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120. メッセンジャーは危険な香り



“手を繋ごう”

        ――クルトの一言




「この子達が何を……」


 エーテル式監視カメラが捉えたのはトッポ(ネズミ)族の姿だった。トッポ族はその名が示す通りネズミの獣人だ。多くはアシツ王国で農業を営んでいる。広大なアシツ王国を開拓し農地を増やしていくことが出来るのは彼らのお陰であると言える。背は低く人間の子供と同じぐらいで少ない食糧で暮らせるタフさも持ち合わせている。寿命は50年ぐらいで、そこはネズミとは異なる。

 夜間の監視カメラに映像に映っていることから分かるように彼らは夜目が利く。そして、素早い身のこなしと黒い毛皮から忍者を思わせた。映像を何日か遡って見たが、常に街中を移動している。

 監視カメラを増やし何処から現れてどこへ行くのかを追ってみることにした。トッポ族が周辺国のスパイのような役目を担っているのなら、千聖としても黙っているわけにはいかない。


 何日か行動を追跡した結果、デザルト王国の貴族の邸宅や商人が止まっている宿を行き来しているだけだった。

 誰かにこれを話していいものか迷う。もし悪事ならアルヴィに伝えた方がいいだろう。商人がスパイの片棒を担いでいるとしたら、それに歯止めをかけることも可能かもしれない。しかし、千聖が知らないだけで商人への注文はこうする文化なのかもしれない。


「人と話すのはあまり得意ではないんだけどなあ……」


 顧客のところへ常駐して要件定義を作るSIの真似事をしたこともあるが、因果的閉包性の破れがないから基本的にコンピュータの方が好きだ。しかし、これからも何度もこういうことはあるだろう。ここは異世界なのだ。千聖が知らないことの方が多いに決まっている。


「やっぱりナスカ先生かな」


 ナスカなら周辺国を回ったことがあるので、トッポ族についても詳しいと思えた。千聖が知る限り最高の生き字引だ。




「それはメッセンジャーで合っていますよ。正確にはパケット便ですけど」


「主にどんなときに使われるんですか?」


「秘密の手紙や小包を届けてもらうときに使いますよ。夜間に行うのは誰から誰へ届けたかをも秘匿するためですね」


『通信の秘密』を実現する手段のひとつのようだ。デザルト王国では明文化された法はないようだし、貴族同士なら法廷で裁きを乞うこともできるだろうが、商人たちはそうはいかない。だから自己防衛も兼ねて使っているようだ。


「恋文も届けてもらえますよ」


「へえ。でも私の場合は堂々と渡せますし必要ないかな?」


「そんなことはありません! 秘密というのはそれだけで殿方の心をくすぐるものです!」


 変なスイッチを押してしまったようだ。ナスカも恋ばなが好きなのだろうか。小さい背丈で背伸びして一生懸命喋っている姿は和む。


「そ、そうなんですか」


「秘密を二人で共有することで、より親密になるのは古今東西の黄金律(ゴールデン・パターン)なのです。あなたは男女の機微に疎いようですから、教える人が必要ですね。わかりました。心当たりに声をかけてみましょう」


 恋愛ベタ(千聖)の意思は無視されて話が進んでいるが、それを指摘する気はなかった。今さらである。


「それで、肝心のパケット便を使う方法はどうやるんですか?」


「あ、忘れてましたね。このチラシを見ていただければ分かるかと」


 手渡されたチラシは文字だけで『アシツ無尽会』と書かれていた。無尽とは日本で行われてきた相互保険制度のようなものだ。名前からしてデザルト王国に来ているアシツ出身者のコミュニティなのだろう。


「アシツ王国以外の人がパケット便を始めるようなんですけど、うまく秘密を守れないようなんですね」


 トッポ族が手紙の中身に興味がないのは授業で聞いた『政治に興味がない』特徴から分かるが、パケット便をしているトッポ族を脅して情報を取ろうとされたらどうしてるんだろう。


