第49話 婚約者の選定
帝への拝謁が無事に終わり、その日、家族で揃って夕食の席を囲んでいた時のことだった。
「ひとまず、今日の帝への拝謁はつつがなく終わったことをみんなにも伝えておこう。よくやったな、蓮」
「ありがとうございます」
父からの労いの言葉をもらった俺は、そう短く答える。
食事の席に同席している白百合と菊華、また周囲にいる使用人たちにも聞かせるための言葉だろうが、あまり子供たちを誉めるということをしない父からの労いの言葉は、わずかながらにも嬉しさを感じた。
――しかし、問題なのはその後の発言だった。
「さて……、帝にも我が家の後継者の存在をお認めいただいたことだし、そろそろお前の婚約者についての選定も進めていかねばな」
「――――え?」
「へっ……?」
父のその、思いがけない発言に、最初に疑問符を上げたのは俺。
その後に小さく声を漏らしたのは菊華だ。
その声は、声と言うほどには大きなものではなかったので、俺よりも菊華から離れた位置に座している父には届かなかったかもしれない。
しかし、食事の席とはいえ、一家の長の発言に疑問の声を差し挟むのは子女としてはあまり誉められた礼儀ではない。
ナンセンスだと否定されるかもしれないが、この時代の子女というのは男の後ろを三歩下がって、文句も言わず粛々と付き従うと言うのが美徳とされている時代なのだ。
厳しすぎるとは思うが後で注意しておかないと――、と、俺も混乱していたので明後日の方向に意識を向けながらも、先ほど父の放った言葉に対して質問を投げ返す。
「それは――、僕の婚約者、と言うことでしょうか」
「当たり前だ。他に誰がいる」
まあそりゃそうだ。
話の流れからして俺以外にいないよね!
「あの。思いのほか、展開が早くて驚いているのですが……」
「何を言う。人によってはもっと幼いころから婚約者を決めているものもいるだろうに。それに、なにもすぐに決めると言っているわけではない。あくまでも選定を進める、という話だ」
実際、最近は父も外で「お宅の息子さんをうちの娘にぜひ……」と声をかけられることも少なくないらしく。
……まあ、自分が高位華族であるという自覚はあったから『自由に結婚とかできないんだろうな』という覚悟がないわけではなかったけど、こうも早い段階で言われるとは思わなくて正直驚いた。
いやね、だって俺、まだ中一だよ?
言って春からようやく中二だし。
えー。
て言うかえー。
俺……、前世でもまともに恋愛できなかったんだけど、今世でもできないの……?
一応この世界、恋愛小説の世界なはずなんですけど。
結婚相手がままならないことは諦めたとしても、その前にできれば、甘い初恋とか体験したり、恋愛じみたことしてみたかったなというか……。
そんなことを思いながらすこし落ち込んだ気持ちでいたら。
「お、お父様……」
と、意を決したように声を上げた菊華が席をたち、たたたっと父親に向かって近づいていった。
「わたしは、お兄様にはまだ結婚しないで、おうちにいてほしいです!」
「む……」
「き、菊華……?」
いやあの、菊華ちゃん?
お兄様は結婚したとしてもおうちを出ていくことはないよ――?
と、的はずれなツッコミを内心でしていた俺だったが。すると、視界の片隅で白百合もすっと立ち上がり、静かに菊華と父の方へと近づいていく。
おお、さすがは白百合。
この一連の流れでも、動じることなく楚々として自分の席に座していたし、こんな時でも不調法な妹をちゃんと優しく窘めるのだろうな――と思っていたら。
「お父様。菊華ちゃんにはわたくしから後でちゃんと言いふくめておきます。ですが――、わたくしも……お兄様の婚約はまだ、時期尚早なのではと思います」
と、これまた深刻な表情で父に嘆願しだしたので。
「う……うむ……」
自由人な菊華のみならず、普段わがままを言わない白百合からも言われた父は、さすがに少し怯んだようだった。
「……なぜ、まだ早いと思うのだ?」
娘ふたりに縋りつかれて困りはてたような表情を見せる父が、白百合に向かってそう問い返す。
「それは……」
「お兄様がこのおうちにいないと、みんなが寂しいからです!」
「……菊華? お兄様は結婚しても、おうちには居るぞ?」
問い返されて一瞬言い淀む白百合と、それに助け舟を出そうとする菊華と、助け舟を叩き壊す父。
「えっ……」
「お兄様は跡継ぎだから、結婚してもおうちはでていかない。お兄様のお嫁さんがうちに来るんだ」
「お兄様のお嫁さん……」
「菊華にお姉様がもうひとりできるということだ」
「…………」
言われて菊華はハッとした顔になり、父と俺と、最後に白百合の顔を順番に見回す。
……いやいやいや!
「……じゃあいいのかなあ?」みたいな顔するんじゃないよ!
どうやら、菊華の中でのお姉様像が、白百合のおかげで『お姉様=とてもいいもの』みたいになってるらしい……。
面白いほどに、菊華があたまのなかでふたりの白百合に可愛がられている自分を想像しているのがみてわかった。
「……菊華ちゃん? お姉様は、菊華ちゃんがお姉様以外の人をお姉様と呼ぶのは寂しいです……」
そんな、妄想の世界に入りかけていた菊華に、白百合が悲しげに声をかけると。
はっ! と我にかえって白百合を見た菊華が「お……、お姉様ごめんなさい! わたしのお姉様はお姉様ひとりだけです!」と白百合に縋り付いていた。
……まあ、姉妹仲がいいことはなによりだよ……、うん。
と、そんなことを思いながら俺が妹たちを見ていたら。
「子供たちよ……。父さまは、皆が仲良く育ってくれたことを嬉しく思う」
しかし、と、腕を組み父親らしい佇まいをみせた父が、険しい顔で言葉を続ける。
「遅かれ早かれ、いずれ蓮もふたりも誰かと婚姻を結ぶのであれば、少しでもいい相手と思うのが親心なのだ。そしてそれは、いい相手に早く目星をつけるに越したことはない」
故に、と力強く言葉を放ち、父がぐわっと席を立った。
「お前たちがなんと言おうと、蓮にいい相手がいれば、見合い相手として顔合わせをさせる! これは当主決定だ。誰も口を挟むことはまかりならん!」
そう言って、言いたいことだけ言い捨てて、父はすさささと部屋を出ていってしまった。
……………………。
あれ?
逃げた――――――!




