7.
太い麻縄を支柱に巻き付けた。角縛りは自宅で練習してきたが、革手袋を嵌めての作業というのはやりにくい。なにより、高所で細い板に乗って薄暗い中でやるのは、思いのほか困難だった。
マティアスは、緩むことだけはないようにと気をつける。一周ごとに、ギリリと繊維が擦れ合う音がするほどに渾身の力で縄を引き締めた。三重に巻いてから、覚えてきたとおりに割を入れて遊びを完全になくし、最後に固い結び目を作る。
これで支柱と横木はきちんと固定されたはずだ。
閉門時間を告げる鐘が鳴り渡った。そのうちに見廻りが来るだろうから、急がなくてはならない。なにより日が沈みかけており、三十分もすれば手元が見えないほどに暗くなってしまうだろう。
マティアスは慎重にその先へと移動した。工事用の足場など、一週間前に上ったのが初めてで、どうしても及び腰になってしまう。格好悪さを気にしている余裕もなかった。
次の結び目に手を伸ばす。千切れ掛けていた麻縄をナイフで切り落とし、左肩に掛けていた新品の縄を外して、巻き結びからもう一度始めた。
黙々と縄を巻き、引き絞り、結ぶ。
どうにか二つ目も終えて、完了だ。麻縄が劣化している箇所は、数日をかけて調べてあった。この二箇所以外はしっかりしたものだったし、あのときにも、縄が切れたのは二箇所だったと事故後に聞いた。
念のために水平材のさらにその次にある、痛んではいない結び目も補強しておいた。これで大丈夫だろうと思う。
マティアスは時間を掛けて地面まで降りた。すっかり日は落ちて、校舎裏は宵闇に閉ざされ、物の輪郭が不明瞭だ。安堵と共に足が震えてしまい、少しばかり情けなくもなった。
校舎の壁沿いに組まれた足場は、レンガ壁を修繕するために組まれたものだ。工事は前期授業が終わるころから始まり、予定では夏休み中に完了するはずだった。だが、後期の授業が始まっても、一向に完成していない。当初は目地のモルタルを詰め直すだけだったのが、ひび割れしているレンガが見つかり、そちらも処置しなくてはならなくなったからだ。
工事が延期されて、麻縄は雨風に晒され続け、繊維が脆くなっていった。それを放置したせいで、縄はちぎれ、支柱から水平材が傾いたのだ。いや、傾く。
水平材の片側が外れた瞬間、エレナとマティアスは他のメンバーと共に、班活動ですぐ近くにいた。植物学の野外観察で、ちょうど苔を採取していたところだった。
頭上からガタリと異音が聞こえた。見上げると、傾いた水平材から重量のある工具が滑り落ちるところだった。一番校舎に近かったエレナの頭上にそれが落ちてくる寸前、とっさにマティアスは彼女を突き飛ばした。工具はマティアスの右腕に直撃した。骨折する羽目となったが、エレナに当たらなかったことのほうが、彼には重要だった。
命に別状がなかったおかげで、マティアスはさほど重大事と感じなかったものの、利き手が使えない不便さはいろいろとある。主に食事や着替えなど生活上の問題が大きかったが、それは家族や友人の助けでなんとかなった。
エレナはひどく責任を感じたようで、頻繁に様子を見に来るようになった。授業でのサポートも率先し、授業中のノート書きはすべて彼女まかせだった。昼食時は、食堂まで同行して、甲斐甲斐しく世話してくれた。おかげでマティアスは、話す機会が増えたと、怪我を喜ぶほどだった。入学からの三年半を、親しいクラスメイトとして保ってきた距離感が、より縮まったように思われた。
だが、その様子が周囲の目にどう映るのかには思い至らなかった。
やがて、エレナに対して噂が流れた。婚約者以外の男性の気を引こうとしている、と。
噂はあの侯爵令嬢が主導していたことを、少し後に知った。嫉妬と、そこから生まれる悪意が理由と知り、証拠と証言を突きつけて人前で糾弾した。今となっては、未熟な正義感で令嬢を追い詰めた自分の幼さに、どうしようもなく苦さを感じる。
いつの間にか、校舎と足場は暗闇に沈んでいた。
マティアスは手袋を外し、付着した麻の繊維を払い落とすと、ナイフと共に鞄に放り込んだ。それから、周囲に気を配りながら、その場を去った。




