第50話 パーティー
結局あの後、父が逃げたことで説得に失敗したことに落ち込む白百合をなだめて(菊華はどちらかというと納得できないとか不可解だとでも言うようなしかめっ面をしていた)、とりあえずその日はそれで終わった。
白百合には「大丈夫だよ。何があっても、兄様はふたりのことをちゃんと考えてるから」と安心させて、菊華には「なにか思いついたり思うことがあっても、必ず行動する前に兄様に声をかけること」と釘を刺した。
この子、思いつきで突発的に行動しがちっていう前科があるからね……。
そうして翌日から、妹たちから父へ『お父様へのお塩対応大作戦』という名のストライキが始まり、その後しばらく父は傷心に暮れるわけだが。
それはまた一旦、別の話である――。
◇
――季節は春。
中等部2年に進級する前の、春休み真っ最中の今。
結局父は宣言通り、娘たちのお塩対応に凹みながらも、春休みのあいだ俺を様々な華族が主催するパーティーに連れ回した。
正式に俺を西園寺家の跡取りとして外部に顔見せすることと、出席者の中に、俺の婚約者としてふさわしい女性がいないかを探すのを兼ねて。
正直、婚約に関してはあまり気乗りはしないが、父の言うことに尤もだと思うところもあるので、いまのところは黙って受け入れている。
――ただ、ひとつだけ気になっていたこと。
『もし俺に、本当に好きな女の人ができたら、その時は考慮してもらえるのだろうか?』ということを、今日のパーティー会場へ向かう道中の車の中で父に尋ねたら「意中の相手がいるのか?」と聞き返された。
「まあ、いまのところはいませんが」
「……もしお前に好いた女ができたのであれば――相手の身分しだいだが――もちろん考慮はする」
間違っても、平民じゃなければな、と付け加えられはしたが、一応は父にも俺の意志を尊重しようという思いがあることは少し意外に感じた。
そうですか、と短く答え、結局その会話はそれきりで終わったのだったが。
◇
本日の催しはガーデンパーティー。
日中の明るい時間に主催である侯爵家の庭を解放し、清々しいほどの青空の下に開催された。
パーティー会場には大人ばかりではなく、俺のように親と同伴で連れてこられた少年少女がちらほらと目に入った。
会場入りして早々、父とひととおりの挨拶まわりを終え、ようやく一息ついたところで、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
「蓮」
「蒼梧」
ちょうど父は少し離れたところで知り合いと会話に興じていたので、一人になったタイミングだった。
「お前も来てたんだな」
「まあ、父親に連れられてね」
蒼梧とは春休み中も時々一緒に会ってはいたが、こういったパーティーの話なんかは特にすることもなかったので、お互いに「お前もか」という感じで邂逅を果たした。
聞くとどうやら、蒼梧も父から「そろそろ世間への顔見せの場を増やしていくか」と言われて、最近は俺と同じくこうした場に顔を出させられることが増えたらしい。
どこの家も考えることは同じってことだね。
「仕方がないとは分かっていても、面倒は面倒だよな」
そう言って、いつもの感じで苦笑する蒼梧を見たら、正直こっちもちょっとホッとした。
実際、知らないひとたちに囲まれて気を遣ってばかりでいるのは精神的負担も大きい。
知り合いが一人いてくれるだけで、だいぶ心強いものなんだなあ……。
と、俺がひとりしみじみと友人の大切さを噛み締めていたら、
「その服、お前自分で選んだのか?」
蒼梧が不意にそんなことを尋ねてきて。
「いや? 使用人の見立てだけど」
何かおかしいか? と蒼梧に聞くと「いや……、なかなかセンスがいいなと思って」と顎に手を当てながら率直に誉められた。
そういう蒼梧も今日はいつもの学生服姿ではなく、黒い詰襟のシャツに、黒地にところどころ薄藍の差し色のある羽織のようなものを羽織り、なかなかに洒落っ気のある格好をしていた。
対するこちらはというと、白地のシャツに白地の羽織り、差し色は浅葱色。
客観的に自分達を顧みて、面白いくらい対象的だなと思いながら、そのまましばらく蒼梧と世間話をしていたら、父が少し離れた場所から「蓮!」と俺を名前を呼んだ。
「父に呼ばれたから行くよ。じゃあな」
「ああ。またな」
そう言って、蒼梧に軽く手を振りその場を後にする。
うう……、ある種のお役目のようなものとは言え、蒼梧の言う通り確かに面倒だよなあ……。
早く帰って楽な格好になりたいと思いながら父の元に辿り着き、「お待たせしました」と言うと、「構わん。……お前に会いたいと言う御方がいらっしゃるのだ。私の後についてきなさい」とくるりと踵を返される。
ん?
