1、ジュリエッタとロメヲの出逢い
「わたくしの名…
それを知らぬと?
あなたは、何とした、田舎ものか?
はたまた、単なる無知なのか?
呆れ返って、ものが言えませんわ…
いや…言えなくなりそうですわ!
よく、お聞きなさい!
私の名は…」
「あっ、いえ!
結構ですよ!
私は、通りすがりの者ですから
長居をするつもりはございませんので
貴方様のような高貴な方の、お名前など
めっそうも、ございません。恐れ多くて…
この卑しい私の耳などで、その名を聞けば
腐れて、ちぎれて何処ぞへ
飛んで行ってしまいますよ!
ですから、良いのです。
お気になさらずに…
では、失礼致します。」
「いやいや、それは、道理が、違いましょう!
わたくしが、名乗ると言っておるのです。
あなたは、おとなしく、それに従う。
それが、筋と言うものです。」
「それは…
貴方様の道理と筋に従う事…
それが、私の身分に相応だと…
そう、おっしゃって、おられているのですね。」
「いや、身分など、とは…」
「しかし、私の、この見なりを見て
貴方様は、私を、貴方様より、下だと…
身分の低い、卑しき民だと認識された。
そう言う事ですね!」
「いや、だから…
身分だとか、卑しいなどとは
一言も言っては、おらぬ!」
「口には、出していないと…
そうですか…
心の中だけで、思っていた事だと
おっしゃるのですね?」
「そっ、それも、ありませぬ!
勝手に、人の心を覗いて、晒したつもりなら
お門違いと言うものです!
わたくしは、そのような事さへ、一片も
思っては、おりませぬ!
ただ、私は、自身の名を名乗り…
あなた様の名をお教えして頂きたかったのです。
それを…その事を、あなた様は
敢えて、わたくしの口から
言わせたかったのですね!
そうし向けなされたのですね!
おお、何と、それは、無慈悲な事でしょう…
女の、この身から、この口から
そのような、はしたなき言葉を
吐かさせようとは、あなた様は、どれ程の
サディストなのか!
おお…それなのに、わたくしは
その名を欲しておる。
あなた様の、その名前を…
どうぞ、この通りです。
わたくしに、あなた様の名をお教え下さい!
お願い致します。」
「おっと、ご丁寧に深々とお辞儀をなされて
お願いされたが、肝心な事が抜けておいででは
ないですか?
人の名を尋ねるならば、まずは…何とやら…
…では、ありませぬか?」
「ハッ!
そうでした!
わたくしとした事が…
わ、わたくしの名はっ!
ジュ…ジュリエッタ.ロン.シェタット.アン.ロリータ
…と、申します。」
「そうですか!
それは、良い名です…
では、失礼致します!」
「えっ⁈
待って!
お名前を!
せめて、あなた様のお名前を!」
「ロメヲッ!
ロメヲと、申す卑しき者なり!」
そう名乗りながら青年は木陰に消えた。
「ロ、ロメヲ……
おお…ロメヲ……あなた様の名は、ロメヲ…
あっ!そうです!
ロメヲ様!もう、日が暮れます!
今から、この森を抜けるのは、困難かと!
どうぞ、わたしくと共にお越し下さい。
一晩の寝床を用意いたしましょう!」
そう告げた矢先だった。
「ハイッ!」
"ダッ!"
「わぁっ!」
「きゃあっ!」
突然、黒馬が物陰から飛び出して来た。
馬上には、ロメヲの姿。
彼は、振り向きもせず、疾風の如く目の前を駆け抜け
すぐに森の木々の間に消えた。
遠く蹄の音もやがて、聞こえなくなった。
ロミヲ様…
何故に、あのようなお姿を…
でも、私は、しっかりと見ていました。
あの胸の黄金のペンダントとその紋章!
あれは、特級魔導士の証。
そのような、高貴なお方が、何故、あのような
最下層の民のような身なりで
この、森の奥深く参られたのか?
ああ、気になってしょうがない!
「姫様!そろそろ、戻らねば!
夜が更ければ、卑き邪鬼共が徘徊し始めます。」
「おお、ダンロッド!そうでした。
わかりました。では、参りましょう!」
一行は、馬を城に向かい走らせた。
湖の辺りの木々の間を迷路を潜るように走り抜けた。
しばらく馬を走らせると遠くに薄灯りが見えてきた。
城の門番の灯す照明塔の灯りだ。
その城は無数のツルが繁り
さらに、その上にコケが自生し草が生え花が咲き
遠目では、それと、わからぬ程に緑に覆われ
まるで、それは、小高い丘の草原のようでもあった。
一行は城門を潜るとすぐに馬を降りた。
「姫様!
ご無事で、何よりです!
女王妃が、たいそう、御心配なされておられました。
すぐ、王妃の間へ、参られますよう
お伝えするよう、申し付けられてございます。
馬共は私が厩舎の方へ戻しておきますので…」
「ダドウェル!
申し訳ありませんでした。
心配かけましたね!
では、早速、お母様の元へ参りましょう。」
「そうして、くだされ…
こちらが、大目玉を喰らってしまいますから…」
「お母様の心配性にも、困りものだわ!
これじゃあ、わたくしは、籠の鳥のようです。
羽をもがれたも同然です。
本来、飛ぶ力を持ちながらそれを奪われた…
鶏と同じだわ。毎日、卵を産んで…
ただ、それだけの為に、生かされているのよ!
そう、この先、わたくしは、政略結婚をさせられ
子供を産むだけの為に、鶏と同じ運命を
背負わされるのよ!」
「姫様…その辺で…
お口を慎んで…
お部屋に着きます。」
「わかったわよ!
ただのグチよ!
