表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/132

109. 狩猟本能が目覚めるとレベルが上がるかもしれない



“参ったな。チートなしかよ”

          ――ある異世界転生者の呟き



 手元にある拳銃を見て本日の「狩猟隊研修」を振り返る。命の危険のある狩猟隊に参加するには、一週間程度の研修を受ける必要がある。これは千聖たちに限ったことではなく騎士団も同じらしい。千聖より少し大きい程度の騎士見習いたちと一緒に研修を受けた。

 騎士見習いと言ってもデザルト王国の騎士はほとんどがやんごとなき家柄の子息であるため、幼い頃から英才教育を施すらしい。


「スパルタだなあ」


 千聖がそう思うのも無理はない。手に持っている拳銃は護身用ではなく自決用だ。魔物にいたぶられて苦痛が長引くような場合に備えて自死できるように渡されたものだ。

 まあ、それぐらいの覚悟はないと魔物とは戦えないのであろう。

 研修では『拳銃で魔物と戦っても意味のないので、魔物に向けて撃って無駄玉を使わないように』と教えられている。拳銃が効かない装甲を何を使って壊すのかは明日以降の研修で習うらしい。


「ふふふ」


 口から薄気味悪い笑いが漏れる。魔物に効かない拳銃? そんなオモチャを貰ってなにもしないでいるなんて千聖には出来るはずなかった。


「せっかくもらったんだし、改造しなくっちゃ!」


 研修を何のために受けたのかは忘れていない。死ぬつもりなど更々ないので、自殺用の拳銃など不要なだけだ。

 貰った拳銃はオーソドックスなオートマチック型だ。砂漠なので砂が入り込みにくいように特殊な加工もしてあった。拳銃の種類について詳しくないが、騎士の中には狙撃部隊もいるというのだから、異世界でもそこそこ技術力はあるのだろう。

 装弾数も16発と前世の拳銃と同じぐらいだ。炸薬に何を使っているか気になって弾薬のタグを見ると『サラマンダーのしっぽ』と表示されていた。火山もない砂漠なのにサラマンダーが取れるのか謎ではあるが気にしないことにした。

 改造するのは銃身の方だからだ。


 千聖は知っていた。レールガンという存在(兵器)を。


 ライトノベルを読んでいるような人なら大抵の人は知っている兵器だ。電流を流すことによって発生する磁力で火薬を使わずに弾を発射する。

 しかし、大量の電流に発生する熱の処理など課題も多く、実用化には到った兵器はまだない。千聖程度の物理知識では作れるはずもなかった。


 だが、ここは異世界。何よりも「エネルギー保存の法則」がプログラムには適用されていない。魔法における魔力のように、どこからかエネルギーを調達しているのかもしれないが、そこは気にしないことにしている。

 レールガンを本来の仕組みで作るのは不可能なことを知っていたわけではないが、代わりに考えた仕組みはリニアモーターカーのような引力と斥力(せきりょく)で物体を誘導する仕組みである。

 まあ、たぶんレールガンの仕組みを勘違いしていただけだ。


「うふふ」


 プログラミングしているときのヤバイ姿をクルトに見られたら百年の恋も一瞬で覚めるかもしれない。嬉々としてオートマチックをいろんな方向から眺める姿はオタクというより殺人鬼のそれである。


 偽レールガンが後々ものすごい事故を起こすことを誰も知らないし、千聖も気がついていなかった。




 目の前に硬いはずの甲羅の欠片が落ちてきた。しかし、千聖は下がるどころか、魔物と戦闘しているアルヴィにもっと近づこうとしている。


「千聖、下がれ!」


 クルトの叫び声もあまり聞こえていない。


 アルヴィたちが出会ったのはこの辺でも強い方の魔物、サンドタートルであった。

 甲羅の直径は5mぐらいで巨大な陸亀のような姿だ。しかし見た目に反して動きが素早く、弱点も硬い甲羅で隠されているため、対処方法を知らなければ何も出来ずになぶり殺しにされるから近づかずに逃げた方がいいと言われている。

