121. 異世界の戦車はまだ出来ていなかった
“労働とは自己研鑽の場である”
――ブラック会社社長
早速パケット便が届いたのはいいのだが、千聖は差出人不明の小包を受けとるべきではなかったと後悔していた。
扱いに少々困るのは『ジャガンナートの設計図』がこの世界にない兵器だからだった。『ジャガンナート』は『ジャガーノート』とも言う。4マナ 5/3 trampleのアーティファクトクリーチャーカードのことではなく、ヒンドゥー教の神様『クリシュナ』の異名である。止めることの叶わぬ、すべてを破壊する圧倒的な力の象徴であり、様々な小説やゲームにも登場する。
ただ大抵は戦車タイプの兵器のことを指し示しており、千聖のもとに届けられた『ジャガンナート』の設計図も戦車タイプの兵器のようだった。
これを千聖の元に届けた意味というのはさっぱり分からないというのが本音だ。アルヴィへ渡せば適切な部署へ届けられ周辺国との関係見直しが始まるだろうし、ナスカやライラックへ渡せば研究の材料にされるだろう。
しかし、そういう意図があるならそっちへ直接送ってしまえばいいはずだ。
「もしかしたらクルトに渡せということなのかな?」
渡すのは簡単だが、クルトを何か分からない陰謀に巻き込むことになる。そうなる可能性があるうちは渡せない。
あとはこれが『裏切り者の証拠』となることだ。千聖がまごまごしている間に、他の貴族が『とある筋から情報を得た』と裏切りもの探しみたいなことが始まり、この設計図が証拠として捜索対象になる。そんなシナリオが考えられる。
どうするかはさておき、この設計図を調べようと考えた。いざとなればスキャンしたあと燃やしてしまえばよい。
「【所有者】タグは……」
所有者の情報はなかったので、一般的な物質と同じようだ。魔法が掛かっているような形跡もない。使われた紙はアシツ王国製のものだが、インクは高原国のものだ。紙もインクも輸入に頼っているデザルト王国では標準的な選択肢であり、そう珍しくない。逆にデザルト王国の関係者が千聖に送りつけてきた可能性が高くなる。
この世界の兵器をまったく知らないわけだが、直感で感じたのはジャガンナートが砂漠で役に立たないだろうなと言うことだった。そして、各国が砂漠で分断されたデザルト王国周辺では砂漠で使用できないことは役に立たないことと同じだ。
詳しい寸法が書いてあるわけではないが、操縦席の大きさなどから推測するに相当な大きさや重量があり、前世の戦車なんかより重いのではないかと思われた。砂漠で運用するには重すぎるような気がした。
「またこのパターンかあ……」
自分ひとりの知識では何も分からず判断できるほど情報を集めようと思っても、情報を渡す人を選ぶことすら難しい。下手に情報を渡すと千聖の意図しない結果になる可能性もある。
「難易度おかしいよお。チート能力使えば異世界で無双できるって常識じゃないの……」
情報があったとしても前世で無双どころか、夢想すら出来なかったことを記憶の彼方に追いやり、ジャガンナートの設計図は監視カメラの要領でスキャンして燃やしてしまった。結局、千聖は受け取らなかったことにしたのだ。
放課後にツクヨミとふたりで図書館へ向かう。例によって空間魔法のペーパーテストでいい点を取れなかった千聖は、ツクヨミに頼み込んで図書館で勉強を教えてもらう約束をしていた。嫌な顔ひとつせずに引き受けてくれたのだが、毎回毎回悪いと思ったので報酬としてオアシスでホットケーキを奢ることにしていた。
図書館に着くと個室ではなく、書架の合間におかれた椅子に座った。本が重いので個室まで運ぶのが面倒だったのだ。8才の体力をなめてはいけない。
「そう言えば、アシツの花をつけていらっしゃるんですね」
本を運びながら千聖の胸元を指差す。そこには先日着けたばかりの菫のブローチが揺れていた。同じようなものがツクヨミにも着いていないか探したが、それらしいものはなかった。
「あ、ツクヨミ宛の手紙って届いた?」
「届きましたわ。私は変な手紙が届くと嫌なので人前ではポケットにしまっております」
「え、そうなの? クルトやナスカ先生も着けているから、みんなに見えるように着けるものかと思ってた」
「もちろん、着けても問題はないのですが……」
