第77話 花火、夏の日の思い出
気がつけば、あっというまに季節は夏。
今年も夏休みを迎えた俺たちは、例年のごとく酷暑を避けるために避暑地へと移動する予定だ。
蒼梧や宮姫も、それぞれの家が避暑地に持つ別荘があるため、次に会えるのは夏休みも終わりに近い残暑のころ――、と思っていたのだが。
「お前、今年はうちの別荘に遊びに来いよ」
どうせ暇してるんだろ――? と、実に失礼な言い分で蒼梧が誘ってきた。
「暇じゃないよ。人をなんだと思ってるんだ」
「お前、最近忙しそうにしててあんまりうちにも来ないだろ。うるさいんだよ。蒼が」
やれ、「最近蓮が遊びに来ないが、愛想を尽かされたのではないか?」とか。
「出来合いの菓子は食い飽きた。そろそろ奴は新作の菓子を持って来んのか」とか。
「……大丈夫? その神獣?」
神獣なのに威厳もへったくれもなさすぎだろ……。
というか俺は、お菓子のデリバリー屋さんじゃないんですけど。
「言うな。俺だってどうかと思う時はある……」
それでも、蒼龍が神獣であることは間違いないし、蒼梧も蒼龍のおかげで異能の力が爆上がりしているので、恩恵を受けてはいるわけで。
無下にもできないだろ、と言う蒼梧を、少し不憫に見つめる俺なのだった。
「花火大会もやるらしいし、よかったら妹たちも連れてこいよ」
「花火大会か……」
言われてみれば、あの子たちに花火を見せたことがなかったな……。
この世界にも、花火大会があるにはあったけれども、暑いし人混みだしで行ったことなかったんだよね。
蒼梧の話を詳しく聞くと、東條家の別荘のテラスからちょうど見える位置で上がるらしく、ゆったりと座ってお茶をしながら花火が見られるらしい。
それだったらまあ、連れて行って見てもいいかなあ……。
とはいえ、俺ひとりの判断で決定を下すこともできないので「……考えておく」と蒼梧には答えておいて、家に持ち帰って父と妹たちに食事の席で相談したのだが。
◇
「……ふむ。東條の家か……」
「はい。ちょうどその時期は父様も仕事で動けなさそうだったので、白百合と菊華を連れて、一泊だけさせていただこうかと」
「むう……」
蒼梧から聞いた花火大会の話も踏まえて父に伝えたのだが、『花火大会』という単語を聞いた瞬間、菊華から『行きたい……!』と言わんばかりのキラキラしい眼差しを送られた。
菊華ちゃん……。
お兄様に熱い眼差しを送られても、最終的な決定権はお兄様にはないのだよ……。
そう思って、菊華に目線だけで父を目配せし、『頼むなら父様だ』と示して見せると。
「はうっ! そうか!」と理解を示したような表情になり、俺に向けていた熱い眼差しを父に送っていた。
「む……、むう……」
まあおそらく、父は年若い娘が男子のいる家に泊まりにいくことで、娘に悪い噂が立たないかと言うことを危惧しているのであろうが。
「父様。僕が懇意にしている友人の誘いですし、一泊だけですから」
それに、僕がちゃんと監督役として妹たちを見ているので、心配しなくても大丈夫ですよ――とにこりと笑うと。
「お前は本当に……、年々霞に似てくるなあ……」
とぼそりとつぶやかれ。
「まあいい、わかった。お前が面倒を見ると言うのなら間違いはないだろう」
くれぐれも気をつけて行ってくるのだぞ、と無事父からも許可を得ることができた。
「ありがとうございます、父様」
「お父様! ありがとうございます!」
俺の言葉に続いて、菊華が父に礼を言い、ぴょんぴょんと跳ねて父に近づきながら「お父様大好き!」とまとわりついたので。
菊華にまとわりつかれてまんざらでもなさそうな父を見ながら、無自覚なんだろうけど菊華もお父様転がしが上手くなったものだな――、と思うのだった。
◇
そうして、あっという間に夏休みを迎え、東條家の持つ避暑地の別荘へと3人で訪れる日となり。
「よく来たな、3人とも」
「ごきげんよう蓮様。妹様たちは初めましてになるわね」
最寄りの駅舎まで蒼梧と貴子様が出迎えに来てくれて、貴子様とは初対面となる白百合と菊華は、教えられた通り淑女らしい礼をとって貴子様に挨拶をした。
「初めまして。西園寺白百合と申します。いつもお兄様がお世話になっております」
「はじめまして! 西園寺菊華です! 本日はよろしくお願いいたします!」
夏のお出かけ用のセーラー服を身に纏ったふたりが、貴子様にぺこりとお辞儀をする。
「まあ……、なんてお可愛らしいのかしら……。これじゃあ蓮様が目の中に入れても痛くないほどに可愛がるのも納得ですわね」
可愛らしい女の子が増えて嬉しいわ、と瞳をきらきらと輝かせながらにっこりと笑う貴子様は、そのまま白百合と菊華を案内しながら先に歩き始めた。
「ありがとう。わざわざ迎えに来てくれて」
「いや、ここまで来いよって誘ったのは俺だからな」
女性陣の後に続くように蒼梧と並んで歩きながら車に向かい、そこから更に移動した先の東條家の別荘へとたどり着く。
東條家の本邸は伝統的な和の作りの日本住宅だが、別荘は避暑地らしい立派な洋館で、湖畔を一望できる高台に建てられていた。
「花火はちょうど、あの湖で上げられるんだ」
湖からすると高台に建てられているため、視界を遮る障害物が一切なく。
確かに、蒼梧から聞かされていた通り、ここからだったらゆったりと花火を満喫できそうだというのがよくわかった。
「ふたりとも、線香花火はしたことあるかしら?」
「……ないです」
貴子様の問いかけに、白百合と菊華がふるふると首を横にふる。
「あら。よかったわね蒼梧。あなたの準備が功を奏したわねえ」
そう言って、楽しそうに笑う貴子様に「……そうですね」とほんのり嬉しそうな様子を見せる蒼梧なのであった。




