外伝第1話:伝説の勇者、王都の不動産屋で頭を抱える
本編『自覚なし最強? いや、偶然と運だけです!』をお読みいただきありがとうございました!
世界を救った(?)あの三人は、魔王討伐から数ヶ月後、一体どうしているのでしょうか?
王都で一躍大セレブとなった彼らを待ち受ける、新たな「面倒ごと」と「偶然の奇跡」とは――?
外伝第1話「伝説の勇者、王都の不動産屋で頭を抱える」、どうぞお楽しみください!
「――というわけで、ですね。こちらの物件、なんと王宮から馬車でわずか十五分、敷地面積はなんとテニスコート二十面分、庭には専属の噴水と、万が一の魔王襲来に備えた地下要塞シェルターまで完備された、まさに伝説の勇者様にふさわしい大豪邸でございます!」
王都の一等地に店を構える高級不動産屋の店主が、汗を拭いながら満面の笑みでそう告げた。
彼の目の前に座っているのは、世界を救った張本人――であるはずの、すっかり気だるげな表情を浮かべたミランだった。
ミランは、目の前に差し出された分厚い図面と、そこに書かれた驚愕の金額(ゼロの数が多すぎて途中から数えるのを諦めた数字)を交互に見つめ、乾いた笑いを漏らした。
(((なんだこれ……! 家を買うだけで、村の年間予算の百倍は軽く吹き飛ぶぞ……!?)))
魔王討伐の褒賞として国から与えられた金貨の山は、確かに山のようにあった。一般人であれば一生どころか三世代くらい遊んで暮らせる額である。しかし、王都の一等地にある「伝説の勇者邸」ともなると、維持費だけで破産しそうなレベルの超高級物件だった。
「なあ、店主さんよ……これ、もっとこう……普通の、例えば『日当たり良好、部屋数二つ、家賃手頃』みたいな、普通の家はないわけ?」
ミランが冷や汗を流しながら尋ねると、店主は信じられないものを見るような目で目を丸くした。
ライバル同士の二大貴族を和解させ、魔王を一撃で葬ったとされる伝説の勇者が「普通の家」を欲しがっているなど、夢にも思わなかったのだろう。
「は、はあ……!? ぬ、ぬきんでて謙虚な……! さすがは世界を救った英雄様、地位や名誉に溺れず、質実剛健な暮らしをお望みで……! だがしかし! 伝説の勇者様がそんな庶民的な家にお住まいになられたら、王都の民の治安とブランド価値が暴落してしまいます!」
店主は感動のあまりガタガタと震え、勝手に話を感動的な方向へとねじ曲げていく。
(((いや、ブランド価値とかどうでもいいんだよ! 俺たちはもともと辺境の村で雑草抜いてた貧乏人なんだから、広い家は掃除が面倒くさいんだよ!!)))
ミランが頭を抱えて机に突っ伏したその時、ソファの端で優雅に紅茶をすすっていたジャックが、鼻でふんと笑った。
「ふっ、ミラン。何をケチ臭いことを言っている。元貴族の血を引くこの私から言わせれば、住まいはその者のステータスそのものだ。これくらいの豪邸でなければ、来客があったときに我が麗しい美学が傷つくというものさ」
「お前な、財布のヒモを握ってるのは俺だぞ! ジャック、お前この前、特製の高級紅茶とやらに全財産の半分くらい溶かしかけてただろ!」
「なっ……! あれは我が優雅なる嗜みであって浪費ではない!」
そんな二人の小競り合いをよそに、もう一人の男は完全に別の世界にいた。
――ザックである。
彼は部屋の隅に置かれた観葉植物の葉っぱを指でツンツンと突きながら、なぜか真剣な顔で呟いていた。
「ねえ、これさ。3回目に引っこ抜いたら、実はすっごいお宝が眠ってるんじゃない?」
「絶対に引っこ抜くな! それただの店のお洒落なインテリアだろ! 弁償させられるぞ!」
ミランが慌ててザックの手首を掴んで引き剥がした。
本当に、この三人が世界を救った「伝説の勇者」だとは、誰も思わないだろう。