 ただアルヴィは対砂亀用の魔剣を持ってきていたし、サンドタートルの弱点も熟知しているので危なげない戦いを繰り広げていた。


「まだ早い! もっと甲羅が剥がれてからでないと僕たちでは歯が立たない!」


「危ないですわ!」


「引きなさい!!」


 みんなから注意が飛ぶ。千聖も戦う気はなく、ただサンドタートルの回りにあるタグを読んでいるだけだ。先ほど気になるタグを見つけたのだが、魔物の大きさ故か見失ってしまっていた。

 再度確認したかったのだが、流石にこれ以上近づくのは危ないと判断したのか、無理やりクルトに連れ戻された。


「興奮するのは分かるが死ぬぞ」


 年齢に相応しくない厳しい表情になった少年を見て、やっと我に返る。


「ご、ごめんなさい」


 死ぬつもりなんてないし、ましてやふざけているつもりもなかったのだが、千聖が何をしているのか回りの人にはわからないため怒るのは当然だろう。


「クルト様、そろそろ大丈夫ですよ」


 サンドタートルの甲羅は半分以上剥がれ落ち、内蔵が見えている。更に目は潰され四肢は満足に動かせない状態だ。

 ここまで痛め付ければ8才でなくとも倒せるだろう。


 クルトたちが待ってましたとばかりにサンドタートルを取り囲み、丸見えの内蔵を切り裂いている。少なくない赤黒い血液が飛び散る。砂に染み込むがすぐに砂ぼこりで白くなっていく。

 残酷だとは思わない。これはデザルト王国で人間が生きていくのに必要なことだ。

 時折、大きく暴れていた魔物も次第にゆっくりになり、ついには動かなくなった。それと同時に千聖の目にはタグが入れ替わるのが見える。どうやら死んだようだ。この状態なら所有者権限を自分に書き換えることも出来るだろう。


「ではこの辺に集めてください」


 ツクヨミが返り血も落とさないまま、魔方陣を展開する。クルトとエルが剥がれ落ちていた甲羅の欠片を、アルヴィが肉を魔方陣の中に入れる。


「では折り畳みます」


 どういう理屈かわからないが、三次元を折り畳むという技術で体積が減っていく。もちろん中で潰れているわけではなく『折り畳んでる』のだ。魔方陣を解けば元の大きさに戻る。

 それはパソコンのファイル圧縮や解凍を思い出させた。


「サンドタートルも危なげなく狩れるようになりましたね」


「本当にスムーズでしたわ!」


「アルヴィのお陰だがな」


 エルのヨイショに王子は苦笑いする。


「王子はそろそろ次のステップに進んでもいいかもしれませんね」


 クルトは少し前から狩猟隊に参加しているので弱ったと言えどもサンドタートルを効率よく切り刻んでいた。


 反省会を開いている三人とは別にツクヨミはサンドタートルの圧縮作業を続けている。


「すごいね~」


 何度見ても不思議な光景に千聖は感動を隠せない。そして、折り畳まれたサンドタートルからタグが無くなっているのも不思議でならなかった。

 タグが見えないのは空間魔法で出来た『回廊』というオブジェクトの中に収納されたのであろう。『回廊』の親クラスは『空間魔法』であり、所有物は閲覧できなかった。千聖の権限では足りないようだ。

 約15cmぐらいの立方体まで小さくなると、ツクヨミが背負っているバックパックへ詰め込まれる。例によって質量保存の法則も無視されているので、折り畳まれる時に質量もどこかへ行ってしまうらしい。むちゃくちゃである。

