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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第一部:三月・惜別の季節

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第4話:一通の遺言状、羊皮紙の重み

◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


 3月25日。年度末の整理業務が佳境を迎える頃。

 受付カウンターの喧騒とは裏腹に、バックヤードの資料室は墓場のような静寂に包まれている。

 わずかに開いた高窓から、沈丁花の甘く重い香りが春の風に乗って忍び込んでくる。この香りが漂い始めると、私の『冒険者カタログ』にひとつの不快なタスクが追加される。


「――未帰還者、死亡認定手続き」


 冒険者という職業は、華やかな英雄譚の裏に、膨大な「行方不明者」を抱えている。

 1年間消息が途絶え、ギルドの捜索でも足取りが掴めない場合、事務的に死亡とみなされる。積立金の精算、貸与品の回収、遺品の整理。

 私の手元には、15名のリストがある。彼らは今、私のペン先ひとつで「生きている人間」から「過去の記録」へと書き換えられる。


 リストの12番目。カイル・ノートン。24歳。Dランク。

 昨年の春、新緑が芽吹く頃に「薬草採取」の依頼へ向かったきり、戻らなかった。

 彼の遺品は、汚れの落ちない革袋ひとつだけだ。その中を検品していると、規定の「換金可能物」ではないものが出てきた。


 古びた羊皮紙に書かれた、一通の手紙。

 封は切られておらず、宛名には地方の村からこの街へ出稼ぎに来ている妹の名があった。

 中を検めるのは事務官の特権であり、義務でもある。私は無感情に封を切り、その「遺言」に目を通した。


『妹へ。春になったら、村に帰るよ。ギルドの先輩に教えてもらった最高のイチゴ菓子を持って。だから、もう泣かないで母さんと待っていてくれ』


 法的効力はゼロ。遺産相続に関する記述も、ギルドへの債務に関する弁明もない。

 規定によれば、こうした「個人的な手紙」は機密保持と事務効率化のため、認定と同時に廃棄対象となる。

 羊皮紙は驚くほど軽かった。だが、そこに記された幼稚な約束の重みが、私の指先に残る。


「……リリアンさん、そろそろ交代です」


 エリスの声が扉の向こうから聞こえる。

 私は手紙をシュレッダーへ運ぼうとして、一度だけ足を止めた。

 窓の外、夕暮れに染まる桜が、まるで故郷を想う誰かの瞳のように赤く揺れていた。


「エリスさん。このリストの12番目について、遺族の現住所に最終確認が必要だと判断したわ。私はこれから『実地調査』に出てくる。午後の窓口は、あなたが1人で回しなさい。……これは『教育』よ。いいわね?」


「えっ、実地調査ですか? わかりました、頑張ります!」


 私は手紙を制服のポケットにねじ込んだ。

 プロの受付嬢として失格なのは承知の上だ。だが、この季節、沈丁花の香りが鼻を突くたびに、私の「地方出身者」としての根性が、効率化という名の怪物を拒絶するのだ。


◇◆◇◆◇


【視点:フィーナ・アメリア】


 都会の3月は、どこか急ぎ足で過ぎていく。

 私――フィーナ・アメリア、19歳。地方研修生。

 今日は資料室の整理を手伝っていたのだけれど、リリアンさんが『実地調査』に出た直後、大変なことに気づいてしまった。


「あわわ、リリアンさん! ギルドの『認定用公印』を机に置いたままじゃないですか!」


 実地調査で書類に証明を取るなら、この公印が絶対に必要だ。忘れていったとなれば、二度手間になってしまう。リリアンさんのようなプロがこんなミスをするなんて珍しいけれど、年度末の忙しさのせいかもしれない。