しかし、世間一般の認識は全く違っていた。彼らがこうして不動産屋に足を運んでいるという噂だけでも、王都の街中では「伝説の勇者様方が、王都の治安と繁栄のために新たな拠点を構えようとされている!」と美談として大々的に広まりつつあったのだ。
「で、どうなさいますか、勇者様?」
不動産屋の店主が、期待に満ちた熱い視線をミランに向ける。
断ろうものなら、「実は伝説の勇者様は地に足がついていない詐欺師だったのでは……」と妙な噂が立ち、王都にいられなくなるかもしれない。かといって契約すれば、毎月の維持費の恐怖に怯える生活が待っている。
絶体絶命の究極の二択に、ミランが再び冷や汗を流したその時だった。
外の通りから、急に騒がしい声が聞こえてきた。
「ま、待てって! だから危ないから!」
「うるさい! 私は伝説の勇者様にお礼を言いに来たんだ!」
ガチャッ、と不動産屋のドアが勢いよく開き、息を切らせた一人の若い女性が飛び込んできた。
彼女の服装は、王都の片隅にある小さなパン屋のエプロン姿。その手には、焼き立ての大きなバスケットいっぱいのロールパンが抱えられていた。
「あ……! もしかして、本当に勇者様方ですか……!?」
女性がパッと顔を輝かせ、三人の姿を見つけて息を呑んだ。
ミランたちがぽかんと見つめていると、女性は感激の涙を浮かべながら、そのバスケットをドンとテーブルに置いた。
「先日の魔王討伐のとき、私の実家がある街の近くを通ってくださいましたよね! あのとき、勇者様方が街を通られただけで、なぜか魔王軍の軍勢が勝手に逃げていって、私たちの街は完全に救われたんです! 本当に、本当にありがとうございました……!」
女性は深々と頭を下げた。
(((いや、俺たちはただ道に迷ってパン屋を探して歩いていただけなんだけど……!?)))
ミランの心の叫びは、またしても誰にも届かない。
女性は続けざまに言った。
「お礼といってはなんですが、毎日焼きたてのパンを、この街にある勇者様のお屋敷までお届けします! だから、どうかその……私たちに、ほんの少しだけでも恩返しをさせてください!」
「えっ……?」
ザックが目をパチクリとさせ、パンのバスケットを覗き込んだ。
「これ、もしかして外がカリッとしてて中がフワフワのやつ?」
「はい! うちの自慢のミルクパンです!」
「わあ、めっちゃ美味そうじゃん!」
ジャックも、その良い匂いに釣られてスッと近づき、上品に(しかし目は真剣に)言ったふうな顔を作った。
「ふむ……毎朝、焼き立てのパンが届けられるというのなら、この広大な庭の維持費を払う価値も、少しはあるかもしれないな」
「いやお前が払うんじゃない、俺の財布からだろ……!」
しかし、ミランは目の前にある温かいパンの湯気と、女性の心からの感謝の笑顔を見つめているうちに、ふっと肩の力を抜いて苦笑した。
「……まあ、いっか」
ミランがそう呟くと、ザックとジャックは「だな!」と揃って頷いた。
「店主さん」
ミランは不動産屋の店主に向かって、すっきりと晴れやかな(しかしどこか諦めにも似た)笑みを浮かべて言った。
「その物件、契約するよ。ただし、地下シェルターの代わりに、毎日パンが美味しく食べられるテラス付きの庭に改装してくれ」
「は、はあぁぁ――っ!! 承知いたしました! 伝説の勇者様のご要望、この店主、全身全霊をかけて最高の庭に仕上げてみせます!!」
こうして、伝説の勇者の新しい生活は、大豪邸の維持費という絶望的な現実と、毎朝の美味しい焼き立てパンという最高の幸運(?)を抱えながら、相変わらず賑やかに幕を開けたのだった。
外伝第1話をお読みいただき、ありがとうございました!
魔王を倒して一躍大金持ちになったものの、やっぱりお金の管理や物件選びで苦労(?)するミランたちの日常をお届けしました。本編のノリそのままに、周囲の勘違いはまだまだ止まりません!
次回、外伝第2話「臆病剣士ジャック、まさかのファンクラブができる」に続きます!お楽しみに!




