第52話 新年度と変化
てっきり俺は、父は皇室からの婚約の申し出に1も2もなく飛びつくものだと思っていた。
しかし俺の予想に反して、「すぐに返事をする必要はない。先方も返事は急がぬと言っている」と、まさかの猶予を与えてくれたのだった。
そのかわり、宮姫との交流は今後も続けていくこと。
定期的にコンタクトをとり、友好な関係を築いていくようにと釘を刺された。
そんな形で、とりあえずは俺の婚約騒動がひとまず一段落して。
おそらく、俺史上2番目くらいに怒涛だった春休みが明け、新年度、そして新学年を迎えた。
俺と蒼梧は中等部2年。
白百合が初等部4年生で、菊華が3年生になる。
ふと気づくと、ふたりともいつのまにかすっかり幼児期を過ぎており、自分もさることながら子供の成長の早さというものをひしひしと実感する俺なのだった。
◇
新年度初日。
校舎に到着し中等部の玄関に差し掛かると、そこは表に張り出されたクラス表を覗き込む生徒たちでひしめいていた。
初等部の制服は白菫と言う色の、ほぼ白を主体とした学生服だったが、中等部になるとそれに少し色味がついた青藤色の制服になる。
そしてそれは、高等部になるともっと濃色の藤納戸という色に変わる。
普通に考えると、汚れが目立ちそうな初等部になぜ白と思うが、それこそ逆に【白で汚れが目立つような生徒は華族としてふさわしくない】というアンチテーゼのようなものがあるのだとかなんとか。
また、経済力のある華族が子供といえど汚れた服を着せてはならないと意識づける意味も含まれている、と何かで聞いた覚えがある。
学年が上がるにつれ色が深くなるのは、【着るものと同じく、成長と共に己自身も深みを増していけ】という学長のメッセージなのだそうだ。
そんな、中等部の制服である青藤色がひしめいている場所に近づいていくと、俺より先に到着しクラス表を眺めている蒼梧を見つけた。
もともと存在感のあるキャラなのに、周りの生徒たちも「あ……、東條様だ……」みたいな空気を醸しながら微妙な距離感をとっているから、余計に目立つよね……。
そんな様子を蒼梧の後ろから眺めていた俺は、もはやクラスは自分で確認するよりも先に蒼梧に聞いたほうが早いかと思い、そのまま挨拶がてら蒼梧に近づいていった。
「おはよう」
「ああ」
俺が声をかけると、蒼梧がちらとこちらに目線をよこす。
「おおかた予想通りだが、やっぱりクラスは別だったな」
蒼梧の言葉を受け、クラス表に目を向けると、蒼梧の言う通り俺とはクラスが別々に采配されていた。
「まあ、そうだろうね。ってか多分、下手するとこのままずっと別で行く可能性の方が高いだろ」
「俺としては、せめてあと1回くらいまた同じクラスだったらと思うけどな」
そう思うと、初等部のクラス分けの時は貴重だったんだな、と蒼梧が少し寂しげにつぶやいたように見えて。
こいつなあ……。
こういうとこ、可愛げあるんだよなホント。
そりゃあ、俺だって蒼梧と同じクラスのほうが気が楽だし、楽しいし、また同じクラスだったらなと思うけどさ。
なんというかでも、男子が「俺たちまた同じクラスになれなかったな!☆」とか、「クラスが離れても俺たち親友だよな!☆」みたいなことを大々的に言うのは、恥ずかしいと言うか、こそばゆいというか……。
俺に言わせれば、普通の中高生男子の感覚なんてこんなもんだと思うのだが、時々こっぱずかしいことを臆面もなくしれっと言えるのは、蒼梧がもともと女性向け恋愛小説のヒーローである所以なのかもしれないな……、とかそんなことを思いつつ。
……まあ、それにしたとて。
また一緒のクラスになりたい、と言われて。
俺だって実際、嬉しくないわけもなく。
「そうだな。俺もせめてあと1回くらいはまた同じクラスになれたらと思うよ」
と蒼梧の呟きに返答をし、お互いに顔を見合わせて笑ったのだった。
◇
俺が中等部にあがってから。
変わったのは、制服の色だけではなかった。
それまでの、学苑で学ぶ勉学だけに勤しむのではなく、正式に後継者として学ぶ時間を設けられるようになったことだ。
学苑から帰宅すると、我が家の家令から経済についての知識や西園寺家の事業についての教えを受け、父からは貴族社会においての立ち回りや四大華族当主としての役割についてなどの話を聞く。
父からの教えについてはあまり時間を取られることはなかったが、家令からの教えは際限がなかった。
日々目まぐるしく動く経済の流れの掴み方や、情報収集の仕方、また西園寺家がどんな事業に携わり、今後どう発展させていくかのビジョン。
ある種、正解のない問いかけに答えるには、こちらもそれなりに答えられるだけの材料を学んだり知っておくことが必要で、そんなことに日々注力していたら、毎日があっという間に過ぎていった。
そうなると自然、白百合や菊華と接する時間も以前よりは減ってしまったが、しかし彼女らは彼女らで最近は淑女教育の一環として習い事に時間を割くことを増やしたので、それも相まってちょうどよかったという点もある。
最近の白百合と菊華は、書道に生け花、お茶にお琴と、1週間に通い切れるのかと言うほどの習い事に日々費やしている。
これは俺も実際にこの世界にきて知ったことだが、実のところ華族令嬢というのは別にこれらの習い事を極めるために習うわけではない。
あくまで教養として出来ていればどこへ行っても恥をかかずにすみ、嫁ぎ先によってはあまり極めすぎていてもかえって良く思われないことも往々にしてあるため、広く浅くというのが基本的な習い事に対する考え方なのだそうだ。
――あまり出来すぎるようでも、男性に敬遠される。
学業や芸事での優秀さよりも、上流階級における良妻賢母であること――。
それが、この時代の女性に求められる事なのだと言うことを、言外に知らされたわけで。
そう考えると、可愛い妹たちには俺みたいな家のための政略結婚を強いられるのではなく、本当にあの子たちを大切にしてくれる素敵な伴侶と巡り合ってくれたらと、切に願うのだった。




