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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第二部:四月・芽吹きと波乱の季節

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12/20

第11話:四月の嵐、新人冒険者の大行列

◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


 4月1日、午前8時。

 ギルドの重厚な扉が左右に弾け飛ぶように開くと同時に、春の暴風がホールになだれ込んできた。

 それは気象学的な嵐ではない。夢と希望、そして「自分だけは特別だ」という根拠のない自信に満ち溢れた、100名を超える新人冒険者たちの熱狂だ。


「――はい、次の方。新規登録ですね。あ、その剣、研ぎが甘いうえに重心が数ミリずれています。安物のレプリカですね? その装備でゴブリンの巣に入るのは、全裸で火事場に飛び込むのと同じです。登録は受理しますが、まず訓練所の基礎コースを10回受講しなさい」


 私は瞬き一つせず、脳内の『冒険者カタログ』を高速で検索する。

 新人たちの装備、歩き方、そして瞳の奥に宿る「無知の深度」。それらを瞬時に演算し、生存確率という名の残酷な数字を導き出すのが、4月1日における私の主要任務だ。


「リリアンさん、あちらの窓口が……!」

 エリスが悲鳴に近い声を上げるが、私は一瞥いちべつもしない。


「エリスさん、前を見なさい。新人の夢を肯定するのは詩人に任せればいい。私たちの仕事は、彼らの『死』という事務処理を未然に防ぐことよ」


 目の前に、革鎧を新調したばかりの少年が立った。


「受付のお姉さん! 俺、Cランクの『キラーベア討伐』を受けたいんだ。村じゃ神童って呼ばれてたんだぜ!」


「『神童』という肩書きには法的効力も戦闘証明もありません」


 私は羽ペンを置き、アクアマリンの瞳で少年の「無知」を射抜いた。


「質問します。3分以内に正確に答えてください。第一に、過去1年間の魔物討伐実績は? スライムやゴブリンを何体、どのような地形で仕留めましたか?」


「え……いや、村の裏山のウサギとかを数体……」


「実績不十分。第二に、キラーベアの初動攻撃の平均衝撃力と、あなたの革鎧の耐久限界値の差異は? 第三に、現地での活動における撤退の閾値(しきい値)は? 自身の体力の何割を消費した時点で帰還判断を下しますか?」


「えっと……やばいと思ったら、かな……」


「抽象的な判断は死に直結します。第四に、討伐予定地の気象予測と、不慮の負傷に備えた3日分の予備食料および解毒ポーションの携行プランは? 第五に、ベアの弱点部位に対する有効な打撃角度とそのための予備武器の選定理由は?」


「あ……あ、いや……」


「答えられない。つまり、あなたは自分自身の生存を運に委ねる、ただのギャンブラーです。あなたの筋肉量と装備、そして今露呈した知識の欠落から算出される生存率は、その依頼において0.8パーセント以下です。死体の回収費用と、その際の救助隊への危険手当をあらかじめ供託金として1000ゴールド納める覚悟があるなら受理しますが、どうしますか?」


 少年の顔から血の気が引いていく。私は淡々と、しかし氷のような声で続けた。

「……もし、お母様を泣かせたくないのなら、薬草採取のDランク依頼から始めなさい。あちらの3番窓口へ。次の方」


 絶望した少年がフラフラと去り、また次の「夢の塊」がやってくる。

 4月の窓口は、剥き出しの「生」と「死」が交差する。

 私は左耳のアクアマリンのピアスを一撫でし、羽ペンを再び戦場へと走らせた。


◇◆◇◆◇


【視点:エリス・クロフォード】


 隣の窓口から聞こえてくるリリアンさんの声は、もはや神託のようにさえ感じられた。


 新規登録、装備確認、適正判断、そして事務処理。

 それら全てを、リリアンさんは1人あたり3分以内で完結させている。

 迷いがない。一切の無駄がない。新人たちの勇ましい武勇伝を「無意味な情報」として切り捨て、生存に必要な「数字」だけを突きつけるその姿は、まさに私が憧れる鉄の受付嬢そのものだった。


(すごい……。リリアンさんは、本当に感情を切り離して、ギルドというシステムの守護者になっているんだわ)


 私は彼女の足元にも及ばない。新人たちの泣き言に心が揺れ、1人あたり10分もかかってしまっている。


 その時だった。

 リリアンさんの窓口で手続きを終え、意気消沈して歩き出した新人の戦士に、リリアンさんがごく小さな声で声をかけたのが見えた。

 それは、隣にいる私にさえ辛うじて聞こえる程度の、事務的ではない「ささやき」だった。


「……そこのあなた。その靴紐の結び方では、明日には森の根に足を取られて足首を折るわよ。冒険者になりたいなら、まず自分の命を支える結びノットを学びなさい」


 戦士の青年はハッとした顔で足を止め、自分の足元を見つめた。

 リリアンさんは、彼が顔を上げるより早く、次の新人を呼ぶベルを鳴らしていた。


 表情は相変わらず冷徹だ。目は書類を捉えたままで、先ほどの言葉などなかったかのように「はい、次の方」と告げている。


 けれど、私は気づいてしまった。

 リリアンさんが、ただ新人を突き放しているのではないことを。

 彼女は、彼らが「明日も生きていること」を大前提として、そのために必要な最小限の武器を、言葉として渡しているのだ。


 残酷な数字で夢を砕くのも、靴紐の緩みを指摘するのも。

 全ては、彼らを無事に次の季節へと送り出すための、彼女なりの「祈り」に似た流儀なのだと。


(リリアンさん……。私もいつか、そんな風に誰かの命を背負えるペンを執れるでしょうか)


 私は胸の奥で静かに誓い、震える指先を抑えて、次の新人へと微笑みを向けた。

 4月の嵐は、まだ始まったばかりだ。


【リリアンのプロな流儀】

「新人の夢を壊すのは残酷ではない。準備不足で死なせることこそが、受付嬢にとって最大の罪悪である。窓口を去る背中に投げかける冷たい言葉は、時にどんな魔法の盾よりも彼らを守る防具となるのだ」


(第11話:完)


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