↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第一部:三月・惜別の季節

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/32

第3話:アンティーク地図と図書室の密会

◇◆◇◆◇

【視点:アンリ・デュプレ】


 地上では年度末の喧騒が吹き荒れているようだが、地下の図書室に届くのは、配管を伝ってくる微かな振動と、3月末の冷えた空気だけだ。


 私は25歳にして、この墓場のように静かな場所を、誰よりも愛している。

 カビた羊皮紙の匂いと、微かな沈丁花の香りが混じり合う。おそらく、2階の窓から入り込んだ春の気配が、階段を伝ってここまで降りてきたのだろう。


「――アンリさん。例のものは?」


 重い扉が静かに開き、背筋をピンと伸ばした女性が入ってきた。

 受付カウンターでは「鉄の女」と恐れられているリリアン・ヴェールだ。彼女は周囲を警戒するように一度背後を確認すると、素早く鍵をかけた。


 他人から見れば、これは「密会の合図」以外の何物でもないだろう。だが。


「こちらです。昨日、中央図書館に勤めている知人が、特別に複写を許可してくれた『北海未踏海域図』の断片ですよ。彼も稀覯本には目がなくてね。この写しを手に入れるのに、最新の魔導書目録の情報と引き換えにさせられました」


 私が机の上に広げた古い地図の写しを見た瞬間、リリアンの目がアクアマリンの宝石のように輝いた。

 彼女はプロの受付嬢としての「仮面」を、床に投げ捨てんばかりの勢いで剥ぎ取る。


「……っ、これ、これよ! この海岸線の曲線を見て! 当時の測量士は間違いなく、『霧の岩礁』を避けるために北回りの航路を選択しているわ。ああ、この空白地帯! ここにはきっと、古代の交易路が眠っているに違いないわ……!」


 リリアンは鼻息を荒くし、地図に顔を擦り付けんばかりにして見入っている。

 彼女と私は、地図オタクとしての「同志」だ。


 図書館の知人は「僕の恋人は本当に穏やかで、おしとやかで、地図を眺めるのが好きな可愛い女性なんだ」とデレデレしながらノロけていたが、目の前で地図の等高線に対して猛獣のような興奮を見せているこの女性を見ていると、世の中には色んな「地図好き」がいるものだと思う。


 知人の彼女がこれほど過激でないことを願うばかりだ。


「アンリさん、ここ! この座標にある『名もなき島』の記載、昨日の古文書と照合すると……」

「ええ、一致しますね。おそらくは……」


 二人の声が重なり、狭い図書室に異常な熱気が満ちる。

 外では春の嵐が桜を散らしているだろうが、私たちの心には、未踏の地の激しい嵐が吹き荒れていた。


◇◆◇◆◇

【視点:サーシャ・ヴォルコフ】


 1階の酒場『銀の匙』は、年度末の打ち上げで盛り上がる冒険者たちの怒号と、ジョッキの触れ合う音で溢れかえっている。


 私――サーシャ・ヴォルコフ、21歳。ウェイトレス歴3年。

 注文された「春の山菜エール」を運びながら、私は人差し指で銀縁眼鏡をクイッと押し上げた。


「……ねえ、ハンスさん。今日もリリアンさん、定時になった瞬間に地下に消えていったわよ」


 解体主任のハンスさんは、カウンターの端で、まかないの「ジャガイモのバター煮」を黙々と食べている。ハンスさんはリリアンの母、ルネさんが送ってきたジャガイモを「この粘り気がいい」と絶賛している。


「それがどうした。あの嬢ちゃんは仕事熱心だからな。記録の整理でもしてるんだろ」


「甘いわね、ハンスさん。地下には、あの色白で病弱そうなアンリさんがいるのよ。二人は鍵をかけて、もう1時間も出てこないんだから。……あれは絶対に、地下室での禁断の社内恋愛よ!」


 私はトレーを胸に抱き、自分の妄想に酔いしれた。


 あの完璧で冷徹なリリアンさんが、事務仕事の合間に地下へ逃げ込み、アンリさんと狭い図書室で密やかに愛を育んでいる……。

 ああ、なんて不謹慎で素敵な響きなのかしら!


「トビー君なんて、リリアンさんのこと『仕事と結婚してる』なんて信じてるけど。教えてあげたいわ、春の嵐は外だけじゃない、地下室でも社内恋愛の熱風が吹き荒れてるのよ、って」