言い澱むツクヨミの反応からすると『ねえ、パンツの色教えてよ』と聞かれるイタズラ電話的なお手紙が届いてしまうということなのだろう。だからエルもつけてはいないのだ。
「しまっとこ……」
「ふふふ。千聖は可愛いですから用心しないと」
ツクヨミレベルの可愛さなら変なやつも寄ってくるのと思うのだが、千聖の場合は違う意味で変な奴が寄ってくるので仕舞うことにした。二度はないと思うが、またジャガンナートの設計図のようなものを送ってこられたら堪ったものじゃない。
「そう言えばツクヨミの国では戦車ってあるの?」
「戦車?」
「そう。鉄の無限軌道車両で普通は人が中に入って操作するの」
「いいえ……私の国は馬車もありませんので。タイガ大公国ならあるかもしれませんわ」
「クヨミ国の主な移動手段て何?」
「船ですわ。大きな島と行っても至るところに運河が張り巡らされているので大小様々な船の移動が主になります」
「へえ、それは風流だねえ」
日本でも馬車はなくて運河はあった。島国では馬車が通れる道を整備するのは大変なのだろう。そもそもアップダウンが激しい地形なので、長距離を移動するのには馬や徒歩が適していた。
道というのは戦略的な意味があり、大量の人やモノの移動をしにくくすることで戦争の準備を容易にさせない意味もあった。恐らくクヨミ国も同様の理由なのだろう。
「一度、お招きしたいですわ。デザルト王国も美しいですけれど、クヨミ国は四季折々の風景が綺麗なのですわ」
その光景は千聖にも容易に想像ついた。日本に近しい風土。ツクヨミのような少女を育んだ文化。きっと素敵な国に決まっている。王妃の気持ちが少しはわかった。
「いつかみんなで旅行に行けるといいねえ」
「はい」
そのあとは予定通り空間魔法に必要な数式や概念を勉強した。ツクヨミは用事があり途中で帰っていった。
千聖はもう使っていない『盗聴器』を回収するべく書架の森の奥へ進む。なんとなく、途中にある本の背表紙を読みながら進んでいくが、本当に空間魔法と数学の本しかない。もう少し物語性のある本があってもいいと思ったが、文学的な書物を執筆しても評価に繋がらないのか、貴族でも書く人は少なかった。
「あれ? これは……」
背表紙が布で補強された本の目が止まった。手にとってみると表紙には『日記』とだけ記されていた。千聖はその文字に見覚えがあった。それはデザルト王国で使われているルーン文字のような文字ではなく『漢字』だった。
『なんでこんなところにあるんだろう?』と疑問に思いつつも手にとって開いてみる。中から一枚の紙がひらりと落ちた。拾い上げてみると『千聖へ』と書かれていて王妃の花押があった。
「え、来てたの……」
千聖が召喚されたのは王妃がいなくなって数年後だ。千聖の名前を知るはずがない。しかし、挟まれた紙の状態は古く、数ヵ月以内に書かれたものとは思えなかった。
多少の混乱を覚えながら続きを読む。そこに書かれていた『日本語』に驚きつつも、この『日記』が代々の王妃に受け継がれてきたことを知った。ここに『日記』があったのは今の王妃が直接渡せなかったからだ。そして、千聖が選ばれた理由を知る。
「そんなユキがこっちに召喚されていたなんて……」
日記を学園で配布されているランドセルに入れると、千聖は『盗聴器』も回収せずに図書館を出た。日記を読めば王妃がどこにいるかわかるはず。そして、ユキを探して『会いたい』と強く感じた。
ブックマークと評価、ありがとうございます!
とても励みになっています!
>ジャガンナート(ジャガーノート)<
ヒンドゥー教の神様が元ネタ。アメリカのヒーローの名前にもなるぐらいには有名。マジック・ザ・ギャザリングにおいては優秀なダメージ源。
>設計図<
今の世の中、CADで書くのが普通。青いインクで書かれていたことからブループリント=設計図となった。今でもプログラムの中で「blueprint」という変数名を見る
>紙とインク<
安くはないがデザルト王国では潤沢に手に入る。研究の資料や本を作るのに使われている。活版印刷もあるので本自体は学生でも買える。ただし品質はそれなりで10年以上の長期保存はできない。
>パンツの色<
コールセンターに掛かってくるイタズラ電話の中でもテンプレート的な質問。何故なのか。
>日記<
当時の生活習慣を知る上で日記はとても重要な資料です。みんなも日記をつけて後世の方々に資料として提供しましょう。