 私は公印の入った小箱を抱え、リリアンさんが向かったはずの「西区の居住記録所」へと急いだ。


 市場の喧騒を通り抜ける。

 屋台には赤々としたイチゴが山積みになり、その甘い香りが春の湿った風に混じって鼻をくすぐる。

 記録所へ向かう最短ルートを走っていると、不意に、記録所とは逆方向の職人街へと入っていくリリアンさんの後ろ姿が見えた。


「あれ……? 調査場所はあっちじゃないはずなのに」


 道を間違えたのかと思い、私は声をかけようとしたけれど、彼女のあまりに険しく、それでいてどこか悲しげな横顔を見て、足が止まった。

 リリアンさんが立ち止まったのは、古びた靴職人の家だった。


 彼女は冷徹な事務官の顔ではなく、どこか故郷の母を想う時のような、柔らかい表情で1人の老婦人と向き合っていた。

 リリアンさんはポケットから1枚の羊皮紙を取り出し、その老婦人に差し出した。


 老婦人がそれを受け取り、震える手で読み始めた瞬間、リリアンさんは深々と頭を下げた。

 何を話しているのかは聞こえない。けれど、桜の花びらが2人の間に舞い落ちる光景は、どんな美しい依頼完了の報告書よりも胸を打つものだった。

 リリアンさんが、あんなふうに誰かに頭を下げるなんて。仕事で見せるお辞儀とは、全く違うものだった。


 しばらくして、リリアンさんが家を出てきた。私は意を決して駆け寄る。


「リリアンさん! 公印、忘れてましたよ!」


「……っ、フィーナさん」


 リリアンさんは1瞬だけ驚いた顔をしたけれど、すぐにいつものアクアマリンの瞳に戻った。

 彼女は私の手から公印の箱を受け取ると、少しだけ視線を逸らして言った。


「……助かったわ。ちょうど今から、記録所へ向かうところだったの」


 帰り道、市場の屋台でリリアンさんは「春のイチゴ飴」を2つ買った。

 彼女は大きなイチゴ飴を1つ私に差し出し、自分ももう1つを頬張った。


「公印を届けに来たのは、研修生として正しい判断よ。……でも、途中で見たことは、公式記録には必要ないわ。わかるわね?」


「はい、リリアンさん! 秘密です!」


 2人でイチゴ飴を齧りながら、夕焼けに染まるギルドへと戻る。

 春の夜風は、沈丁花の香りと、少しだけ切ないイチゴの甘さを運んでいた。


◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


 ギルドに戻ると、ホールの隅では戦闘メイドのナネットさんが無言で床を磨き直していた。

 彼女と目が合う。彼女は私の制服のポケットが軽くなっていることに気づいたようだが、何も言わずにただ深く会釈した。


 資料室に戻り、私は15名のリストに判を押していく。フィーナが届けてくれた公印で。

 12番目、カイル・ノートン。死亡認定。手続き完了。

 彼の人生は、これで正式にギルドの記録から消去された。

 

 けれど、あの靴職人の家の暖炉の上に、彼の手紙が飾られたことを私は知っている。

 息子を待ち続けていたあの母親と、働き詰めだった妹。彼女たちの涙を見れば、私の判断は間違っていなかったと思いたい。

 

 本来、事務的に破棄されるべき「ゴミ」を私情で届けたのだ。

 受付嬢として、これは致命的なミスだ。


「リリアンさん、お疲れ様です! 実地調査、問題ありませんでしたか?」


 エリスが駆け寄ってくる。私はアクアマリンのピアスを1撫でし、完璧な微笑みを浮かべた。


「ええ、完璧よ。……さあ、明日の準備をしましょう。年度末の締め切りは待ってくれないわ」


 窓口を閉めた後、ホールの片隅にはボロス料理長が用意した「3月の煮物」の温かい香りが漂っていた。

 プロとして生きることは、時に「非情」になることだ。

 けれど、その「非情」の裏側に、1滴の「情」を隠し持っておく余裕。

 それが、この戦場のような窓口で、私の心を折れさせないための唯一の防具なのかもしれない。


【リリアンのプロな流儀】


「羊皮紙は軽い。だが、そこに記された『さよなら』を届ける1歩は、時にドラゴンの鱗よりも重く、尊いものだ」


(第4話:完)


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