米
次回の投稿は土曜日の12時です。
「料理を……教えて欲しい……ですか?」
いつの間にやら客は全員会計を済ませて誰もいなくなった食堂、その一角で座る俺の前にはズイと体を前のめりにしたレガーレさんがいる。
奥の方では洗い物をしているのか、カチャカチャとした音が反響して静かな部屋によく響き渡る。
一瞬の静寂の後にレガーレさんが話を切り出した。
「そうだ お前の知る料理を教えて欲しいんだ」
真剣な顔をしたレガーレさんはまさしく獲物を前にしたライオンのような迫力がある。
そんな顔から飛び出したのは顔に似合わない願いだった。
「教えるって別にいいですけど……なんで教えて欲しいんですか?」
料理を教えるのに別に抵抗はない。
自分で作ったものでもないし地球のものではあるが科学技術とは違って料理一つで世界は大きくは変わらない。
しかし俺にはなぜ料理を教えて欲しいのか疑問が有る。
ここの料理は美味しい、とはいえ地球ではこれ以上のところはいくらでもあるがこの世界では十分なはずだ。
俺の作ったチャーハンも自分では満足できたがレガーレさん教えて欲しいと言うほど美味しいものではないはずだ。
少なくともレシピさえ教えればレガーレさんならこれ以上のものを作るだろう。
だからこそ疑問に思ったのだがそれには事情があったようだ。
レガーレさんは体を背もたれにあずけて、手を組んで話し始めた。
「実はだなぁ お前に話すのもアレなんだが あんまり経営がうまく行ってないんだよ」
レガーレさんによるとミャゴーレは経営難だそうだ。
セントルに客はたくさんいる。
いるにはいるのだがセントルの宿は飽和状態なんだそうだ。
増えすぎた宿、特徴のないサービス、これらが原因で大きい宿は順調だがそれ以下の宿はどこも厳しくなってきているそうだ。
ここは獣人族であるヴィッコラ家が経営しているということもあって獣人族にはそれなりに人気なのだそうだがそれ以外の種族の客は少ない。
レガーレさんの料理は美味しいので昼や夜は食堂としてそれなりに人は来るがオリジナリティのある料理はないため食事処としてもイマイチ人気がない。
さらにここは普通のところよりも料金を安くとっているため赤字、というわけではないが厳しいらしい。
最近は王族も動き出し、これ以上の宿を増やさないような政策をとり始めたらしいのだが、未だに効果は現れていない。
そこで俺の料理に白羽の矢を建てようというわけなのだそうだ。
「ミャゴーレのことは分かりましたけどなんで俺の料理なんですか? 別段すごく美味しいわけではなかったでしょう?」
「それなんだがな ディスタルシアの食事情が関係しているんだが―――」
ディスタルシアの主食にはパン、パスタ(正確にはスパゲティ)、ご飯、の3種類がある。
パンはディスタルシアで一番好まれている主食、なのだがパンの種類は地球に比べて格段に少ない。
菓子パンと呼ばれるようなパンも未だに出てきてないらしい。
パスタは今までは単なる麺状のもの(所謂スパゲティ)しかなく、多様なソースによって味付けがされていたのだが最近では違った形のものが出てき始め見直されているのだそうだ。
それらに対して、ご飯は人気がないのだそうだ。
ご飯の人気がない訳はこの世界で流通する米の種類の問題だ。
今、俺がチャーハンに使ったのは地球で言うジャポニカ米なのだがこれはレガーレさんが懇意にしている農家の人が作っていてジャポニカ米を生産している農家さんはこの世界では珍しいとのことだ。
レガーレさんはもともとご飯を食べない人だったのだが一度このジャポニカ米を食べて惚れ込んだのだそうだ。
それ以来、食堂でご飯を出しているのだが、あまり食べてもらえないのだそうだ。
食べてもらえない理由として、ご飯は美味しくないと言う誤った共通認識のようなものが蔓延しているためだ。
この世界で一番多く生産されている米はインディカ米なのだ。
インディカ米は単純に炊いて食べてもそこまで美味しくない。
地球で言うならパエリアやピラフなどはインディカ米で作ると美味しくなるのだがこの世界でそういったものなく、主食とおかずというスタンスなのだ。
要は主食に何かをするという文化はスパゲティだけでパンやご飯はオカズのお供として扱われているのだ。
そこを踏まえて俺の作ったチャーハンを考えてみると異質な物のように思えるだろう。
おいしい料理は人を呼ぶ、それも今まで食べたことのないものなら一入だ。
「まぁ経営のことが第一なんだが一番の理由は別にあってな」
「別ですか?」
「米が美味しいってのをみんなに知ってほしいんだよ」
少し照れたように顔を書き横を向くレガーレさん。
「はぁ〜 なるほど、確かに珍しいですね でもすぐ真似されちゃうようなものですよ? 大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫だろう 確かに真似しやすいものだが、初めて作ったというのは誰にも真似できない 後々味に差が出てきても少しくらいの差ならどうせなら元祖の方に行こうというふうになるだろうし何より…」
「何より?」
「俺がどいつにも負けないように美味しく作れば問題ないからな」
そういったレガーレさんの顔は獰猛な、恐いといってもおかしくない表情だったが俺は見惚れるような顔だった。
俺も料理を作るのは好きだ、蓮也だった頃はよく家族に振舞ったものだ。
自分の料理を食べてもらい、美味しいと言われるのは何よりも嬉しかった。
レガーレさんは理由を話したあと、俺に米がどんなに美味しいかとか出会いとかを少年のような表情で語る。
その姿を見て俺も出来る限り、時間は短いかもしれないがその手伝いをしようと決心した。
「わかりました 俺の知る限りの米料理を教えます」
「本当か!」
さて、時間はないが何から始めたものかな……
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