない。
「チマーレ!」
思考が一段落したところで、チマーレが帰って来た。
「千聖、帰っていたのかい。マリアは?」
「マリアはヨゼフを探しに行ったよ。私はすれ違いにならないようにお留守番してる。ヨゼフは見つかった?」
「見つかってないさ。ただ仲間がヨゼフらしき子が神官と一緒にいるのを東地区で見たといってるんだ」
東地区というと、孤児院を含むヴァルハー神国は一番東に神殿があり、その背後はすぐに山脈になっている。西地区には主に参拝客向けの施設があり、北地区には住民のための施設が並ぶ。南地区は住居がたくさんあり、人口密度が多いのも南地区だ。
東地区に神官とヨゼフがいても不思議はない。
「あたいは神殿に聞きに行く。他の人が戻ってきたら伝えてくれさ」
「うん」
念のためにチマーレの持っていた剣の【所有者】タグも書き換える。こうしておけば、チマーレの座標も追えるようになる。チマーレはすぐに普段見たことのない動きで走っていった。トッポ族は本気で走ると時速60kmぐらいはでそうだ。
「神官と一緒なら大丈夫だと思うけど、チマーレの様子を見ていると、そうでもないのかな」
ギヨームみたいに裏工作をするような神官もいるのだから、人拐いをするような神官がいてもおかしくはない。
「あれ」
向こうからトボトボ歩いてくるのは間違いなくヨゼフだった。心なしか元気がないように見えるのはお昼ご飯を食べていないからか。
「ヨゼフ!」
「千聖……」
「心配したんだよ……」
「ごめんなさい」
「中に入って暖まろう」
黙ったまま頷くと大人しく孤児院の中へ入っていった。
それから一時間後にマリアとチマーレ、みんなが帰ってきてヨゼフの無事を喜んだが、ヨゼフはどこにいたのかを語ろうとはしなかった。疲れているのかもと考えたのと、マリアもチマーレもヨゼフが見つかったことを捜索に協力してくれた人へお礼に行くので忙殺されたので追及しないで流された。
またヨゼフが行方不明になっても良いように服や靴の【所有者】タグを書き換えておく。次善策ではあるが後手後手に回るよりはマシだった。
早速の投下ありがとうございました。その一言でめちゃくちゃ情報が千聖に渡りました。
次回反映予定です!
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ただし、文章そのものや名前は出しません。
■用語解説
>プロファイリング<
本来、勘のような使い方ではなく、データに基づく分析から似たようなケースを導き出すもので、過去に類型の事件が起きていない場合は、プロファイリングなんてできないはずなんですけど。




