112. 政治家への道も甘くなかった!
“ズモーンズモーン”
――あるサンドタートル
今日から政治学の先生が来るらしい。なんでも王妃が行方不明になってから残務整理をしていて学園の講師を長い間お休みをしていたらしく、久しぶりに復帰されるということで他の教師も浮き足立っていた。
「そんなに偉い人なの?」
「はぁ……ものを知らないのにも程があるわね」
ツクヨミに聞いたのにエルが返事をした。
「内政の天才と言われた王妃の補佐をされていた方よ。ご自身はホビットであるにも関わらず、人間の国であるデザルト王国に尽力されてきたのよ」
「へぇ。ホビットかあ。可愛いんだろうなあ……」
デザルト王国には様々な種族が集まるのだが、ホビットはまだ見たことなかった。千聖の記憶では人間より背の低い牧歌的な暮らしをする種族だったはずだ。
農業や牧畜に秀でており、政治のような観念的な話題はあまり得意ではなかったと思うのだが、なぜデザルト王国に住むようになったのか機会があれば聞いてみようと思った。
「ナスカ先生は確かに背が低く可愛らしいけれど、物凄い知識をもった方よ。千聖も敬意を払いなさい」
「うん。わかった。それにしても今日はディスカッション形式の授業なんでしょ? 楽しみ~」
座学でも詰め込み型の授業があまり得意ではない、はっきり言えば眠くなるタイプの千聖には有り難がった。
「バカね。ディスカッション形式ということは事前の予習が疎かに出来ないのよ? あんた、ちゃんとやって来たんでしょうね?」
「や、やって来たよ」
やるわけないのだ。しかし、これでも日本では政治関係のニュースは嗜んでいたし、SNSでの議論にも参加していたので8才対象の授業なら大丈夫であろう。
甘かった。ここまでの時点で千聖の知識は全く役に立っていない。誰それの発言が不適切だとか、役職につく資格がないとか、疑惑の真偽だとか、政治とは何の関係もないのだ。そんな本質的なことをここまでの授業で思い知らされた。
日本での政治の話題は政治とは関係のないワイドショーだったんだなあ。
「それでは千聖。ツクヨミの意見に対する反論を行いなさい」
ナスカ先生は朗らかにおっしゃった。見た目は品のいいおばあちゃんだが、身長は千聖より低い。恰幅はよく、宮廷で使うようなドレスがよく似合っている。話す内容はとても論理的で千聖にとっても分かりやすく、優れた教師であることがうかがえた。
それ故、出される問題は実践的で難しいものであり、ツクヨミをしてこれと言った決定的な結論を出せていない。反論する余地はかなり残っていた。
ナスカの出した課題は二つだ。
一つは『他国を出し抜き自国だけ発展する方法』、二つ目は『他国が秀でた技術を自国に取り込む方法』。その二つを満たす政策を百年単位で論じなさいというものである。
ホビットは寿命が百年あるのでそういう考えになるのかもしれないけど、千聖たち人間は精々50年だ。デザルト王国では砂による肺や目の病気があり、周辺国と比べて寿命が極端に短い。
ツクヨミはそこには触れず、関税による収入を基礎技術研究に回し、自国の産業を守り他国を弱体化させ、自国を発展させるというものだった。二つ目の条件もそれで他国の技術を超えようと言うものだ。前世で言えばブロック経済のような政策である。
「えっと、先生の課題は実現不可能です」
ホビットの青い目がキラリと光ったような気がした。エルは『なに失礼なこと言ってるのよ!』と睨み付けてくる。エルに限らず教室中が『これだから落ちこぼれは……』という雰囲気だ。
そりゃ実務で成功してきた人と比べたら8才の意見など取るに足りないものだろう。しかし、優秀な先生の出す課題なのだ。何処かに『教え』を秘めている。たぶん、課題を完全にクリアするような答えは出せないはずだ。ディスカッション形式と言うのはどう答えを出しても正解にはならず、問題自体を疑う結論に落ち着くものが多い。
千聖はそれに気がついたわけではないが、日本と比べると全く異なる政策に違和感があったのだ。自国だけ栄えることが本当に可能なのだろうか。
「自国だけが発展するということは、最終的に周辺国から何も買わず何も売らずの完全な鎖国にする政策です。つまり『世界のすべてを一国に内包する』必要があります。しかし、それは現実的ではありません」