お母様には、言わないで!」
「もちろんです。
監督不行き届きと
私の方がお咎めを受ける事になりますから…」
「色々と、申し訳ないわね!」
「ならば、もう少し、お控えを…」
「わかりましたっ!」
「よろしい!
では、参りましょう!
お咎めの間へ…
おっと、その前に、姫様…
いつもの、これを…
少しは、気が楽になるでしょう!」
「ありがとう!ダンロッド。
お母様の、あの金切り声は頭の芯を疼かせるのよ!
頭痛の種に成りかねないものね!」
わたくしは、ダンロッドが、コルクで削り出した
耳栓を耳奥に忍ばせて
お母様の部屋のドアをノックした。
"コンコン"
「お入りなさい!」
「ちょっと!
ダンロッド!先に、入ってよ!」
「えっ!姫様!そんな、ごむたいなっ!
私だって、嫌ですよ!
お妃の、おかんむりは私とて…」
「そんな事、言わないでっ!」
「あっ!姫様!」
"ドタバタッ!"
「何をしておるのです!
騒々しい!」
「あっ、いえ!何も!
只今、参りました!」
「遅い!
何をしておった!
日が暮れる前に帰ると言う約束であったはず
餓鬼共に喰われて
夜迷いを彷徨うつもりであったか!」
「いえ!
決して、そのような事は!」
「では、何故に?
そなたが、ついていながら、このような事態に!
申し開きがあるなら、述べてみよ!」
「いえ…それは…」
「お母様!
それは、わたくしが、湖に
大事な銀のかんざしを落としてしまったので
それを探していたのです。」
「何故、そのような場所で落としたのです?」
「馬の揺れで解けた髪を結い直そうと
湖の水面に映して、髪を解いていたのです。
その時、湖底に、カンザシを…
落としてしまったのです。」
「それを、ロメヲをと名乗る青年が
湖に潜り探してくれたのです!」
「まぁ!ダンロッド!
なぜ!その方の名を今ここで!」
「ジュリエッタ…
その青年の名をもう一度!」
「あっ、いえ!
ただの、卑しい民の青年で
私達などとは、無縁な…」
「ジュリエッタッ!
お応えなさい!
その青年の名はっ⁈」
「ロッ、ロメヲ!
それ以上は…フルネームは名乗りませんでした!」
「そう!
わかりました。
しかし、なぜ?
王子が…この森に…」
「えっ!女王妃!
王子と、おっしゃいましたか!
とんでもない!
その青年は、薄汚れた身なりをした
最下層貧民の青年でした!
ただの、同じ名をした者か…
その名を語っただけでは…」
「戯けっ!ダンロッド!
ロメヲと言うなは、王家だけ…
プァ.トリオット王家の王子のみが
名乗れる由緒正しき名!
貴族とて、語る事さへ、叶わぬのだぞ!
それを、そのような青年が…
敢えて名乗ったとは…
王子で、間違いなかろう!
しかし、何、故の目的や…
何を企んでおる?
…して、その、王子の兵は今は何処へ?」
「えっ?
あっ…いえ…兵などは、一人も…
その、青年…あっ、いや、ロメヲ王子のみで
ございました。」
「何っ!
たった、一人で、この森に!
そんな、バカな!
餓鬼どもは、もとより、狼神に猿神…
彼等が、すんなり、この森の奥深くまで
通すとは、思えん!
何か、気がついた事は、ないのか?」
「そのような事は特には…
何しろ、あの身なりでしたから
王子などと、思う訳もなく…
しかも、疾風の如く消え去りました故」
「我がの足で走り抜けたと申すのか?」
「いえ、鞍も無き、野生馬にて走り去りました。
それ故に、拾い馬にて
参ったのかと思うたのです。」
「ううむ…ロメヲ王子…
只者では、ないな!」
「お母様は、ロメヲ王子をご存知なのですか?」
「王子自体は、噂程度だが……
しかし、プァ.トリオット家!
それは、宿命の敵!因縁の血統。
私達、ロン.シェタット家をこの森深くに追いやった
張本人!
私達の、ご先祖様は二百余年前
彼らに、攻め込まれ城を奪われ
こんな辺鄙な場所に住まわざる追えなくされたのよ!
この恨み、決して忘れては、ならぬ事!
いつの日か、必ず、奪い返す
城と土地と民を…この手の元に…」
そ、そんな…
ロメヲ様が宿敵…プァ.トリオット家が…
お母様は、知っているのだろうか?
ロメヲ様が特級魔導士である事を…
でも、私から、知らせるべきではない!
それだけは確かなようだ…
「ジュリエッタ。
今夜は、この辺にしておこうかしら…
お腹が、空いたでしょう?
食堂の方に参りましょう!」
「はっ、はい!
お母様!
そうだ!
お父様は、今夜は?」
「兵を率いて、西の森に向かわれた。
今夜は夜戦を張る事になる。
王とて、安住の地で易々と、寝てばかりはおれぬ!
最前線で戦の指揮をせねば、誰も付いては来ぬ!
力だけで…恐怖だけでは、忠誠心は、宿らんからな!
いざとなって、土壇場で逃げられては元も子もない!
互いの信頼と信用!
それこそが、戦の力と、なるのだ。
糧と、なるのだ!
ジュリエッタ…その事を胸にしかと刻んでおくように
人民は我々のものでは、ない!
人民は我々と、共にある。
その事を忘れぬように…」
「はい!
決してわすれません!
この胸に誓って!」
「よろしい!
では、頂きましょう!
アー.ミッ.シエル.バ.ボアルゾン
神のご加護にて…」
「いただきます!
アー.ミッ.シエル.バ.ボアルゾン…
神のご加護にて…」
続く




