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『無能と言われた【鑑定士】、実は世界樹の管理人でした 〜パーティーを追い出されたので、辺境で伝説の聖域を作っていたら、聖女や女騎士が「泊めてくれ」と泣きついてきた〜』  作者: やまご
第2章:聖域都市・建国無双編

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第97話:静かなる綻び、あるいはガラクタの目覚め――「平和は、退屈を糧に腐る」

王都が泥の中から再生し、人々が魔力という名の「奇跡」を「歴史」として教科書に閉じ込めてから、三年の月日が流れた。

 かつて黄金の光に包まれていた尖塔は、今は赤レンガと鉄骨で補強された実用的な時計塔へと姿を変え、街には魔導砲の轟音の代わりに、蒸気機関が上げる白い煙と、活気ある市場の喧騒が満ちている。

 アルスは、街の路地裏にある小さな「鑑定屋」の店先で、朝の光を浴びながら錆びついたゼンマイ時計を分解していた。

 彼の手にはもう、因果を書き換える魔力はない。だが、数千年の時をループし、神の理すらも覗き見た彼の指先は、物理的な法則の「急所」を、まるで魔法のように正確に捉えていた。

「……よし。これでまた、明日を刻めるようになる」

 カチ、カチ……と、時計が再び息を吹き返す。その小さな振動を掌に感じながら、アルスは穏やかに微笑んだ。

「……お兄ちゃん。……それ、もう直ったの? ……すごいね、お兄ちゃんの手は、魔法がなくても魔法使いみたい」

 カウンターの向こうで、ひび割れたバケツに今日収穫したリンゴを詰め込んでいたリリィが、屈託のない笑顔を向ける。彼女の抱えるバケツには、かつて世界を飲み込んだ「虚無」の気配はない。ただ、アルスが丹精込めて育てた果実が、重そうに詰まっているだけだ。

「……魔法じゃないよ、リリィ。……ただ、この時計が『動きたい』って言ってる場所を、少しだけ助けてあげただけだ」

 そんな穏やかな会話を遮るように、店の扉が勢いよく蹴り開けられた。

「――アルス様!! 大変ですわ!! 今日の炊き出しのスープ、アイリス様が隠し味に『魔物の干し肉(の残骸)』を入れようとして、鍋が物理的に爆発しましたわ!!」

 飛び込んできたのは、エプロンを泥で汚したセレスティアだった。かつての女神の威厳はどこへやら、今の彼女の悩みは「いかにして効率よく、アルスに美味しい食事を与えるか」という、一点に集約されている。

「……セレスティア。アイリスに言ったはずだろ、あいつの『武力』は料理には向かないって。……それで、怪我人は?」

「……アイリス様は『不徳の致すところだ』と叫びながら、爆発した鍋を素手で受け止めていました。……怪我はありませんが、アルス様の夕食が……私の、私の愛の結晶が……っ!!」

 セレスティアがアルスの膝に泣きつく。その執着の重さは、魔力がなくなっても一向に減る気配がない。どころか、魔力という発散場所を失った彼女たちの「愛」は、日々の生活という名の狭い檻の中で、より高密度に、より鋭利に凝縮されていた。

「……おい、鑑定士。……いちゃついてる暇があるなら、ちょっとこいつを見てくれねぇか」

 店の影から、顔中を煤で汚したアーサーが顔を出した。彼は今、街の蒸気技師の見習いとして働きながら、夜な夜なアルスの警護(という名の監視)を続けている。

 アーサーが差し出したのは、街の外壁で見つけたという、奇妙な「黒い石」だった。

「……ただの石じゃないのか?」

「……だったらいいんだがな。……こいつ、俺が聖剣の柄で叩いたら、逆に剣の方が『腐りやがった』。……お前の、あの不気味な【鑑定】なら、何かわかるだろ」

 アルスは、その石を手に取った。

 瞬間、彼の背筋に冷たい氷の刃を突き立てられたような戦慄が走った。

 魔力がないはずの指先が、微かに震える。アルスは、数年ぶりに、自分の中に眠る「鑑定の深淵」を呼び覚ました。

『鑑定結果:【因果の残滓レムナント・ログ】』

『状態:……深刻な「未練」の集積体。……アルスが第4部で「初期化リセット」し、切り捨てたはずの『ヒロインたちの神格』と『魔王の絶望』が、行き場を失って結晶化したもの』

『警告:……この石は「鑑定されること」を切望しています。……鑑定した瞬間、封印された過去の因果が、この平和な世界に再構築されます』

「……っ!! アーサー、その石を今すぐ捨てろ!!」

 アルスが叫んだが、遅かった。

 石はアルスの体温に反応し、ドロドロとした黒い液体へと変化して彼の腕を這い上がってきた。それはかつてのカゲロウの影よりも暗く、リリスの管理コードよりも冷徹な、世界の「バグ」そのもの。

「――ああ……。……見つけた……。……捨てられた、私。……鑑定されなかった、私の、悲しみ……」

 黒い液体から、アルスの知る「誰でもない、しかし全員のかたちをした」女の顔が浮かび上がる。

 それは、アルスが救い、そして「ただの人間」に変えたことで切り捨てられた、彼女たちの**【神としての未練】**。

「……アルス様……。……人間としての幸せなんて、不自由なだけですわ……。……さあ、もう一度……私を『鑑定』して。……そして、世界を、あの美しき『狂気の檻』へ、再構築なさい……?」

 黒い影がアルスを飲み込もうとした瞬間、店の壁が粉砕され、二人の女が躍り出た。

「――主様に、妙な『汚れ物』を近づけるなと言ったはずだッ!!」

 アイリスが、魔力なき腕力だけで巨大な鉄槌を振るい、黒い液体を物理的に叩き潰す。

 

「……主様の日常を汚すバグは、私がこの算盤(経済)の力で、存在価値をゼロにして差し上げますわ」

 ロザリアが、氷のような冷徹な瞳で、帳簿を手に影を睨みつける。

 

 魔力なき新世界。

 だが、彼らの「執着」と「因縁」は、決して消えてはいなかった。

 

 アルスは、汚れた腕を拭いながら、立ち上がった。

 

「……いいだろう。……俺が捨てたガラクタが、俺に復讐しに来たってわけか。……受けて立ってやるよ。……今度は魔法じゃなくて、この『錆びた知恵』で、お前を本当の意味で『無価値』に再構築してやる」

 第5部。

 【不遇の鑑定士:再構築の残滓レムナント編】。

 

 かつて最強だった者たちが、最強を捨てた「今」を守るために。

 自分たちの「過去(遺産)」を鑑定し、葬り去るための戦いが、再び幕を開ける。

第98話(未練の化身、あるいは鏡の中の女神): 黒い液体は、街のあちこちで「かつての神の力」をエサに人々を誘惑し始める。セレスティアたちは、自分たちの「神だった頃の理想像」と対峙することに。「……私は、神聖な聖女などではありません。……アルス様のスープを焦がして泣く、ただの不器用な女ですわ!!」。

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