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真の悪

 鏡の魔法使いマリカはザングルゴール皇帝の作りだした異世界ダーク・ロードに舞い戻った。すでに変身している彼女は魔法の杖を手に紫のドレスに身を包んでいる。


 今は大量の怪人たちによる宮殿の工事は進んでいる。それを見てマリカは自分が全体の統率を任されていたことをやっとこさ思い出して気に病んだりもした。


 しかし、今日の彼女の目的は違う。


 魔法天使マリカという自分の偽物がブラック=サンという存在に乗っ取られてこれから事件を起こそうとしている。それを止めるのは正義の行いだろう。わかっているからと言ってマリカはただ止めに行くのはおかしいと考えている。


 鏡の魔法使いマリカは悪の少女である。


 その自負心は変わらない。魔法の杖を初めて使った過去の、あの日の自分がどんな顔をしていたとしても、自らの選んだ道であることに変わりはなかった。だからこそ彼女は胸の中のわだかまりに決着をつけに来たのだった。


 ザングルゴール皇帝の謁見の間。


 高い天井、闇の広がる空間。そして奥に鎮座する崇高なる闇の皇帝。


 ザングルゴールはマリカを見た。巨躯に赤い眼光だけが光っている。マントから伸びる手足はうろこに覆われたもの。彼は頬杖をついている。体に巻いた黒いマントが彼の表情を悟らせない。


「鏡の魔法使いマリカよ。余に伝えるべきことがあるというのはどういうことだ」

「はっ」


 マリカは彼の前に片膝をついて平伏した。彼女はそのままいう。


「陛下の心遣いで魔法天使マリカという怪人が生まれたことを聞きました」

「……ほう」


 ザングルゴールはそれだけを言った。本来はマリカ本人に気付かせずにことを成そうとしたのだろうが、この口ぶりでは知ってしまったのだろうと彼は悟った。


「余が貴様に下した命令は『魔法天使マリカ』を始末しろというものだったはず。それを成したということか?」

「いえ、私の前に現れた私の偽物がいろいろと話をしてくれました」


 マリカは起こったことをかいつまんで話をした。サンという存在に乗っ取られているということ、そしてそれは『黒の太陽』の化身であるということだった。ザングルゴールはそれを聞いて言った。


「ふむ……なるほど、セレニコが勝手に余の『黒の太陽』をゴミに出そうとしたということであれが恨んでおると……」

「あ、いや……」


 セレニコのことは話したがマリカは目を泳がせている。マリカは魔法の杖を傍においてもじもじする。手遊びをしていた。


「……いずれにせよ。余の策したようにはならなんだな。まあよい。黒の太陽の化身といえどもコアに使ったのは一部にすぎぬだろう。あれは粉々だからな」

「ぐっ」


 マリカは下唇をかんだ。彼女はささやくような声をだした。


「あの」

「なんだ」

「その」

「はっきり言わぬか」


 マリカは今日ここに来た理由。それは過去の自分の行いに決着をつけに来たのだ。彼女はスカートを握りしめていた。怖さがあった。それを思うと胸の奥がどうしようもなく締め付けられて涙がこぼれそうになる。


「ぐす……あの、……ザングルゴール皇帝」

「いきなり何を泣いておるか」


 マリカは顔を上げた。


「ごめんなざい……」


 ぽろぽろと泣き始めたマリカ。ザングルゴールは何が起こっているかわからない。


 マリカは目元を抑えてひくひくと泣き続ける。


「その……あの………本当に……わざとじゃなかった……ですけど」

「…………ぬぅ」


 よくわからない状況でザングルゴールは「ぬぅ」としか言えなかった。何が起こっているのかさっぱりだった。マリカは泣きながらたどたどしく言う。


「あの……黒の太陽……わだしが、こわ、こわしました」

「なにぃ!」


 ザングルゴールは立ち上がった。


「ごめんなざい~、ちょっと見ようとしたら魔法の杖が引っかかって床に落として……気づいたときにはもう粉々になってて、怖くなって……だ、だから魔法天使マリカと名乗っているあいつが私を恨んでいるのは……そういうことです……」

「ぬぅ……」


 ザングルゴールは怒りに手を握りしめた。目の前で泣いているマリカを見下ろしている。あの『黒の太陽』をザングルゴールはこの世を破壊するために100年探し求めていた。彼はそれを思った。だが彼は言った。