「サーシャ、妄想はほどほどにしろ。客が呼んでるぞ」


 ハンスさんに呆れ顔で言われ、私は慌ててテーブルへと向かった。


 でも、確信している。

 リリアンさんがときどき見せる、あの頬の紅潮と輝くような瞳。


 あれは仕事への情熱なんかじゃない。恋を知る女性の顔だ。

 ……相手が、あのモヤシみたいなアンリさんだっていうのが、私の妄想の唯一の難点だけど。


◇◆◇◆◇

【視点:リリアン・ヴェール】


 図書室から1階へ戻ると、酒場の熱気に押し流されそうになった。

 私は階段の踊り場で立ち止まり、深く呼吸をして、剥ぎ取っていた「プロの仮面」を再び装着する。


 酒場の入り口で、サーシャが私を見て眼鏡をクイッと上げた。

 その視線には、隠しきれない好奇心と「分かってますよ、社内恋愛中なんでしょ」というニヤつきが混じっている。


 ……どうやら、今回も上手くいったようだ。


 私がアンリと地下で密会しているという噂は、もはやギルドの公認だ。

 正直に言えば、誤解されるのは本意ではない。


 だが、この「地下室での社内恋愛」という誤解があるおかげで、しつこい冒険者の誘いや、トビー君の熱すぎる視線を適度にシャットアウトできている。

 本命のユージンとの穏やかな関係を守るには、これほど都合のいい「盾」はない。


 アンリも、静かな環境を守るためにこの噂を放置しているのだから、まさにウィンウィンの関係だ。


 仕事を終え、夜の市場でユージンと合流した。

 鞄の中には、アンリが「図書館の知人」から手に入れたという地図の写しが入っている。

 今夜、これを見せれば、彼もきっと驚くだろう。


「リリアン、今日は君にプレゼントがあるんだ。中央図書館の蔵書整理で見つけた、珍しい『春の植物図譜』の写本だよ。地図もいいけど、たまには花の話でもしようか」


「……あ、ありがとう。素敵ね」


 ユージンが差し出した美しい図譜に目を奪われているうちに、鞄の中の地図を出すタイミングを逃してしまった。


 ユージンが図書館で仕事をしているからこそ、私の秘密の趣味もこうして理解してもらえる。

 本当に、彼は私の「仕事」の世界とは無縁の、かけがえのない理解者だ。


 アンリの「知人」がどんな人物かは知らないが、おかげで私の地図収集は捗り、その趣味をユージンが支えてくれる。


 職場(アンリ)と、私生活(ユージン)。

 二つの世界が完璧に分離されているからこそ、私は明日も完璧な受付嬢としてカウンターに立てるのだ。


 ――春の夜風は、どこまでも心地よかった。

 自分の足元で、複雑に絡み合った人間関係の糸が、一本の太い綱になっていることなど、私は露ほども知らずに。


【リリアンのプロな流儀】


「プロの受付嬢は、情報を隠匿するだけでなく、時に『正しい誤解』を流布することで、真に守るべき聖域を死守するものである」


(第3話:完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の姫たちと世界を変える戦いへ!
■《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は、六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~(代表作)
■《重厚ファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン 外伝:断罪の前奏曲 ~処刑寸前の軍師を竜姫が略奪!十二年待った『我の夫となれ』の言葉。亡国の逆境を焼き尽くし覇道を往く~
■《王宮裏方奮闘記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン:奉仕の練習曲(プレリュード)~商家の娘は皿洗いの先に王の盾を見る。伝説のメイド長に叩き込まれる覚悟と作法で王宮の誇りを守る~外伝②
(あらすじ)
元・天才軍師候補のヒカルは、仇敵カインの謀略と人類の憎悪により「裏切り者」の濡れ衣を着せられ、処刑寸前にまで追い込まれる。人間社会に絶望した彼の前に炎の竜姫レヴィアが降臨し、救われた彼は、六人の竜姫(六龍姫)の感情をリアルタイムで把握する「絆の共感者」の異能に目覚めさせられる。
ヒカルの義務は、レヴィアの激情的な愛や、アクアの理性的な愛といった、制御不能な竜姫たちの愛の感情を音楽の和音(ユニゾン)として調律し、軍団の戦闘力へと変えること 。彼は裏切りのトラウマを抱えながら、まず古王軍(闇の竜族)との絶望的な劣勢を覆す内戦に勝利し、六龍盟約軍を完成させ、竜の世界の新たな王になることを誓うのだった。

こちらも超オススメ!!

■《SFファンタジー冒険譚》物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中―



その他の作品もぜひ!

■《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~
■《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――
■メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~
■軌道エレベーターの管理人たち〜地上コンシェルジュは、宇宙(そら)の英雄に恋をする
■スローライフを目指したい鈍感勇者のラブコメは、天《災》賢者の意のままに!!〜システィナ様の暴走ラブコメ劇場〜
■桃太郎伝 ~追放された元神は、きびだんごの絆で鬼を討子、愛しき仲間たちと世界を救う~
■異世界グルメ革命! ~魔力ゼロの聖女が、通販チートでB級グルメを振る舞ったら、王宮も民もメロメロになりました~(週間ランクイン)
■ 時間貸し『ダンジョン』経営奮闘記
■【ライトミステリー?】没落お嬢様の路地裏探偵事務所~「お嬢様、危険です!」過保護なメイドと学者と妖精に囲まれて、共感力と絆で紡ぐ、ほのぼの事件簿
■ニャンてこった!異世界転生した元猫の私が世界を救う最強魔法使いに?
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。