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大麻のデマを考える 大麻の本当の真実(第一弾)  作者: ストップ大麻デマ!ボランティア
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仲入り(ポエムらしきものなど)

最終更新からいつのまに更新しないまま時間が経ってしまいました。自分の根気のなさが悲しいです。そんな状態に関わらず、1万6千を超えるユニークアクセス、そして新たに2つのレビューを頂いていました。感謝とともに、この問題への感謝の高さに大変驚いています。せめて、書きかけの原稿達くらいは成仏させないといけませんね。


レビューはもちろん私の意見と異なる点も多いですが…頂いたレビューに改めてコメントするのは無粋ですね。このエッセイはもともと大麻反対の立場から情報を鵜呑みにせずに考えるきっかけを与えることが目的ですから、大麻賛成でも反対でも考えるきっかけにさえなれば目的を果たしたと言えます。また、指摘された通り、エビデンスレベルの話は私の説明が海老デンスという親父ギャグにこだわりすぎたせいで、どの読者もおそらくついてきていなさそうだという点もその通りだなぁと感心して読ませて頂きました。


さて、中入りとして「科学的なものとそうでないものをどう見分けるのか」というテーマで今回は書きたいと思います。え、そんな小学校の授業みたいなつまんない話するの?って思ったかな。


いろいろ調べていて思ったのは大麻問題に限らず、「科学的な議論と科学的でない議論は似ている」ということです。専門用語、言葉ヅラもよく似ていて、DHMOの話をこのエッセイでも書きましたが、そうでなくても見分けるのは意外にも難しい。マイナスイオン、水素水、電磁波の有害性などなど科学的な主張に見えて「科学的でない」ものは沢山ある。


ではどう見分けたらいいのか。


実験結果そのものがウソだったり信頼性が欠けたりすることがあるので、情報源を辿って査読付き論文が元情報かなど確認する必要がある。大騒ぎを引き起こして、実はマウス一匹の結果の情報でしたとか笑えない(とある実話)。


そして、調べたい事柄に沿った研究になっているか?を見ていく。どんな人を対象にして、どんな方法で、何を調べた研究なのか?症例数が足りているかとかもそうですね。高圧電線の電磁波で小児白血病のリスクを調べた研究なんかで、高圧電線の下に住む人自体が少な過ぎて変な結果がでていたなんてこともありました。


この「調べたい事柄に沿った研究か」は、とても大事。研究だけでなく反論や批判でもよくあるけれど、「科学的でないもの」は反論の反論や関係ない主張が多いと感じる。主張(仮説)を証明しなければいけないところを、主張を押し通すための主張みたいな感じなことが多い。だから必要な前提条件を省略して話たり、関係ないことが持ち出したりするのだろう。大麻の話をしてる時に、アルコールやタバコを持ち出したり、LSDの議論なのに乗馬の落馬リスクの話をしたり。


また良くある間違いに、「都合が良い結果が出るまで解析する」というのがある。ある意味不正。例えば、「ある研究結果を独自にこの手法で再解析したら違う結果がでたんですけど」ってやつ。是非、同じ手法で別のデータを使って試して欲しい(そして絶対自分の欲しい結論で無くても公表してね)。


誤ったデータを使うのも使い古された手。自分と同じ意見の医師を対象にアンケートとった医師の意識調査とかね。


“知りたい質問”を証明することが科学なら、科学的でないものは”質問”→証明のところで破綻や証明したように見せかける印象操作があるはずだ。

・別の話をして質問自体をすり替える。

・使うべきでないデータを使って証明する。

・証明にならない方法であたかも証明したかのように言う。(例えばヒトでの試験で示すべきなのに培養細胞の実験結果を言うとか、年齢など関係しそうな影響を排除せずに結論づけるとか)

・実現不可能な証明方法を求めて批判する


無限に方法がある。こんなことをすると、普通は他の結果との整合性も取れなくなる。しかし、悪い大人たちは都合の悪いところは隠すので、表面上ではなかなかわからない。そして宣伝上手も多いから惑わされてしまう。


しかも、依存性があるような手に入れる意欲が尽きないものは、DOS攻撃やF5攻撃のように、いろいろな試行錯誤が議論の中で試されることになる。そして、ある国で上手くいった議論は事実に関係なくそのまま他国でも行われる。大麻の例で取れば、大麻と伝統や歴史を結びつけるプロバガンダは日本だけでなくアメリカやカナダでも行われている。おそらく他の世界中の国でその国の伝統作物と主張されているだろう。昔の日本では繊維用大麻の品種しかなく、嗜好用にそもそも適さない。嗜好用の習慣についての話に繊維用利用の話を持ち出すのは、本来おかしい主張なのにもかかわらず繰り返し主張される。議論することが大事と言って、ありとあらゆる思いついた批判を浴びせることで、正常な議論を破壊し、正しいかのような雰囲気を作ることができる。議論も研究も適切な枠組みで行われる場合のみ機能する。



正直、科学的な話かどうかを見分けるのはなかなか難しい。自分の詳しい分野以外で科学的議論をするのはムリじゃね…と思う。エビデンスを標榜しながらエビデンスレベル無視して情報発信したりする人もいるし、医者の肩書きですら権威づけに使って議論を誤らせる人もいるし。


一つ見分け方を言うなら、証明できない話を持ち出しはじめたら科学的でない勢力のことが多い。よくあるのが製薬会社やなんかの陰謀論。その陰謀どう証明したの?って質問しても陰謀だから答えられない。まあ、事実誤認の根拠らしきものがでてくることもあるが…


理論がしっかり整合性があるか、データや実験に再現性があるか、理論が検証されるオープンな仕組みがあるかなど、をしっかり見ていけば判断ができるが、一部だけ切り出して見るとなかなか判断がつかない。




