第69話:聖都の監禁騎士――「主様、この不純物は処分いたしましょう」
天馬が聖都の白亜の城壁を越え、アーサーが団長を務める聖騎士団の本部へと着地した。かつてアルスを馬車から蹴り出した場所は、今や彼を「神」として奉るための、黄金と大理石の要塞へと作り変えられていた。
「さあ、主様! ここなら安全です! 私の配下三千人が、貴方をあのアマゾネスどもから死守いたしましょう!」
アーサーは馬を降りるや否や、アルスを王者のように抱きかかえ、深紅の絨毯の上を大股で歩き始めた。その後ろを、怯えきったリリィがバケツを抱えてトボトボと付いてくる。
「……アーサー、下ろせ。……それから、リリィをそんな目で見るな」
アルスの【鑑定】は、アーサーの瞳の奥に、かつて自分を石像に変えたアルスへの「恍惚たる畏怖」と、その横にいるリリィへの「不純物への殺意」が混ざり合っているのを捉えていた。
「……お兄ちゃん、このおじさん……さっきから私を『消しゴム』を見るみたいな目で見てくるよ……」
「……フン、小娘め。主様の御側に、魔力も持たぬ貴様のようなガラクタが居座るなど、万死に値する。……主様。この娘には、私が用意した『聖水(猛毒入りの再構築液)』を飲ませ、美しい『台座』に変えておきましょうか?」
「……させないって言ってるだろ!!」
アルスはアーサーの腕を振り解き、リリィを背後に隠した。
だが、安堵したのも束の間。聖騎士団本部の重厚な門が、外側から「氷結」し、一瞬で粉砕された。
「……アーサー。私のアルス様を、汚らわしい男の手で抱くなど……万死に値しますわ」
氷の破片と共に現れたのは、セレスティア、アイリス、ロザリア、そして影から滲み出たカゲロウの四人。彼女たちは、アーサーという共通の敵(泥棒猫ならぬ泥棒犬)を前に、一時的な共闘体制を敷いていた。
「……ひっ、もう追いついてきた!? 早すぎるだろ!」
「……アルス。……その騎士を殺し、私に預けろ。……貴殿を、鉄格子のない場所へは二度と行かせぬと、私の剣が泣いているのだ」
アイリスの黒い炎が、聖騎士団の広間を焼き始める。
アーサーは「ハッ!」と冷笑を浮かべ、聖剣を抜き放った。
「くくっ、狂女どもめ! 主様は私が『聖なる檻』で守護するのだ! ……総員、構えろ! この女たちを、主様を汚す『害獣』として駆除せよ!!」
「「「「おおおぉぉぉぉっ!!」」」」
洗脳(あるいは再構築)された三千人の聖騎士たちが、アルスを守るために、狂ったヒロインたちへ突撃を開始する。
ドォォォォォォォォン!!
聖都のど真ん中で、魔王の妃たちと、狂信者軍団による「アルス争奪戦」という名の地獄が幕を開けた。
「……お、お兄ちゃん……。みんな、お兄ちゃんが好きなんだね……。……でも、これ、すごく……気持ち悪いよぉっ!!」
リリィの至極真っ当な感想に、アルスは深く頷くしかなかった。
その時、混乱の最中で、アルスの【鑑定】がある「バグ」を検知した。
『警告:リリィの体内の「空虚」が、周囲の狂気に反応しています』
『判定:彼女は「無」ではなく……「すべてを飲み込む器」として再構築されています』
「……え? リリィ……君、一体……」
リリィの瞳から光が消え、彼女が持っていた錆びたバケツが、周囲の魔力を吸い込んで「ブラックホール」のように歪み始めた。
「……みんな、うるさいよ。……お兄ちゃんを、困らせないで」
リリィが静かに呟いた瞬間、聖都中の音が消えた。




