第35話 蒼龍、現る
『実際、蓮が蒼龍を呼んだら多分すぐ来るにゃ』
「えぇ〜……」
いや呼ばないよ!
蒼龍には申し訳ないかもだけど。
嫌とかどうとかよりも、泥沼の予感しかしないじゃんか……。
蒼龍をずっと呼びたいと思っていた蒼梧の隣にいる俺が、蒼龍召喚しちゃう?
洒落にもならない。
『蒼梧は、蓮の近くにいすぎたのもよくなかったにゃ。四神は四大華族の家の子供が生まれたら、どうせそのうち声がけされるんだろうと思って暇つぶし程度には見てるから』
そうして、蒼龍が暇つぶしに蒼梧を見ていたら、その近くに俺がいたというわけらしく。
「……じゃあ、別に召喚しなくても出てこれるなら、なんで今まで蒼龍は姿を見せないんだ?」
『あ〜それは……』
言いにくそうに言葉をにごす白によると、こいつはずっと、俺の近くで蒼龍を牽制していたらしい。
『だって蓮は、蒼梧が蒼龍を呼び出せたら良いと思ってたにゃ』
主人の願いを叶えるのが自分の役割だから、と。
『蒼龍には、いさぎよく蒼梧のところに行けって言ってやったにゃ』
――蒼梧には、確かに蓮ほどの神の恩寵はないけども、神獣を召喚できるだけの素養は十分にあるから、と白は蒼龍を説き伏せようとしたらしい。
しかし結局、蒼龍はそれには応とは言わず、跳ね除けたのだそうだ。
「…………う〜〜〜〜〜ん」
白の説明を聞いた俺は、思わずうなる。
――蒼龍と蒼梧。
相性は悪くはない、はずだ。
なぜならば、原作でのふたり(片方は人ではないが)がそうだったからだ。
俺というイレギュラーの存在がなければ、成立していた関係なのだ。
…………うん。
考えていても仕方ない。
ここは一発、腹を括って直談判といこうと決めた。
「白。蒼龍と話すことってできるか?」
『それは……』
「可能だ。すでにここにいる」
「うわっ!」
突然背後から声がすると思って振り向いたら、そこにはいつのまにか、見知らぬ男が静かに立っていた。
白い和装に身を包んだ、どこか気だるげな美青年と言ってもよさそうなその男は、長い髪をさらりと肩から滑り落としながら、俺に向かって話しかけてきた。
「うむ。とうとう観念して我を受け入れる気になったか。良い心がけだ」
え――?
は――??
『――抜かせ。蓮は、お前との加護の誓約を結ぶために呼んだわけではない』
いつのまにか、擬態を解いて本来の姿に戻った白虎が、突然現れた謎の人物と対峙する。
「え? そ――、蒼龍?」
「如何にも」
普段の白のイメージが強かったので、てっきりちっちゃい龍みたいな感じで登場すると思っていたのに、まさか人の姿で現れると思っていなくて正直度肝を抜かれた。
「まさか人族の屋内で本来の姿で現れるわけにも行くまい」
「それに我は、場を弁えた姿を取ることを心得ておるのだ」とどこか得意げにそういうと、白が『ふん。幼体化で擬態しようにもトカゲに毛の生えたのにしかなれん言い訳にご苦労なことだ』と少し意地悪げに揶揄した。
え――?
ひょっとしてこのふたり、仲悪い?
なぜか俺の目の前でばちばちと火花を散らすような視線を交わし始めたふたり(正確には見た目上ひとりと一匹だが)を目の当たりにして、あれ? と思った。
いや。
いやいやそうじゃない、そうじゃない。
「あの――、せっかく出てきてくれたところに申し訳ないんだけど。俺は、あなたの加護を受けるつもりはないよ」
今回はそのことをきっちり話すために呼んだんだ――、と蒼龍に向かって言葉をかける。
「なぜだ。我がそこな猫っコロと比べてどこが劣ると」
『トカゲ風情に猫とか言われとうないわ!』
しかもあの姿は、万人に癒しを与える尊き姿なのだぞ! とよくわからない論理で白が張り合う。
「あの、ごめんなさい。話が進まなくなるから喧嘩はふっかけないでほしくて」
というか、仮にこれでもし俺が「うん」って言ってこの二柱を侍ることになったら、四六時中この喧嘩の仲裁をしないといけなくないか……?
そう考えたら、そもそも蒼龍を侍らせるつもりなんてなかったが、絶対に断らなければと言う確固たる強い意志が生まれた。
「とにかく俺は、白とあなたを比較してどうだってことで言っているんじゃなく、こっちの世界の利害関係的なところも含めてよろしくないから断ってるわけで」
ただでさえ現時点で唯一の神獣召喚者ってだけでも目立ってるのに、これで二柱同時召喚とかってなったらますます注目を浴びてしまう。
――出る杭は打たれる。
もともと、破滅回避のために保持しておこうと思っていた力だ。
力を得すぎて、危険視されたり排斥される可能性が無いとは言い切れない。
北大路、南宮、西園寺、東條のなかで、西園寺だけに力が偏るように見えてしまうのは避けたいのだ。
――西園寺家の後継者って、なんか禁じ手使って神獣召喚しまくってるんじゃないの?――とか噂が立ったらどうする!?
――それに。
なにより、蒼梧はもとより、俺によくしてくれたあの東條家の人たちを、悲しませたくない。
本来東條家が召喚すべき蒼龍を俺が侍らせてしまったら。
きっと、今までみたいな態度で、俺に対して接してはくれなくなるだろう。
そういった旨を、俺は蒼龍につつみ隠さず話し。
「だから、どう転んでも俺はあなたの加護を受けることはできない。でも――、あなたが蒼梧に加護を授ければ。俺は蒼梧と友達だし、必然的に近くにいることは多くはなると思う」
それに白も事前に伝えているように、蒼梧は蒼龍の主人に相応しい人物だと俺は思うし、二人は相性も良いと思う、と言葉を重ねる。
「ふむ……」
俺の言葉に、蒼龍が顎に手を当てて考え込む。
「確かに。我も彼奴のことはずっと見てきたが、才能もあり、勤勉で努力家。我の是とする人物であることには間違いないが」
――しかしもう、呼びかけを一度無視してしまっているからのう、と。
蒼龍がむう……と考え込む様子を見せる。
「え、でも。契約を結ぶのには別に、召喚の儀式がなくてもいいと」
「何を言う。向こうから呼びかけられて契約を結ぶのと、こちらから出向いて契約を結ぶのでは、こちらから出向いて契約を持ちかける方が下に見られてしまうではないか」
…………えぇ〜?
なにそれ?
いわゆる女子の『彼のことは好きだけど……、こっちから先に告白したらなんか負けたみたいじゃん!』みたいなこと?
えっ、めんどくさ!!
いやでも、こういうなんかちょっと面倒臭い感じ、やっぱり蒼梧と似てる気がするな……。
「……呼びかけられた時、取り込み中だったから応えられなかったー、みたいなのじゃダメなの?」
「そのような格好の悪いことできるわけがなかろう。それに、彼奴が我を真に望まんとするのであれば、一度断られたくらいで簡単に諦めようとするのが軟弱なのだ」
真に欲するのであれば、一度と言わず何度でも呼びかけて然るべきであろう――? と。
…………。
なんだろ……。
なんかすごい、めんどくさい彼女みたいなこと言う神獣だな……、蒼龍って……。
『それはつまり、蒼梧がまたお主に呼びかけをしたら、応えてやっても良いと言うことか?』
「……考えるに値するとは思っておる」
――白の追求に、蒼龍はそう答えたのだった。