 なお、他の空間魔法使いではツクヨミのようにはならない。いいところ1.5m四方に畳むので精一杯で、重さもそれなりにあるため、普通は甲羅しか持ち帰らないのだとか。


「では皆さん近くに寄ってくださいな」


 ツクヨミがバックパックへしまったのを見届けると、エルが声を掛けた。

 戦闘に参加しなかった千聖を除いて、みんな魔物の血で真っ黒である。エルは近くに来た人から魔法で水を掛け始めた。

 魔物の血が洗い流されていく。びしょ濡れになりはするが砂漠ゆえにほんの少しの時間で乾いてしまい、気にはならない。それ故か、異世界小説でよく見るような浄化魔法は発達していなかった。


 血を洗い流したところで離れたところで砂猫たちがこちらの様子を伺っている。砂猫と言っても前世のような猫ではなく、ミーアキャットのような見た目と動きだ。体長は約1mほど。15匹ほどの群れで暮らしている。

 魔物の中ではおとなしい方で、近寄らなければ襲ってこない。割と何でも食べるのでサンドタートルの残骸を狙っているのだろう。


「空中から見てきてもいいですか?」


「ダメに決まっているだろう」


 またクルトに怒られる。今度は腰に手を当てていた。


「え~、空中なら砂猫は手が届きませんし安全ですよ~」


「他の魔物が見つけたら近寄ってきます。許可は出来ませんよ」


「ちぇ~」


「千聖様」


 アルヴィは剣の柄で千聖のおでこを叩く。普通に痛い。


「狩猟は遊びではありません。貴女の軽率な行動がここにいる人たちを危険に晒すことをお忘れなく。それにあまりわがままが過ぎると次は連れてきませんよ?」


「それは困る!」


 先ほどのサンドタートルとの戦闘に参加し損ねて、経験値がどんな風に入るのか確認していない。うっかりにもほどがあるが、これで狩猟を終わりにされるといつまでもレベル1のままだ。


「ではクルト様の言うことをちゃんと聞いてください。この狩猟隊の指揮官はクルト様なんですから」


「はい。ごめんなさい。クルト」


「分かって貰えればそれでよい」


 千聖の頭をポンポンと軽く触れた。クルトは千聖を大事にしてくれる。本気で怒ってもくれるし、つくづく千聖には勿体ないぐらいの王子だ。





>チート<

 元々の意味は「ズル」なんだけど、SAO辺りから「すごい能力」という意味に変化した。


>拳銃<

 手のひらサイズの銃。この世界では前世の殆どの銃はなんらかの大体手段を用いて実用化されている。ただし、超高級品。そんな高級品を使いもしない自殺用として学生に配っちゃうデザルト王国ェ……。


>オートマチック<

 下からマガジンをいれるタイプの銃。銃弾を撃つと自動的に次の銃弾が装填される。


>炸薬<

 弾は、弾頭と薬莢に別れており、薬莢の方に炸薬が入っている。炸薬を爆発させることで弾頭を打ち出すのが銃の原理。残った薬莢はリボルバーなら残り、オートマチックなら排出される。


>レールガン<

 夢の兵器。米軍が実証実験をしたが熱で連射不可能な上、電力をメチャクチャ食うので実用化には程遠い。ただし、飛距離は凄くミサイルと比べると速度も速く(マッハ5)射程も長い(360km)。そして、弾頭は小さいのでレーダーには映らない。


>引力と斥力<

 SとMは引き合うが、SとS、NとNは反発しあう。


>リニアモーターカー<

 山梨県に実験線がある実用化間近な超高速輸送車両。大抵の区間は減圧チューブのトンネルを通る予定で実験よりも速度が出るのではないかと思っている。なお、京都は通らない。そもそも大抵の地域は通っても駅がない。


>サンドタートル<

 巨大な亀。甲羅は防具や建材、クラフトの素材に使われる。お肉も美味しく頂け、無駄がない。


>水魔法<

 四大元素の魔法もあります。デザルト王国では使い手は少ないですが、周辺国にはたくさんいます。


>砂猫<

 見た目はかわいいので、ペットに飼いたいと思う人もいるらしいのだが魔物は魔物。危険なので誰も飼ってない。人に慣れた例は過去にない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