日本で生活している人なら肌感覚で分かることだ。エネルギーのすべてを自国で賄えるわけないし、製品の原料だってそうだ。
それこそ世界政府でもない限り、すべて賄えない。更に言えば世界政府になったら『自国のみ発展する』という状態ではなくなるので、課題の前提事態が崩れる。
考えてみれば至極単純なこと。だが、ここは異世界である。そこまで深く考えることが出来るのは恐らく教鞭を取るナスカのみ。千聖もちゃんと理解しているわけではないので、周囲に分かるように説明出来ていない。
「千聖から新しい課題が出されましたね。ちょうど区切りも良いので、来週は『世界のすべてを一国に内包する』現実的手段について考えてきてください」
教室がざわめく。それは難しい課題が出されたことに対してではなく、『落ちこぼれ』の提案が拾われたことに対してだった。ナスカが一蹴すると思っていた他の生徒たちはみんな一様に驚いている。
千聖は何か大変な失敗をしたのではないかと不安になっていた。
ナスカが出ていったあと、すぐにツクヨミとエルがよってきた。クルトも遅れて近づいてくる。
「流石ですわ!」
「最近どうしちゃったのよ?」
ツクヨミもエルも千聖をベタ誉めする。千聖は何もやらかしていないことがわかり、ほっと胸を撫で下ろした。
「才能が無い千聖は何処かに行ってしまったようだな。僕もうかうかしてられない」
クルトの評価が良いのは嬉しいことだが、これはたまたまであり、今後も続くとは思えないので、うかうかしてて欲しいと思った。
「たまたま予習したところだったんだよ」
「なるほど。そうでもなければ千聖にあんな答えを出せるはずないもんね!」
エルは異世界転生者をなんだと思っているのか。王妃は内政の天才だと聞いているので、少なくとも千聖より年上の人が転生してきていると考えられる。千聖みたいに8才で転生する人は少ないと聞いていたが、普通は二十歳ぐらいの年齢に転生するのだろうか。
ここで本当の年齢を言ったところで、更にバカにされるだけなので黙っていよう。
「それにしてもあんな問題、どこに載っていたのだ?」
クルトの疑問ももっともだ。そもそも政治に関するテキストは少ない。何故なら政治学自体が王妃の提案で始められたものだからだ。
「えっと、アルタマさんと話していたときに偶々そういう話になってね……」
「詳しく聞きたいですわ。アルタマさんはエルフですし、とても遠い国出身ですから、歴史的に同じような経験をされているかもしれませんし」
ツクヨミの頼みでは断れない。千聖はあることないことでっち上げるしかなかった。
「アホですか?」
メイドが言葉責めしてくるので、もう涙目になる8才。傍目にはいたずらをして怒られる少女の図だが、いたずらより質の悪いお願いをされていた。
「私の出身国がそんな高度な政治体系なわけないでしょう? 考えたらわかりますよね?」
「わからなかったんです。エルフのことよく知らないし……」
「あまり話す気もなかったのですが、あることないこと話されたらたまりませんからお教えしますけど、お勉強に巻き込むのは止めてくださいね」
「は~い」
ちゃんと返事をしない千聖に少しこめかみをピクッとさせながらも、千聖に椅子を勧める。自分も椅子に座るとアルタマはエルフについて話し始めた。
>ホビット<
トールキン先生の設定を引き継ぎます。寿命は約百歳、身長は60~100cmぐらい。農耕や牧畜が得意な民族で平和と酒をこよなく愛す。ただ靴を履かない設定は採用しませんでした。
>ディスカッション形式<
討議。ある課題に対して意見を出し合い、より高みを目指す。相手を否定するディベートとは根本的に別物です。
>政治学<
この世界のオリジナル学問。政治全般に関わることを取り扱う。
>ブロック経済<
直感的に言えば『超保守経済』『反自由貿易主義』です。まあ、経済圏を閉じて富の流出を抑えようというものなんですが、感情的な民衆に人気があるので現代でもフランスとかアメリカとかで謳われますが、よく考えれば外からの富も入ってこないんですよねえ……。
>世界政府<
私が大人になる頃には『世界政府』が誕生すると言われてきましたが、まだ誕生してないので私はまだ子供です。