俺に会いたい人?
……誰だろう?
正直、心当たりなんて全くない。
しかも父の口調から察するに、どうやら父よりも身分の高い人物っぽいし。
そんな人物が、俺をわざわざ呼び出すなんて、いったい何の用なのだろうと黙って後をついて行ったのだが。
「失礼致します。西の菖蒲でございます」
「よい。開けよ」
父が扉に向かって声をかけると、向こう側からは鈴が転がるような、静かに水面が揺れるような、落ち着いた少女の声がくぐもって聞こえてきた。
中の少女が「開けよ」と言ったのは、父に対してではなく、室内に控えた従者に対してだったのだろう。
許可の声が聞こえて間も無く、かちゃりと微かな音を立てて、内側からドアが開かれる。
扉が開かれると、父が小さく膝を折って簡略的な礼をとり、それからのそりと室内へ足を運ぶ。
自分もそれにならいながら父の後に続くと、大きな窓からふんだんに太陽の光が降り注ぐ明るい室内には、豪奢な着物を着た少女がすっと背筋を伸ばした姿勢でソファに座り待ち構えていた。
――どこかで、見覚えがある気がする。
微かな既視感。
俺が記憶の中の引っ掛かりを拾い上げることにわずかに集中させている間に、背後で従者によって扉が閉じられる音がした。
「宮姫様。此度は拝謁の機会を賜りまして、まことにありがとう存じます」
「構わぬ。わたくしが呼んだのです。むしろ急な呼び出しに応じてもらえたこと、礼を言うのはこちらのほうです」
「勿体なきお言葉……」
そう言うと父が、再び目の前の少女に向けて深々と頭を下げた。
――宮姫。
その言葉で、俺は目の前の少女が誰なのかを悟り、感じた既視感の正体がなんだったのかを理解した。
――あの時、宮中ですれ違った、帝の娘だ。
宮姫様、というのが、帝の姫の敬称にあたるのだろう。
一連の会話で、それらのことをようやく理解できはしたが、しかしどうして自分が呼ばれたのかはまだちっともわからない。
いったいどういうことなんだろうと父の後ろで黙って思考を巡らせていたら、「すまぬが、皆席を外してもらえませんか」と宮姫様が周囲に向けて言葉を発した。
「姫様……!」
「大丈夫です。話が終われば呼びますから」
宮姫様の言葉に、おそらく初対面の俺とふたりきりにすることを案じたのであろう従者のひとりが声を荒げたが、宮姫様がぴしゃりと制するとそれ以上言い返すことができずに黙り込んでしまう。
――いや、目の前でやりとりを見ていた俺も何が大丈夫なのかさっぱりわからなかったけど。
もちろん俺に目の前の宮姫様を害する気など全くないが、流石に不用心なのではと思うし。
しかし、そんな俺の内心のツッコミをよそに、俺と宮姫様以外の者は、彼女の願い通り俺たちを残してぞろぞろと部屋の外へと出て行ってしまい。
そうして、俺はなぜ、彼女に呼び出されたのかわからぬまま。
帝の姫と二人きりで対峙するというミッションが始まったのだった――。