「何はともあれ一度使ってみなさい。政治家になったらお世話になるのですから」


 最後はナスカが政治学の先生らしく締めた。千聖は別の意味で興味が湧いてきてしまっていた。




 予想外の人が来て少し驚いている。千聖がアシツ無尽会に連絡したところ、オアシスに呼び出されたのだ。そして、個室で待っていたら、人間の男性が入ってきた。てっきりトッポ族が来るものだと思っていたので、驚いたというわけだ。


「お初にお目にかかります。千聖姫」


「はじめまして」


 膝を曲げ何となく姫っぽい所作で乗り切る。

 目の前の男は砂漠の国の商人らしく頭にターバンを巻き、大きな宝石のブローチで止めていた。だが、肌の色は白くデザルト王国出身ではなさそうだ。背の高さはアルヴィより頭ひとつ大きい。戦闘は出来そうにない細身なのに 隙のない雰囲気だ。


「アシツ無尽会の説明役をしているカネサ・ハジマールと申します」


「千聖です」


 挨拶が済むとふたりはむかいあわせに席についた。飲み物は予め出されており、注文の必要はない。


「早速ですが、パケット便の説明をさせていただきます。これはお互いの理解を深め、不幸な誤解を減らすために必要なことなので、少々退屈でもお聞きください」


 なんだか前世の営業みたいだなと思いつつも、素直に聞く姿勢になる。このサービスの値段は決して安くない。千聖が食べているカレーライスの値段も安くはないのだが、そのカレーが1ヶ月は食べられるぐらいの料金がかかる。それでも毎晩利用されるということはそれだけ顧客満足が高いのだろう。

 概ね常識的な注意事項があっただけで、あとは受け取り拒否の場合に2倍取られる点に気を付ければ良さそうだった。


「早速利用なさいますか?」


「うーん」


 実はクルトに宛てた手紙は用意してきていた。クルトには言ってはないが、受け取り拒否はしないだろう。でも、トッポ族がいきなり訪ねていって手紙を受け取ってくれるとも思わない。


「例えばクルト王子宛にも届けてくれるんですか?」


「もちろんです。小生(しょうせい)たちの組織は大体の要人に専門でついている担当者がいますので」


 と言うことは、秘密通信ネットワークに千聖は今まで参加していなかったことになる。これはTCP/IPプロトコルに例えればプロードキャストもしていない状態だ。誰も千聖のアドレスを知らないのだから何も送られてこないのは当たり前のことだ。

 クルトに手紙を送れば次から秘密の話はパケット便でやり取りできる。よく考えたらとても便利な気がしてきた。千聖には秘密が多過ぎて学園で話しにくいことが多い。手紙でもそうした秘密で相談できるのはメリットが大きい。


「あと3通ほど手紙を用意したいのですが……」


「ならば千聖様の担当を後でお部屋に伺わせます。そちらにお渡しください。夜間であればいつでもお呼びだしくだされば駆けつけます」


 そう言いながら花のブローチを鞄から取り出した。スミレを象ったブローチは銀色に輝いており、似たようなブローチを見た記憶がある。


「これは魔道具になっております。ボタンを押していただくと担当者へ連絡が行き、手紙のお受け取りをいたします」


「どこかで見たと思ったら、クルトたちが着けているブローチだ」


「その通りでございます」


 このブローチを着けることで受け取れる用意があることを周囲に伝えているようだ。これがブロードキャストに当たるらしい。よくよく思い出してみると、クルトだけではなく、アルヴィもナスカもつけていた。

