第71話:灰色の新世界――「程よい」執着と、戦慄の共同生活
聖都を包み込んだ灰色の光が収束したとき、そこには奇妙な静寂が訪れていた。
アルスはリリィの錆びたバケツを握ったまま、荒い息をついて膝を突く。全身の魔力を使い果たし、胸の「漆黒の核」は微かな余熱を残すのみ。
「……はぁ、はぁ……みんな、無事か……?」
アルスが顔を上げると、そこには立ち尽くす女たちがいた。
セレスティアの背中の翼は漆黒から灰色に、アイリスの剣を包んでいた黒炎は静かな残り火に変わっている。リリィの「虚無」が彼女たちの狂気を中和し、アルスの「再構築」がそれを理性と繋ぎ止めたのだ。
「……アルス様。……私、何を……。いえ、覚えていますわ。貴方を監禁しようとしたことも、その小娘を消そうとしたことも」
セレスティアがふらつきながら歩み寄り、アルスの頬にそっと手を添えた。その瞳には、以前のような「完全に理性を失った暗闇」はない。だが、代わりに**「冷静に、論理的に、貴方を逃がさないと決意した」**知性ある独占欲が宿っていた。
「……アイリスも、落ち着いたみたいだね」
「……あぁ。……貴殿を焼き殺して胃袋に収めるのは、少々乱暴だったと反省している。……だが、貴殿の隣に私がいないという選択肢は、やはり再構築しても存在しなかった」
アイリスは折れた剣を鞘に収め、アルスの腕を「当然の権利」のように抱きかかえた。
『警告:全ヒロインのステータスが「狂気」から「高度な執着」へ移行』
『判定:彼女たちは今、「力」ではなく「法と合意」によって貴方を縛ることを選択しました』
「……アルス様。お姉様方と話し合いましたの」
ロザリアが氷の鳥から降り、優雅な所作で一通の書面を取り出した。それは、聖都の法に則って作成された、アルスの「鑑定士」としての新たな雇用契約書……という名の、**【生涯監禁・共有スケジュール表】**だった。
「月曜と火曜はセレスティア様の教会で『祈り』を。水曜と木曜は私の離宮で『魔力研究』を。週末はアイリス様の演習場で『狩り』を。……もちろん、夜の管理もすべて分担制ですわ」
「……は? 待ってくれ、俺の意見は……」
「……主様。……今の貴方には、拒否権を『再構築』するだけの魔力は残っていませんわよ?」
カゲロウが影から現れ、アルスの影と自分の影を「物理的に」縫い合わせた。これでアルスは、彼女たちの誰かが許可しない限り、この聖都から一歩も出ることができなくなった。
「……ひ、ひゃははは! おめでとう、鑑定士! 自由を求めてループした結果が、『シフト制の飼育箱』とはな!!」
ネルガルが酒瓶を持って高笑いする中、アルスは背後に隠れていたリリィを見た。リリィは、毒気が抜けたバケツを抱えて、不思議そうな顔をしている。
「……お兄ちゃん。みんな、仲良くなったみたいだね。……でも、これ……お兄ちゃんの休みが、一日も書いてないよ?」
「……リリィ。……気づかなくていいんだ、そこは……」
アルスは遠い目で、灰色に染まった空を見上げた。
力でねじ伏せる魔王でもなく、一方的に蹂躙される不遇な鑑定士でもない。
「逃げられない平和」という、最も巧妙に構築された地獄。
だが、その契約書の末尾に、アルスは見覚えのある署名を見つけた。
「……【管理人:リリス】? ……おい、あいつ、どこにいるんだ!?」
その瞬間、聖騎士団の本部の奥、影よりも深い場所から、感情を消去されたはずの「第7のヒロイン」が、かつての記憶を完璧に保持したまま姿を現した。
「……マスター。……お姉様方の調整、完了いたしました。……次は、貴方の『心の一部』を……再教育いたします」




