第65話 沁みる甘味と転生者たち
運動会の後、半日ほどは異能が使えなかったが、その次の日からは問題なく使えるようになっていた。
――なるほど。とりあえずあの程度の変異だと半日は使えない、と。
白に、鍛錬を積んだら反動の時間は短くなるのかと聞いてみたが、多少はあるかもしれないがあくまでも比較対象とするのは変化の度合いなので、おそらく鍛錬でどうにかなるものでもないと思うと言われた。
まあなあ……。
確かに、いつでも好きな時に物質を自分の好きなものに変えられたら、それは神様みたいなものだものな。
あまりポイポイ使って良いものでもないと言うことか。
と、自分の中で納得をつけつつ。
運動会も終わり、季節も初夏めいてきた頃。
――宮姫から、最初のデートのお誘いの手紙が届いた。
◇
「お待たせしました。申し訳ありません、遅くなりまして」
「いいえ。むしろ早く来たのはこちらですもの。どうかお気になさらないで」
休日の午後。
待ち合わせ場所に指定された喫茶店へと顔を出すと、そこには普通の貴族令嬢然とした佇まいで、宮姫がすでに席に座して待っていた。
着ているものもいつものような豪奢な着物ではなく女袴だ。
こうしてみると宮姫も、皇家の人間ではなく普通の女学生に見えるなあ……。
「ありがとうございます蓮様。本日はお時間を作っていただいて」
「いえ。僕の方こそ、またお会いできる機会をくださりありがとうございます」
どうぞお掛けになって、という宮姫の言葉を受け、彼女の真向かいに腰掛ける。
当然のことだが、宮姫の背後には御付きの女性が侍っており、おそらくは見えない場所でいわゆる護衛的な存在も控えていることだろう。
いくらおしのびとはいえ、立場が立場だ。
出先で間違いのないように万全を期されているだろうことは問うまでもない。
故に、宮姫の口調や振る舞いも、周りに人がいることもあり前回のような砕けたものではなく、ちゃんと令嬢らしい雰囲気を纏っていた。
指定された店も、庶民が入れるような気安い感じのものではなく、華族御用達といった高級喫茶店。
これなら俺たちが座っていても、周囲の客からはどこかいいところの華族の御子息御令嬢かと思われて終わりだろう。
「何を頼もうかしら……。蓮様はどうなさいます?」
そんなことを思いながら宮姫を見つめていたが。
一方の宮姫はというと、メニューを手になにやら楽しそうにどれを注文するか頭を悩ませていた。
「そうですね……。僕はコーヒーをいただきます」
「あら、召し上がりませんの?」
俺の回答に、宮姫がちょこんと首を傾げる。
正直……、どうしようか少し悩んだんだよね。
基本的に甘党なのでむしろ注文することに抵抗はないのだが、外でこう、おおっぴらに甘いものを食べる男子ってどうなんだろう……? という妙な思い。
21世紀の喫茶店ならまだしも、【男児たるもの、強くあれ】がまだ強くあるこの時代に、男児のお手本となるべき筆頭華族の嫡男である自分が、率先して甘味をにこにこと食べる絵面って……。
と思って躊躇しちゃいました!
家ではめっちゃ自分で甘味を作って食べてるけどさ!
それはまだ、家庭内での話だからさ!
という内心を包み隠してにっこりと微笑みで返すと、宮姫が両手を合わせながら「蓮様? わたくし、お願いがあるのですけれど……」と、向こうもにこにことした笑みでこちらに頼み事をしてきた。
そうして、その数分後。
俺と宮姫の座るテーブルの上に、生クリームが添えられたプリンとクリームあんみつが、きらきらと輝いて置かれていた。
「蓮様……、わたくしちょっと、感動しすぎて泣きそうですわ……」
片手でスプーンを持ち、にこにこと満面の笑みを浮かべた宮姫が、口元を押さえながら感無量といった様子でそう言ってくる。
宮姫から頼まれたこと――、それは。
――せっかくここまで来たのだから、プリンもあんみつも食べたいが、一人じゃ食べきれないから手伝ってもらえないか――。
というお願いだった。
その言葉に、後ろに控えた御付きの女性が「みやひ……、お嬢様、はしたないですよ」と窘めたが、俺が「構いませんよ、じゃあひとつずつ頼んで、半分こしましょう」と言ったら、それ以上は彼女も追及せずにしたいようにさせてくれた。
たぶん、宮姫は俺なんかよりももっと、食生活に自由がないんだろうなあ……。
宮姫は、スプーンで掬い取ったプリンをぱくりと口に含むと、こちらに届くか届かないかのごく微かな声で「沁みる……」と呟いた。




