111. 突撃!隣の魔物ご飯!
”島国とバカにして、お前の国が百は入ることを忘れてないか?“
――クヨミ国宰相
――カンカン、カンカン
ツクヨミは鉄を叩く音で目が覚めた。同時に状況を理解する。目の前には砂鷲の子であろう3羽の雛がツクヨミの腹部を破ろうとつついているところだった。雛と言ってもツクヨミより少し大きいぐらいで嘴も大きく鋭い。
慌てて逃げようとするも何故か動けない。服が固くて全く動かないのだ。ただそれが不幸中の幸いで可愛いお腹に穴が空かないのだが。
「クェー! クエクエクエ!!」
鳥の鳴き声を真似して千聖が降りてきた。砂鷲は「グワ!」とひと鳴きすると、千聖が降りる場所をあける。意思の疎通が出来ているように見え、ツクヨミは首をかしげた。
「クェ~クエ~……あ、間違った。ツクヨミ~、心配したよ~」
「あの危ないのでは?」
二人を見下ろすようにして砂鷲が見つめている。いつの間に移動したのか雛たちは親鳥の後ろにいた。
「大丈夫。交渉したから」
「交渉?」
「うん。サンドタートルの肉を全部とツクヨミを交換したの。悪いんだけど、サンドタートルを出してもらえないかな?」
「それは名案ではあるのですが、どうにも動けなくて」
「あ、そうか。もうすっかり動揺して忘れてたよ。ほい。これで動ける?」
ツクヨミが腕や足を動かすと普通に動かせる。先ほどまでの固さは一体なんだったのだろうか。
「大丈夫みたいです。では、解凍しますわ」
バックパックの中に入っていたサンドタートルを解凍する。全部解凍すると千聖は甲羅だけ取り出し始めた。
「甲羅は要らないみたいだから、また圧縮してね」
ツクヨミは先程まで生きた心地がしなかったのだが、のほほんと作業を続ける千聖にほんわかしてしまった。
「わかりましたわ。他の皆様は?」
「途中でおいてきちゃったから、もうすぐ来るかな。ちょっと上空まで上がって事情説明お願いできる?」
ここに至るのに千聖は更に新しい『魔法』を使っていた。『三次元を折り畳む』という概念をヒントにして、所謂『縮地』を実装した。座標変換を行い、移動距離を短くしたのだ。二次元に例えると蛇腹に折った紙の山の上を直線で通るようなものだ。
「それはいいのですが……」
ツクヨミは砂鷲を一瞥する。ここに千聖だけを置いていくのは不安だった。
「ああ、大丈夫だよ。こうやってサンドタートルの肉も出して貰ったし」
そういう意味ではないのだが、本当に大丈夫そうなのでおとなしく上空に歩いていく。途中何度も振り返りながら様子を確認してみるも砂鷲は大人しく千聖の先程を見守っていた。
「魔物使いのスキルでも取ったのでしょうか……」
未だにレベル1であることを聞いていたので、そんなはずはないと思い直した。それよりも後から来る人たちに事情を説明せねばややこしいことになる。ツクヨミは急いで掛け上がった。
すべてを終え、無事に帰還した千聖たちは、また喫茶店『オアシス』に来ていた。『毒を盛られたお店に来てもいいのかな?』と考えたのは千聖だけのようでクルトもアルヴィも気にした様子はない。
今はみんな個室で焼き菓子を食べながら紅茶を飲んでいるところだ。
「いやあ、一時はどうなることかと思ったよ」
てへへと笑ってごまかそうとする千聖にアルヴィの冷たい視線が突き刺さる。クルトでさえ黙ったまま千聖を見つめている。秘密を吐いて欲しいのは山々だが、ああいってしまった手前、声に出して聞けないのだろう。
「砂鷲さんの背中は大きかったですねえ」
「何暢気なこと言ってるのよ」
帰りは砂鷲の背中にのって城壁の近くまで送って貰ったのだ。何でも『貰いすぎだから御礼だ』ということらしい。サンドタートル丸ごと一匹はとても喜ばれる贈り物だったようだ。そりゃツクヨミと比べたら可食部は段違いだろう。
「あなたのお陰で助かったことはお礼を言うわ。でも、説明しなきゃならないでしょ? なんで今まで役立たずの振りしてたのよ」
エルは誤解していると思った。千聖に演技など出来るはずないのだ。
「役立たずの振りではなく、本当に役立たずだったんですけど……」
