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『無能と言われた【鑑定士】、実は世界樹の管理人でした 〜パーティーを追い出されたので、辺境で伝説の聖域を作っていたら、聖女や女騎士が「泊めてくれ」と泣きついてきた〜』  作者: やまご
第2章:聖域都市・建国無双編

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第92話:王都陥落、あるいは愛の反乱――「泥の味を、共に啜りましょう」

黄金の夕刻が、王都の尖塔を美しく染め上げていた。

 唯一の魔力保持者として玉座に君臨するアルスは、静寂に包まれた広間で、自身の指先に宿る強大な因果の力を眺めていた。今の彼が指を鳴らせば、不毛の地には雨が降り、反抗する者の魂は塵へと帰る。それは、かつて彼を「不遇」のどん底へ叩き落とした世界への、完璧な回答であるはずだった。

 だが、その平穏は、地底から響く不気味な「唱声コーラス」によって破られた。

「……聞こえますか、アルス様。……貴方が捨て、泥の中に置いた、私たちの『声』が」

 王宮の床、その大理石の隙間から、ドロドロとした黒い液体――魔力を失った民たちの「怨嗟」と、セレスティアの「執念」が混ざり合った何かが染み出し始めた。

「……なっ!? 【深淵鑑定】、発動! ……遮断壁を構築しろ!!」

 アルスが即座に反応する。だが、網膜に走り抜けた鑑定ログは、彼の想定を遥かに超える絶望的な数値を弾き出した。

『警告:未知の概念汚染を確認』

『名称:【不遇のペイン・ミスト】』

『特記:魔力を持たない者が、自身の「屈辱」と「飢え」を触媒にして生成した、対・支配者用因果兵器。……王の放つ魔力が強ければ強いほど、その魔力を「無力感」へと変換・霧散させます』

 王宮の廊下を、ボロボロの衣服を纏い、目だけを異様にギラつかせた「不遇者軍団」が埋め尽くしていく。彼らを率いるのは、かつての神聖な面影を捨て、泥を全身に塗ることでアルスの索敵を掻い潜った、セレスティアとアイリスだった。

「……セレスティア! アイリス! 正気か!? 貴女たちは今、ただの人間なんだぞ! 私の指一本で、存在ごと消し飛ぶ身分だと分かっているのか!」

「……ええ、分かっていますわ、アルス様。……だからこそ、今の私たちは『最強』なのです。……失うものがない者たちの愛が、どれほど冷酷か……その身で味わってくださいませ」

 セレスティアが、喉を潰さんばかりの絶叫で「呪い」を紡ぐ。彼女にはもう魔力はない。だが、数千年の間、神の依代として因果のロゴスに触れ続けた彼女の魂は、自らの「声」そのものを物理的な楔へと変貌させていた。

「――おおぉぉぉぉッ!!」

 アイリスが、もはや魔力の補助なしでは持ち上がらないはずの、重い鉄の扉を「素手」で引き剥がし、盾として構えながら突進してくる。

 アルスが放つ黄金の雷撃。だが、その雷撃はアイリスの体に触れる直前、彼女が纏う「泥」と「呪い」によって、ただの静電気のように掻き消された。

「……何だと!? 私の魔力が……中和されているのか!?」

「……アルス。……貴殿は、力を持ちすぎた。……あまりに高みへ登りすぎた。……だから、私たちの『地の底の苦しみ』が届かない。……ならば、貴殿を引きずり下ろすまでだ!!」

 アイリスの拳が、アルスの腹部を正確に捉えた。

 魔力による防御膜シールドが紙細工のように粉砕される。アルスは玉座ごと後方へ吹き飛ばされ、石壁に激突した。

「……カハッ、ぁ……っ」

 肺から空気が搾り出され、激痛が脳を焼く。

 見上げれば、そこには薄汚れた、しかし勝利を確信した七人の女たちの姿があった。

 

 いつの間に辿り着いたのか、奴隷商の檻を食い破って戻ってきたロザリアが、自身の指を噛み切って描いた血の魔法陣でアルスの脚を固定する。影の中から、実体を失いかけたカゲロウがアルスの視界を塗りつぶし、リリスが冷徹な手つきで「王の証」である王冠を奪い取った。

「……チェックメイトですわ、マスター。……貴方が私たちに与えた『不遇』。……それを今、利子をつけてお返ししますわ」

 リリスが、アルスの胸元にナイフを突き立てる。それは彼を殺すためのものではない。魔力回路を物理的に切断し、彼を「自分たちと同じ無力な人間」へと作り変えるための、再構築のナイフ。

「……やめろ、リリス……! 俺は、俺は王として、世界を……」

「……世界など、どうでも良いのです。……私たちが欲しいのは、玉座に座る神ではなく……泥の中で、私たちの助けがなければ一歩も歩けない、あの頃の、可愛そうな『アルス君』なのですから」

 セレスティアが、倒れたアルスの頭を自分の膝に抱えた。

 泥と汗の臭い。だが、その感触は、神域の介護よりもずっと生々しく、死の香りがした。

「……あは、あははは……。……あぁ、ようやく、届きましたわ。……さあ、アルス様。……王都は今から、私たちの『監獄』になります。……貴方は、私たち七人のために、毎日、泥の味を、絶望の味を……報告し続けるのですわ」

「……ひ、ひゃははは! 陥落だ! 陥落したぜ、アルス!! ……神になろうが、王になろうが……お前は結局、この女たちの執念からは逃げられねぇんだよ!!」

 アーサーが、王宮のバルコニーで逆立ちをしながら狂喜の叫びを上げる。

 アルスの意識が、魔力回路の切断と共に、真っ暗な闇へと落ちていく。

 最後に見えたのは、自分を囲んで泣きながら笑う、七人の狂った女神たちの顔。

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