「……マリカよ。その程度のこと世界征服をすることと比べれば何ほどのことがあるか?」

「えっ?」


 マリカが顔を上げた。ザングルゴールの目が赤く光っているが彼は右手を前に出して握りしめる。


「余はこの世界を破滅させ、その上で支配する。悪の皇帝である。黒の太陽などなくても我らの計画に何の支障もないわ……! グハハハハ!!」

「へ、陛下。で、でも」

「貴様は我が魔の四天王の一人である。黒の太陽よりも働いてもらうだけよ……」

「……う、うわああん。せ、先生……あ、皇帝……陛下」


 マリカはその場で年相応に泣き出した。ザングルゴール皇帝を「先生」と言い間違えたのも彼女は学生だからだろう。彼女はいつもの澄ました顔ではない、ただただ、そこには柊 みかんがいた。彼女は泣きながら言った。


「それだけじゃないんです……。私、アルバイトしててバオウが給料日前に街を壊そうとしてたから警察に通報して……すぐに脱獄してくると思ってたのに……でも、そのあとに私を個人的に襲撃してきて鏡に閉じ込めてしまったり……」

「……」

「あとシャドウの美術館襲撃も失敗したし……この前は火事で子供を助けまじだ……」

「……」


 ザングルゴールは思った。


(話が……重いな)


 許していいのかこれは? と経営者的判断を彼は思考した。信賞必罰は組織にとって必ず必要なものである。しかし彼は言った。


「小さきことなどすべて忘れよ! 余についてくればよい! だが……バオウはすぐに開放せよ!」

「……」


 えぐえぐと泣きながらマリカは感動した顔をしていた。


「つ、ついていきます」


 その瞬間にザングルゴールは脳裏にマリカがいる限り悪事ができなくなるのではないかと生まれて初めての恐怖を感じたが、流石に妄想に過ぎぬと思考から消した。


「しかし、マリカよ。貴様には言っておかねばならぬことが一つだけある」

「は、はい」

「毎月ちゃんと俸給を与えているのだからなぜアルバイトなどをする? すぐにやめよ」


 マリカは涙が止まった。


「へ? まいつき?」

「当たり前であろうが。四天王はもとより怪人どもにも与えておるわ。余も昔は苦労したから下々のことはわかっておるわ」

「……?????」


 そんなものをもらったことはマリカはなかった。だがザングルゴールが言っていることが嘘とは思えなかった。


「あ、あの。陛下」

「なんだ」

「あの、きゅ、お給料をもらったこと……ありません……」

「なにぃ!」


 今度はザングルゴールが驚愕した。彼は「どういうことだ」とつぶやいた。


「毎月、セレニコの作ったシステムから入金をしていることは確認しておるわ……。何かの手違いではないのか」

「セレ、ニコ?」


 マリカはぞわりとした。脳裏に浮かぶのはぐるぐるメガネの青髪少女。


 その瞬間だった。


 謁見の前に巨大なスクリーンが現れた。


「なにごとぞ!」


 巨大なスクリーンの向こうには椅子に座ってふんぞり返っている青い髪の少女がいる。ポニーテールを肩にかけて、スラックスをはいた足を組んでいる。ぐるぐるメガネのずらして彼女は言った。


 ドクター・セレニコである。


「くくく。とうとうばれてしまったようだね」


 スクリーンの向こうのセレニコは不敵に笑う。カメラが彼女の顔をアップで映す。


 邪悪な笑みをセレニコは浮かべる。


「そうだ、すべて私が横領した……」


 マリカはスクリーンの向こうにいる巨悪に困惑した。


「お、おうりょう?」

「そうだよマリカ君」

「ぜ、全員分?」

「1円残らずさ!」

「あ、あくま! 悪魔!」


 マリカが会ってきた中で一番の邪悪であった。セレニコはふふふとわらっている。


「そろそろやばいかもともって盗聴しててよかったよ。それじゃあ私は逃げるから。このことが怪人たちにばれたらやばいしね。皇帝陛下。退職金代わりにいろいろともらっていくよ、そうそう『黒の太陽』の残りの欠片もね」

「貴様……セレニコ」

「魔法天使マリカを見てたら芸能人並みにTVに出ているからね。結構儲けているだろうから、搾り取ることにするよ。あははは! さっきの話は聞かせてもらった。人類は滅亡する! あははは! いくぞカ・マキリー……え? いかない? なんで? ねえ。なんで」


 スクリーンが消えた。


 ザングルゴールとマリカは立ち上がった。


「ふふ、ふふふ」


 マリカは笑っていた。


「ザングルゴール皇帝陛下。あいつはサンと手を組むということです。ご命令を」

「よおし、いけぃ、マリカよ。裏切り者を始末せよ」

「はい!」


 マリカは踵を返す。


 本当に給料をもらっていたらほしい服。ほしい靴。いろんなゲーム。ほしいものはいっぱいあった。


「許せない」


 マリカは怒りに満ちた瞳で力強く足を踏み出した。



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