 エルやツクヨミは着けていなかった気がするが、デザルト王国の関係者に限っているわけではないはずなので、別のサービスを使っているのかもしれない。


「エルメイトライトやクヨミの子爵令嬢にも送れますか?」


「はい。委細問題なく」


 どういうルートなのか分からないが、送ることは可能なようだ。それならばクルトに宛てた手紙以外にあと4通用意しよう。


「では準備ができたら呼ぶのですが、どこにいてもいいんですか?」


「呼ばれたときに場所がわかる仕組みになっておりますので」


 GPSみたいなものなのだろうか。なんか緊急事態のときにも利用されそうなシステムである。


 説明を受け終わった千聖はカネサと分かれ、自室へ戻った。

 早速手紙を書き上げ蝋封をすると門でブローチのボタンを押す。『あと3分で到着します』という音声が流れた。恐らく担当者と千聖との現在から待ち時間を計算しているのであろう。想像以上に高度なシステムなようだ。この案内を聞いてから門に来ればいいのかと理解した。

 しばらく待つとトッポ族がひとり走って来た。


「お待たせ。お待たせ! 千聖様担当のセガールだ。よろしくね」


 小さな上着を羽織っており、しっぽも黒くなっていたが、これはストッキングのようなものをつけている。耳も帽子のようなもので覆われ、眼も黒い。それ以外は自前の黒い毛皮で覆われているので闇夜に溶け込める容姿だった。


「抱きついていい?」


「いいけど惚れんなよ?」


 種族間の垣根を超えることができるようには思えないが、とりあえず抱きついた。想像通りのモフモフである。モフモフされながら簡単な自己紹介とセガールの見分け方を説明してくれる。具体的には手紙を預ける前にブローチのボタンを押してくれということだった。それで二人のブローチが同時に光れば個人認証の完了で手紙を預かれるようだ。中々のセキュリティである。


「じゃ、これをお願いね」


「確かに預かったぜ。次回もよろしくな!」


 モフモフの名残惜しさに、リピーターになりそうな予感がしていた。





 いつもお読み頂きありがとうございます!

 よろしければ評価もお願いします!


>トッポ族<

 topoはネズミのイタリア語から拝借。陽気で楽天的な性格。毛皮があるので服は最小限。暑さにも寒さにも強くタフ。だけど政治には興味はないのでどんな種族からも愛される種族です。


>要件定義<

 システムを作るのに必要な要件を決める仕事。経験と知識が必要だが、顧客の役割。もちろん顧客にシステム知識はないので漏れ抜けが発生し、あとから修正が加えられてデスマーチになる。


>SI<

 システムインテグレータ。何故か生粋のプログラマから嫌われる職業。日本の産業界は彼らが支えているのだが、プログラムできない人も多いのでプログラマとのコミュニケーションミスで嫌われるのではないかと思われる。


>因果的閉包性<

 現象には必ず原因がある。人間関係には原因がないケースがあって難しい……(つまり閉包性がない)


>パケット<

 小包。大昔の通信料の課金単位。ここでは小包や手紙を専門に運ぶ郵便屋さん。


>通信の秘密<

 何処からどこへ手紙を送ったかも含めて通信の内容を公開しないこと。LINEのスクショも訴えられたら負けるんじゃ……?


>無尽<

 相互保険の原形のような金融制度。毎月決まった掛け金を払い、個人的なイベントで総取りするのが基本。ひとり一回のみ受けとることが出来、一周するまで抜けることはできない。


>コミュニティ<

 情報交換を目的とした集まりのこと。有名なものだと中華街や日本人街のように街としてあらわれるが、大抵は定期的にあって話をする集まり。


>TCP/IPプロトコル<

 通信プロトコル。実際のデータを送る前にハンドシェイクと呼ばれるパケットのやり取りをする。確実にデータを届けるためのプロトコル。


>ブロードキャスト<

 ネットワーク全部の宛先にデータを送る通信方法。ネットワークでは自分の宛先を通知するときに使われる。


>GPS<

 位置情報システム。衛星からの精密な時間情報を受け取り、衛星の位置と理想的な地表の位置関係を三角測量の原理で求める。準天頂衛星の導入で精度はかなり高くなった。あと6つ飛ばせば誤差数ミリも夢じゃないはず。




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