「はあ?! レベルがあがってないのにスキルが増えるわけないでしょ? 普通に考えたら最初から持ってた能力ってことじゃないの?」
めちゃくちゃ怒られていることに納得のいかない千聖は、他のメンバーの顔を見るが誰も助け船を出してくれそうもなかった。
「言いたくないもん」
全く29歳の反応ではない。しかし、正論で追求され追い詰められたので論理的に逃げることは不可能だった。ここは8才であることを最大限に利用させてもらう所存だ。
「言いたくないのなら言わなくていい。ただ前にも言ったが、千聖が凄い能力を持ってなくても僕は好きだからな」
クルトの台詞を聞いたら千聖は耳まで真っ赤になっていた。実質の告白? プロポーズ? デザルト王国の王子は異世界転生者だから責任とって結婚するのは義務じゃないの? 色んな想いが駆け巡る。
「私も好きですよ……」
素直な想いに応えたくて千聖も想いを口にする。
「まあ! お二人とも今回のことで更に愛を育まれましたのね!」
「はいはい。お熱いですわね」
エルはあきれ返っている。千聖がかなり優秀だということがわかり、クルトを落とすのを諦めたようだ。実際、空間魔法に至っては天才であるツクヨミを超え、初めて出会った魔物と意思疏通し、瞬間移動のような速度で空を飛ぶ。砂鷲と友達になって背中に乗せて貰った。
こんな化物に勝てるはずもない。問題は父親のタイガ大公にどう報告するかだった。どう報告しても『嘘をつくな』と言われそうだ。
「今回の件は僕から父に報告しておく。クヨミの姫の命を救ったのだ。これで千聖の評価も良くなるだろう」
「今まで良い報告が出来ませんでしたからね」
アルヴィは溜め息を付いていた。今まで本当に本当に良い報告ができなかったようだ。
「悪い報告はしないでくれたんでしょ? それなら私の評価は鰻登りでは!」
単純な千聖が手を叩いて喜ぶ。影で色々言われていた時代ともおさらばだと思ったのだ。
「私から何も報告しないと思っているのか? 悪い報告は私からしている。今までもこれからもな」
おっと、アルヴィのご機嫌取りはまだまだ必要なようだ。あの数式を理解できる日は来るのだろうか……。
「私からもデザルト王へ感謝のお手紙を差し上げます。国許にも。私の家は子爵ですからあまり影響力はありませんが……」
「ありがたい」
クルトが頭を下げるとツクヨミは「いえいえ、助けて貰ったのはこちらですから」と答えた。ツクヨミは8才とは思えないほどに良くできている。まあ、デザルト学園に通っている生徒はみんな8才とは思えないほどにしっかりしているのだが。
「わたくしもツクヨミと千聖に助けられましたから、もちろん感謝のお手紙を差し上げますわ。お父様にも報告します」
ちょっと照れながらエルが言うと千聖は「ありがとう!」と抱きついた。「離れなさい!」と言って押し退けようとするが本気ではないようで顔がにやけている。千聖はこんな風景がずっと続けばいいなあと思っていた。ここからエルが悪役令嬢になるとはとても思えない。もうあの積んであった乙女ゲームのシナリオのような未来は訪れないのではないかと思っていた。
「私たち三人、ずっと親友ね!」
「はい! 命つきるまで親友です!」
「し、仕方ないわね! 命の恩人のツクヨミに免じて親友でいてあげるわ」
まるで桃園の誓いみたいだなあと思う。願わくば三國志のように三人がバラバラにならないことを。
>縮地<
仙術のひとつ。伝説上では長距離のテレポーテーションだが、異世界転生小説やライトノベルでは極短距離の瞬間移動と同義。ここでは三次元を折り畳むことで移動距離を短くすること。
>魔物使い<
魔物を赤ちゃんから育て親のように接して魔物を使役する職業です。千聖のように野生を手懐けるスキルはありません。
>スキル<
レベルが上がるとパラメータのほかにスキルを習得できます。
>焼き菓子<
ケーキ屋さんのフィナンシェとかなんであんなに美味しいんですかね?(砂糖たっぷりなのに……)
>桃園の誓い<
我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし。