シャブ山シャブ子の本当の問題。
コロラド州の自動車事故について書いているが、半分くらい書いて筆が進まなくなっているので、時事ネタを挟みます。
とある有名ドラマのシャブ山シャブ子が問題になっている。迫真の演技が話題になり、大麻で逮捕されたその有名ドラマの元女優やちゃんとした薬物依存症の治療団体関連組織「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」が抗議する事態になっている。一方で、ヤフコメ欄には薬物依存症を怖く伝えて何が悪い!ドラマだし!という声も多い。
覚せい剤でさえ、過去に捕まった某野球選手や有名歌手の様子を見てもわかるように、シャブ山シャブ子みたいにはならない。もちろん、場合によっては錯乱することはあり、ユーチューブなどで救急搬送されている動画を探せば、シャブ山さんより怖い動画はいくらでも見つかるが、ドラマみたいに拘留されてからも狂気に満ちていることはない。覚せい剤欲しさに犯罪をすることはあるかもしれないが、ドラマみたいに犯罪能力を問えないほど狂気とかそんなことはない。
シャブ山シャブ子さんの描写は悪なのか正義なのか?どちらがより正しいのだろうか?自分はどちらの意見も間違いというか片手落ちだと考えている。この問題は二つの側面で考えなければならない問題だ。一つは、薬物依存症の患者支援・治療の問題。二つ目は、薬物の拡散防止の問題。この二つを混同すると大変誤解を生み危険だと思うが、薬物が好きな人も嫌いな人もみんな混同している。
薬物の問題は、最初の入り口で薬物使用者をいかに減らすかということが最も大事だろう。これが徹底していたから、日本では薬物乱用自体がヨーロッパやアメリカ大陸と比べて少ない。これは、間違いなく日本の行政の誇るべき成果だと思う。厳しい規制が薬物使用を減らせるかは、大麻解禁派の一部で、「罰則規定が厳しかったフランスの方が合法化したオランダより大麻使用が高い」とか「厳しい法令を制定したのに効果がほとんど無かった」といった批判がある。しかし、実効性の無いザル法では条文が立派でも意味がなく、陸続きの周辺国からの影響の受けるから、そういった批判は的外れだ。特に、日本が厳しい態度で薬物に望んだことが(社会に偏見を生みつつも)薬物の広がりを防止し、多くの人を救ったと推測するのは容易に想像がつく。厳しい規制でも薬物に手を出すハイリスクな人がいることもわかっているが、厳しい規制によって薬物と出会わなかった人達も大勢いるのである。
一方で、薬物依存症治療という視点ではどうだろうか。日本での(日本に限らないが)薬物犯罪の再犯率はとても高く50%は常に超えている。厳しい刑期を経ても薬物への渇望はなかなか収まらず、ふとしたきっかけでまた再犯してしまうものなのだ。簡単に言ってしまえば、長い刑期は治療としては薬物を断つきっかけくらいにしかならず”治療としては”意味がない。また、犯罪であることから、逮捕されるのではないかと病院への足を遠のかせることにもつながり、余計に薬物依存症治療が進まないことになる。一部病院では、薬物治療専門の診療科やプログラムがあり、ダルクなどの民間施設もあるが、数も足らず十分とは言い難い。日本は、違法な薬物使用は抑制されているが、一度手を出したら適切な治療に向けたサポートは弱い状況と言えるだろう。大麻合法化国をはじめとして、薬物が蔓延した国では、(薬物の拡散を防止することを諦め)依存症患者を治療することに力を入れている。例えば、治療プログラムを受ければ刑期を少なくしたり、逮捕しないようにしたりしている。場合によっては、より毒性や依存性が少ない薬物を投与する公的な薬物使用場所を提供していたりする。
だから、治療する側や既に依存症になってしまった人達としては、シャブ山シャブ子みたいな「薬物=怖い、社会復帰できない」というイメージは、大変な障害になる。一方で、そういった怖いイメージを使うことは、薬物が広まって欲しくない人達にとっては「なんで悪いの?フィクションだし、薬物を危ないと広めることは正義でしょ」という感覚だろう。どちらの立場も、この二つの違う視点で感想を言っているから食い違ってしまいわかり会えない。
治療のためには、薬物依存の誤った情報は、脅迫的な簡略化しすぎた薬物防止教育からネット上の”安全安心”みたいな誤情報まで一掃すべきだと思うし、もっと治療へのアクセスを増やすべきだと思う。
薬物を蔓延させないためには、薬物の怖い側面やリスクをしっかり教育し広まるべきだし、安易に手を出せるような社会にすべきでない。
大麻問題を調べていて思った感想だが、薬物の本当の怖さは、大麻で逮捕された某有名女優や薬物を押すブログなどを見ていたらよくわかる。普段ならおかしいと自分で気がつくだろうに、薬物のことに関しては周りが見えていない情報発信、情報をごまかし、論をすり替え、時にはデマを流したりしている。精神依存というのは、それだけの渇望を引き起こすだろう。シャブ山シャブ子にはならなくとも、一回でも人生を狂わす危険性がある。身体的な害や薬物を止める時の離脱症状は一時的で回復も容易いが、精神依存はなかなか回復できない。だから人生に影響しかねず薬物は怖い、そしてだからこそ規制と適切な治療のサポートが必要なものなのだ。
シャブ山シャブ子に抗議するのはいい、だけど
薬物の拡散の害や怖さを伝えずに、安易に回復できるというメッセージを送っていいだろうか。
シャブ山シャブ子の抗議に抗議するのはいい、だけど薬物依存症患者の治療のことを考えずに、安易に薬物の怖さだけ伝えていいだろうか。
大麻や薬物にどんな意見があろうとも、その問題で逮捕されるような遵法精神が無い人が国会議員目指してどうこうなんて言う資格があるのだろうか。嗜好品にそこまでする背景に何があるのだろう。(後々書くが医療用としても大したことは無い)
そして、テレビ朝日には謝罪文などではなく、シャブ山シャブ子の薬物依存症からの治療とそれを誘惑する暴力団の売人、右京さんの戦いを描いて、違法な薬物使用について深く世の中に知らしめて欲しいと思う。