現実はそんなものか。モヤモヤするけれどそれが現実。





モヤモヤついでに最近私がモヤモヤ考えていることをモヤモヤ書きましょう。


・依存症は病気か

・病気としてどこから病気か

・病気だとしたら病気まで行っていない人は依存対策は不要なのか


つまり、依存症は病気として扱うのが適切かという疑問でモヤモヤしている。病気を犯罪として罰するべきかとどうかという話ではありません。依存は病気の枠組みではなく、依存という独自の枠組みで考えた方が良いのではないかと疑問を抱いているのです。


例えば、スマホが手放せない、ゲームをついついしてしまう、アイスをついつい食べてしまう、エロいリンクをついついクリックしてしまう(私は違いますよ…?)。こういう行動はそのままどんどん進めば依存症になり得るわけです。ですが危険性は注意喚起されずその認識も多くの人は持っていない。しかも、実際に社会生活に悪影響がでなければ依存症とは診断されない。


古き昭和の時代までは、飲む(お酒、ドラック、タバコ)、打つ(賭博)、買う(性)の依存くらいでした。しかも、社会での必要性が低かったから、ひどく社会を傷つけるものは、個別に対処して封じ込めれば良かった。しかし今は、インターネットでどの依存も垣根が低くなっている。ゲームをしていつのまにか嵌り込んだり、SNSでドラックの情報も得られてしまう。依存になる事柄の種類も多い上、気がつきにくいことも多く、それが生活に密接している。しかも、インターネット上では、政府や学術機関が調べ上げた信頼性のある情報より、巷のアジテーターや悪徳業者さんの情報の方がはるかに多くて判断を誤らせる。


アルコールやタバコを持ち出されると、論理的には大麻と関係ない話なのに、直感ではわずかに説得力を感じるのは、依存症対策全体が現代社会では上手く行えていないからと思う。個別対応で対策をとれてきた平和な時代は終わっているのかも知れない。人間社会は、そろそろ依存に対して勝利の方程式やベストプラクティスを持つべきだ。


いろいろまとまりが無い感じでモヤモヤを書いてみたが、やっぱりダメだな。もはやポエムだな。ポエム。


よし、ポエムを書こう。







僕は君の虜


友達から君の話を聴いた時、僕は期待でいっぱいだった。

悪い噂も知っていたがそこがまた魅力的に思った。


友達の紹介で君と出会ったとき、僕はとても新鮮に感じた。

何もかもが初めてでこんな素晴らしいものはないと思った。


不安なときや辛いときに君に逢いにいった。

君は、不安を和らげてくれるベストパートナーだ。


退屈なとき、君に逢いに行った。

無意味な希望のない人生にきみは目的をくれた。


君と会えないとき、不機嫌になって自分が自分で無くなった。君に逢えば元の自分に戻った。

だから僕は毎日君に逢いに行った。


頑張りたいとき、君は側に居てくれた。君がいないと僕で無くなる。

だからこっそり職場でも逢引したんだ。


最近、君は少しつれない。そのせいか逢っても前程楽しくないんだ。そんなの嫌だ。

もっともっと君を楽しませないと…


親友に逢引しているところを見られた。あいつは悪いやつだから手を切れと言われた。

君を悪く言う奴は親友なんかじゃない。


君と会うためのデート代が足りない。

君に嫌われたくない。君に逢いたい。借金するしかないか… 親に借りようかな。君が何より大事だ。


最近毎日君に逢っている。最初は週に一度と決めていたのに。君とデートすると身体が持たないから。

でも、君が好きだ。


時間の感覚がよくわからない。何も無いのに君に逢ってしまう。他のことをする気なんて起きない。でも幸せだ。


世間では君は悪者呼ばわりしている。

僕は知っている。そんな悪いやつじゃ無い。世間が間違っている。君は何者かに嵌められている被害者だ。


周りの勧めで半ば強制的に君と離れて旅行した。冷静な頭で「全て君に捧げた僕の人生は正しかったのかな?」と自問自答する。親友ももういない。君は僕のためにならない。


君を紹介した友人が君が寂しがっていると教えてくれた。

逢いに行くべきで無いかもしれない。でもあと一度だけなら。


君は悪いやつだ。別れようと思うけれど魅力的すぎて別れられない。

君と出会わなければ良かったのに。


僕みたいな人が相談する場所があるらしい。

恋の病と言われたよ。病気なら治せるのかな。

恋の病を治すセミナーにも行ったよ。


どこにいても君を探してしまう。君に逢う期待感で胸が張り裂けそうだ。

逢っているときは夢中で何も感じないけれど。


僕は君が好きだ。壊れてもいいくらい。世界を敵に回しても。君のためなら世界の真実だって曲げてやる。


僕のことを悪者呼ばわりする人もいる。

僕ののとを病人と呼ぶ人もいる。

でも僕はどちらもしっくりこない気がするんだ。

だって僕は君の虜。





※ このエッセイは、海老が大好きなポエマーが様々な政府機関のレポートや研究を元に書いた新感覚エッセイです。



出会いを防ぐための一つの方法が刑罰や教育。

虜から逃れる一つの方法が治療やカウンセリング。


でも、その間もポエムにあるようにいろいろ起きていて、そこで何か対策が取れないものかと思うのです特にインターネットや生活と密接した依存の場合、刑罰で禁止するのも限界がある。治療では遅すぎる。


”君”に出会っても愛想笑いで見送ったり、魅力的だからこそ距離を置く、そんな判断をするためのサポートが”僕”には必要だったのかもしれない。





次の更新は未定です。

(君と僕が逆になっていたりしたので修正しました。誤字多いな…)

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