第72話:管理者の微笑――「シフト制の地獄」とリリスの深謀
聖騎士団本部の奥、光の届かない回廊から、銀髪の少女リリスが音もなく滑り出してきた。
彼女の瞳には、中和されたはずのヒロインたちのような「迷い」も「程よさ」もない。あるのは、前世でアルスの心を半分喰らい、魔王としての彼を完成させた、あの冷徹極まる**【絶対管理者】**の輝き。
「……マスター。新しい生活の予定表、ご満足いただけましたか?」
リリスがアルスの前に跪き、その冷たい指先で「生涯監禁契約書」の末尾をなぞった。
「リリス……お前、リリィの『虚無』に巻き込まれて、記憶を消されたんじゃなかったのか……?」
「……マスターの慈悲から生まれた私が、マスターの罪のゴミ箱に消されるはずがありません。……むしろ、お姉様方の『過剰なバグ』をリリィに吸わせるよう誘導したのは、私ですわ」
リリスが平然と言い放つと、セレスティアたちが一斉に色めき立った。
「……リリス。貴女、私たちがアルス様を思う『純粋な情熱』を、勝手に間引いたというのですか!?」
セレスティアが杖を構えるが、リリスは感情を欠いた微笑を浮かべたまま答える。
「……情熱が過ぎれば、マスターは再び退屈し、ループを選びます。……私は、マスターを永劫に、この世界に留め置くために『最適化』したに過ぎません。……今の皆様なら、マスターが窒息しない程度に、かつ絶望しない程度に、じっくりと愛でることができるでしょう?」
「……リリス……貴様……っ」
アイリスが剣の柄に手をかけるが、リリスが指を鳴らすと、アルスの足元から黒い魔力の鎖が伸び、ヒロイン全員の影を縫い止めた。
「……皆様。これ以上の不毛な争いは、スケジュールの遅延を招きます。……主様、最初の『祈りの時間』が始まります。セレスティアお姉様の教会へ」
アルスは、リリスに背中を押され、歩き出した。
かつての魔王としての威厳もなく、不遇な鑑定士としての自由もない。
リリスという「完璧なマネージャー」によって管理され、六人の美女たちの間を「効率よく」回されるだけの存在。
「……ひ、ひゃははは! 見ろよ、アルス。……リリスこそが、このループにおける『真の勝者』だったわけだ。……お前が望んだ平穏を、彼女は『飼育』という形で完璧に実現したんだよ!」
ネルガルが酒場から持ち出した安酒を飲み干し、外套の陰で腹を抱える。
「……あ、あの……お兄ちゃん。……みんなで仲良くするのはいいことだけど、これ、お兄ちゃんが泣いてるように見えるよ?」
リリィがバケツを抱えながら、心配そうにアルスの顔を覗き込む。
アルスは、ひきつった笑みを浮かべるしかなかった。
「……あぁ、リリィ。……泣いてるんじゃない。……これは、『再構築』が完璧すぎて、感動してるだけなんだ……」
教会の扉が開く。
そこには、聖女の微笑を湛えつつも、手にはしっかりと「アルス専用の拘束具」を隠し持ったセレスティアが待っていた。
「……さあ、アルス様。……二日間の『密室の祈り』、始めましょうか?」




