第83話 東條様と蒼梧様
「? どうしたの?」
「いえ……、そういえば、原作では蒼梧が紫雲亭会長だった、ってはっきり書いてあったなって思い出して……」
現実問題ばかり考えすぎていて、原作での設定のことを思い返すのをすっかり忘れていた。
確かに紫雲亭には、その世代に4大華族の家の人間がいるならばその人物が会長になるという暗黙の決まりがある。
だから俺たちが初等部で入った時にも、北大路先輩が紫雲亭会長を勤めていたのだ。
……単に、4大華族の人間が強い異能を持つから、というのも理由のひとつとしてはあるのだけど。
そういうことから、遅かれ早かれ俺か蒼梧が会長に推されるんだろうなーとぼんやりとは思っていたんだけど。
がっつり原作に蒼梧が会長だって書いてあったじゃん、ということを、今更ながら思い出した。
「……まあ、原作では西園寺蓮が無能だからね」
宮姫がぽつりとつぶやくが、確かにそれもそうで。
原作の、能力もそこそこ、かつ人望もない【西園寺蓮】には、そんな話は回ってこなかったのだろう。
「そういえば、前から一度聞こうと思っていたんですけど。宮姫って、どうして蒼梧に対しては妙に手厳しいんですか?」
宮姫が蒼梧と対面した時から、なぜか宮姫は蒼梧に対してアタリが強いと思っていたのだけれども、それがどうしてなんだろうとずっと気になっていたのだ。
「……それ、聞く?」
「……聞かない方がいいなら、聞かなかったことにしますけど」
なんだかきまり悪そうに目を伏せた宮姫に、本人が言いたくないことまで無理に聞き出すつもりはないしとそう返したのだが、当の宮姫は別に話したくないわけではなかったのか、ぽつぽつと事情を語り出した。
「東條……蒼梧様はね、もともと私の最推しだったの」
「………………はあ」
――最推し。
つまりそれは、彼女の中では蒼梧が、一番の推しだったということで。
「最推しってあれよ? 『しらゆりの花嫁』の中でってことじゃなくて、当時それまでに読んできた物語の中でも、トップオブトップだったって意味なの」
前世で原作小説を読んでいた時から、ビジュアル、アニメ化CV、実写映画化俳優に至るまで、全てにおいて宮姫のドストライクゾーンを極めていたのが『しらゆりの花嫁』における東條蒼梧だったのだそうだ。
「普段はクールキャラなのに白百合ちゃんに対してだけデレるとか、冷たそうに見えて実は人一倍情に厚くて優しいとか。そういうのがね、もう」
いい歳こいて2次元にリアコして、アクキーとかアクスタとか買って、公式だけでは飽きたらず2次創作に手を出すほどにどハマりしていたのだと、宮姫が打ち明けた。
「それで、生まれ変わってみたらこの世界でしょ。私、しばらくは本当に自分が夢を見てるんだと思っていたし、そうじゃないってようやく受け入れて、蒼梧様と初対面した時には、ワンチャンって要らぬ期待までしたわけ」
いわゆる、【悪役令嬢に転生したら、東條蒼梧がヒロインではなく悪役令嬢に好意を向ける】という展開が来るんじゃないかと、淡い期待を抱いてしまったのだと。
だから――。
期待して、ドキドキする胸を抑えて。
なるべく嫌われないように、できればちょっとでも好きになってもらえたら――という気持ちを押し隠しながら対面した時の蒼梧の対応が。
「――塩よ、塩」
マジなんなんだって思ったわよ――、と。
宮姫が【皇家のお姫様】を演じていた原型を残さないほどに口調がやさぐれていく様子は、心底業腹だったのだろうということが察せられた。
「『はいはい、ど〜〜〜〜〜せ私に魅力がなかったんでしょうよすいませんね』って落ち込んだし。それにしたって、もうちょっと外面ってものを作ってくれてもよかったんじゃない? とは思ったわよね。ていうか、夢壊されちゃうくらいなら会わなきゃよかったとも思ったわ。――それでよ? それでまた私が蓮様と一緒にいるところでばったり遭遇してみたら、なんだかよくわからないくらい蓮様に好意べったべたでこっちに対しては敵意みたいなものを向けてくるじゃない。またなんなの? って思ったわよ」
それで、仕返しに脳内でBL補正くらいしたってバチは当たらないと思ったわけ、と宮姫が口を尖らせる。
「それ、完全に僕は巻き込み事故だと思うんですけど……」
「まあね、それに関しては正直ごめんとしか言えないわ」
蓮様は悪くないのよ、それはわかっているのと眉間に皺を寄せて言い募ってくる宮姫を見ながら、やっぱり予想通り、蒼梧の無自覚な失態かあ……と、思わずついてしまいそうになったため息をグッと飲み込んだ。
「本人……、悪気はなかったと思うんですけどね……」
「悪気がなかったで全てことが収まるのなら、人類に争いは起こらないと私は思うの」
俺のフォローに、ツンとそう言い放つ宮姫だったが。
「……だから。私の中で彼はあくまでも【東條様】であって、【蒼梧様】ではないの。私の推しはこの世界にはいませんでした」
そう言ってどこかむくれているような様子の宮姫は、いつものお姫様モードの時よりもなんだか――、妹たちがむくれているのを隣で見ているような感覚に近くて。
思わず、ふふっと笑いを漏らしてしまった。
「何笑ってるのよ」
「いや……、ごめん。ちょっと、可愛くて」
素直にそう思ったので口にしたし、これくらいなら言っても怒られないかなと思ったから言ったのだけど、耳にした方の宮姫はなんともいえない表情になって、黙り込んで前に向き直った。
「まあでも……、【蒼梧様】じゃない蒼梧も、仲良くなってみるとなかなか愉快で面白いやつだから。邪険にしないで仲良くしてあげてよ」
知ってると思うけど、根は悪いやつじゃないから、と言うと、「……前向きに善処します」と宮姫が小さく答えた。
そうこうしている間に車が西園寺の敷地内に入ったので、会話は一旦、それで一区切りとなったのだった。




