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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第二部:四月・芽吹きと波乱の季節

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第19話:地下の聖域、地図同盟の夜

◇◆◇◆◇


【視点:アンリ・デュプレ】


 ギルドの地下深く。

 数百年の時を経た羊皮紙の匂いと、微かなカビの香りが立ち込める大図書庫は、私の王国だ。4月の湿り気を帯びた夜風もここまでは届かない。

 

 私はランプの灯りを頼りに、1枚の古ぼけた断片を机に広げた。

 中央図書館の書記官であり、私の数少ない友人でもあるユージンから「極秘」として借り受けてきた、『古王国の辺境測量図』の断片だ。


「――お待たせしました、アンリさん」


 背後で重厚な扉が閉まる音がした。現れたのは、日中の「鉄の女」とは似ても似つかない、瞳をらんらんと輝かせたリリアン・ヴェールだ。


「見なさい、リリアン。この等高線の引き方、100年前の主流とは明らかに違う。ここ、この歪な湾曲……これは単なる描き損じじゃない。隠し通路、あるいは未発見の『空間』を示唆している」


「……っ! 貸して。……ああ、本当だわ。この勾配の計算、当時の測量技術では説明がつかない」


 リリアンが身を乗り出した。その瞬間、彼女の纏う空気が一変した。

 背筋は天を突くように真っ直ぐに伸び、指先は地図上の座標を正確に、力強く叩く。それは事務員の所作ではない。数千の兵を、あるいは伝説のパーティを死地から救い出してきた「指揮官コマンダー」のそれだ。


「逆算すれば、この岩壁の裏側に、少なくとも30平方メートル以上の空洞が存在する確率が92パーセントを越える……! ここよ! この座標から北東に15メートル。ここを掘り下げれば、失われた街道が繋がるはずだわ!」


 彼女の声が、無意識に一段低く、しかし驚くほど響くものに変わる。かつて戦場の咆哮の中で命令を伝達していた頃の「冒険者の血」が、彼女の全身を駆け巡っているのが目に見えるようだった。


「そうだ! リリアン、君は天才だ! これで『地図同盟』の悲願、辺境ルートの完全制覇に一歩近づく!」


 私たちは我を忘れ、声を荒らげて歓喜した。

 地下室の狭い空間に、私たちの興奮した議論と「軍師」の号令のような声が反響する。それが古びた排気配管を伝って、1階の酒場『銀の匙』へと響き渡っていることなど、この時の私たちは露ほども疑っていなかった。


◇◆◇◆◇

【視点:リリアン・ヴェール】


「……というわけで、この断層のズレを考慮すれば、最短ルートはこっちになるのよ! すぐに第1、第2調査班を編成して、物資の集積ポイントを――」


「リリアン様」


 スゥ、と。

 密閉されているはずの地下室に、場違いなほど「清潔な風」が吹き抜けた。


 闇の中から音もなく現れたのは、モップを構えたメイド――ナネットさんだった。

 私は、自分が無意識に「戦場での指示」を叫んでいたことに気づき、心臓が跳ね上がった。


「な、ナネットさん……!? いつからそこに」


「先ほどの『全軍突撃』の号令がかかる前から、ほこりの掃除をしておりました。……リリアン様」


 ナネットさんはいつもの無機質な声で、しかし、アクアマリンの瞳にわずかな光を宿して私を見つめた。


「私は、受付嬢としてのリリアン様も、かつて戦場を統べていた頃のリリアン様も、等しく尊敬しております。その『眼光』こそが、このギルドの安寧を守っていることも。……ですが」


 ナネットさんはモップを立て、1階の天井を指差した。


「1階の酒場で『地下から女将軍の幽霊が号令をかけている』と騒ぎになっています。ボロス料理長が『呪いだ』と震え、サーシャさんが『リリアンさんが地下でアンリさんを服従させている』と妄想を爆発させて、メモが3冊目に突入しました。声のトーンは、ほどほどになさるのが賢明かと」


「…………っ!」


 顔が、一瞬で沸騰した。

 「鉄の受付嬢」が地下で熱狂し、幽霊扱いされるほどの声を上げていたという事実。

 私はアクアマリンのピアスに触れることさえ忘れ、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込みたくなった。


「……掃除は完了しました。お邪魔いたしました。リリアン様、次は『隠密行動』の訓練もメニューに加えるべきかもしれませんね」


 ナネットさんは深く一礼し、それだけを言って闇へと消えていった。

 静寂が戻った地下室で、私は耳の裏まで真っ赤に染まったまま、机の上の地図を凝視した。


「……アンリさん。今の話、マスターには――」


「わ、わかってる。僕たちの『聖域』の話だ。……でも、さっきの君、本当にかっこよかったよ」


「……その言葉も、今は事務処理上の不要なノイズとして却下します」


 私は乱れた息を整え、必死で「鉄の仮面」を再構築しようとした。

 けれど、胸の奥で暴れた「冒険者の血」は、まだ熱を帯びたまま消えてはくれない。

 地下の聖域で見つけたこの情熱を、明日の完璧な事務処理へと繋げる。それが、自分自身の失態を塗り替えるための、唯一の「プロ」としての贖罪しょくざいなのだから。


【リリアンのプロな流儀】

「趣味を仕事に持ち込むのは三流だが、趣味の情熱で仕事の限界を超えるのは超一流である。だが、情熱が『声量』となって漏れ出した瞬間、それはプロの失態となる。……最高の戦略とは、常に沈黙の中で磨かれるべきものである」


(第19話:完)


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