Story 1:クリスマスのせい
今夜はクリスマスイブ。
街中がどこか浮かれた雰囲気。
イルミネーションが煌めき、クリスマスソングが流れている。
夕方、私はCafé Lienで澪と待ち合わせをしていた。
日が暮れるのが早くなり、まだ遅い時間ではないけれど、辺りは暗くなっていた。
私はブラックコーヒーを頼み、一階の窓際の席に座った。
通りを眺めていると、恋人たちが手を繋いで幸せそうに歩いていく。
……恋人。
少し前、澪から好きだと告げられた。
私も澪のことが好きだと言った。
そう、私たちは恋人同士になったのだ。
あれから、大学ではいつものように会うばかりで、二人きりでゆっくり会うのは今日が初めてだった。
「……少し緊張するわね」
コーヒーを一口飲む。
男性を好きになったこともある。
彼氏がいたこともある。
少しだけど、恋愛経験はあった。
でも、過去の恋愛は本当にその人のことを好きと言えたのだろうか。
『綺麗だね』と言われて付き合っても、『何言っているのか分からない』と言われて別れる。
素敵だと思う男性に近付くことができても、『汐里には俺よりもっといい男がいるよ』と言われ、一線を引かれる。
自分には、恋愛は向いていないんじゃないかと思っていた。
結婚や、出産にもあまり興味がないし、このまま一人でも構わないと思っていた。
女性を好きだと思ったことはなかったけど……
そんなことを考えていたら、通りの向こうから見慣れた人影が歩いてくる。
澪だ。
「おまたせ〜」
「私も飲み物頼んでくる!」
そう言うと、澪はカウンターでホットのキャラメルラテを頼んだ。
ドリンクを持って戻ってくると、澪はキャラメルラテを飲みながら言った。
「すっかりクリスマスだね〜」
そう言う澪の雰囲気が、いつもと少し違って見えた。
「なんかいつもと違う……」
「あ、分かった!?アイシャドウ変えたの」
澪に言われてよく見てみると、キラキラとラメの入ったアイシャドウが、澪の大きな瞳を彩っていた。
「……可愛い」
言葉がこぼれ落ちた。
「え?今なんて言った?」
「……なんでもない」
私は恥ずかしくなって、視線を逸らした。
「言ったでしょ!可愛いって!」
「もう、聞こえてたんじゃない」
「ちゃんと聞きたかったの」
澪はころころと笑った。
「……可愛いわよ、澪」
そう言うと、途端に恥ずかしくなって、再び目を逸らした。
「今日は処理が乱れるわね。クリスマスのせいかしら」
「処理って!汐里、AIみたいじゃん!」
澪が笑った。
澪が笑うと、私も自然と口元が緩む。
「これを飲んだら、予約していたレストランに行きましょう」
「うん!」
今日はクリスマスイブ。
私たちは少し背伸びをして、おしゃれなレストランを予約していた。
ドリンクを飲み終えると、私たちはCafé Lienを出て、レストランへ向かった。
歩いてすぐの距離。
いつものように澪と並んで歩く。
その時。
澪の手が私の手に触れた。
指先が、私の指を掴む。
「手、繋いでいい?」
澪が小さな声で聞く。
「……もう繋いでる」
「ほんとだ」
澪はへへっと笑って、私の手をしっかりと握り直した。
私も、澪の手を握り返す。
澪は、はっとしてこちらを向いた。
その顔は、今にもこぼれ落ちそうな笑顔だった。
私は恥ずかしくて、前を向いた。
隣からは澪の嬉しそうな雰囲気が、ずっと伝わってきていた。
そのあとしばらく、私たちは言葉を交わさずに歩いた。
とても温かくて、くすぐったい時間だった。
「あ、ここだ」
澪が言った。
レストランの中へ入る。
薄暗い店内。
キャンドルの灯されたテーブル。
静かなピアノの曲が流れている。
「わ〜、素敵!」
澪は目を輝かせた。
お店のスタッフたちは、白いシャツに腰から下の黒いエプロンを身に着けていて、とても洗練されて見えた。
一人の男性スタッフが近づいてきて言った。
「いらっしゃいませ」
「予約していた桐生です」
「どうぞ、こちらへ」
席へ案内してもらう。
テーブルに着くと、ドリンクメニューが渡される。
私も澪も、20歳を過ぎてから少しお酒を嗜むようになっていたので、せっかくだし、ということでスパークリングワインをグラスで頼んだ。
「ほんとに素敵なお店だね」
「ゼミの先輩に教えてもらったの」
「えっ、汐里が先輩に聞いたの!?」
澪は、大きな瞳をさらに大きく見開いてこちらを見た。
「ええ、たまたまそういう話をみんなでしていたから」
「そういう話って?」
「クリスマスに恋人とどこへ行くかとか……」
「ふ〜ん」
澪は、にやにやとしながら言った。
「なによ、その顔」
「だって、恋人って」
「間違ってないでしょう?」
「間違ってない。だから、嬉しい」
澪は笑顔だった。
「本当に今日は……」
「処理が乱れる、でしょ」
「そう、それ」
私は、ふふっと笑った。
澪も、へへっと笑った。
そこへ、スパークリングワインが運ばれてくる。
グラスにゆっくり注がれる様を、少し緊張しながら二人でじっと見つめていた。
黄金色の中に小さな泡が泳いでいる。
私たちはしゅわしゅわと泡の弾けるグラスを手に取り、胸の前に持ち上げた。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「汐里、大好き」
「またそういうことを……」
そう言いかけたけれど、私は観念した。
今日は処理が乱れる。
そういうことにしておこう。
「私も好きよ、澪」
まだお酒も飲んでいないのに、澪の頬が赤く染まっていった。




