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俺はな、こいつを殺して強くなるんだよ

 下水道の中は酷い臭いがした。


 布ごしからもツンとした刺激臭が鼻を攻撃して、涙が出そうになる。


 何も用意してなかったら即時撤退を選んでいただろう。


 アデーレを連れてこなくて良かった。


 下水の通路は中心に水が流れていて、左右に道がある。


 並んでは歩けないほどの幅しかないので、大きな武器は持てない。


 兵はみんなショートソードを装備している。


 狩人の息子だと言っていた兵が先頭を歩き、周囲を警戒しながらも順調に進んでいると、急に立ち止まった。


 左手を挙げて二本指だけを立てる。


 これは事前に決めていたハンドサインだ。


 敵がいると手を挙げて、指で数を伝えることになっている。


「俺が行く」


 全員がぎょっとした顔で俺を見ていた。


 貴族が下水道に入ることじたいが異例だというのに、さらに戦うとは何事だ、迷惑なんだよ!


 なんて思っているのかもしれない。


 現場にしゃしゃり出てくるトップなんて邪魔でしかないのはわかるが、俺はどんなことをしてでも強くなる、ならなければいけないのだ。


「どけ」


 一言発しただけで兵が、下水の川を飛び越えて反対側の道に移動した。


 ボスが率先して戦いに行くなんて三流だし、映画であれば序盤で殺される噛ませ犬のような存在だろうが、俺は気にしない。


 泥臭くても、セラビミアに対抗できる力を手に入れるのだ。


 ヒュドラの双剣を鞘から抜きながら、ゆっくりと歩く。


「グギャギャ!」


 ゴブリンの醜い声が聞こえてきた。


 薄暗い明かりに照らされた姿は、ゲームで見たのと同じ姿だ。


 暗闇に適応するため目は白く濁っていて、視力はほとんどない。


 ゴブリンの最大の特徴である鷲鼻は人間と変わらないサイズになっていて、嗅覚の機能が著しく低下していること、外見からでもわかる。


 下水道に特化して進化したゴブリンという設定で、視覚や嗅覚が退化した代わりに聴覚が発達している。


 当然、足音から俺や兵の存在には気づいているので、もう戦闘態勢に入っていた。


「武器は……なんだあれ? 棒なのか?」


 暗くて分かりくいが、鉄製と思われる長めの棒を持っていた。


 槍というには作りは雑だが、先端は尖っていて貫通力はありそうだ。


 最悪なことに、汚物がついてそうな跡も見えるから絶対に接触したくない!!


「ギャギャ!!」


 先頭にいるゴブリンが槍を突き出してきた。


 茶色い汚物が付いている。


「汚え!!」


 慌ててバックステップで回避した。


 思っていた以上に厳しい戦いになりそうだ。


 緊張によって全身から汗が出る。


「ジラール様! 我々が戦い――」


「黙れ!」


 ルートヴィヒが代わりに戦うと言いそうだったので、大声で拒否した。


 ゴブリンは顔を歪めながら耳を押さえて、動きが止まる。


「俺はな、こいつを殺して強くなるんだよ」


 魔物を倒せば倒すほど魔力を貯蔵する臓器が強化されて、ベースの身体能力や魔力強化の幅が上昇する。


 特に魔法や遠距離ではなく接近戦の方が効率は良い。


『悪徳貴族の生存戦略』内で語られていたことなので、製作者であるセラビミアは熟知しているので、己を効率よく強化して圧倒的な強さを手に入れていたのだろう。


 俺もレッサー・アースドラゴンを倒してかなり強化されていると思うが、セラビミアには届かなかった。


「わ、わかりました」


 覚悟が伝わったようで、ルートヴィヒは黙った。


「待たせたな」


 言葉の意味は伝わっていないだろうが、声色から俺の戦意が高まったと気づいたようで、ゴブリンは警戒していた。


 間合いを詰めるために飛び出す。


 突き出された鉄の棒は左手の剣で上に弾き、右の剣でゴブリンの腕を突き刺す。


 後ろに飛んで距離を取るのと同時に、俺が弾き飛ばした鉄の棒が振り下ろされた。


 ガンッと硬質な音が鳴り響く。


 ゴブリンは鉄の棒を持ち上げると、もう一度振り下ろそうとして倒れた。


 ヒュドラの毒が回ったのだ。


 強力で有名なだけあって、即効性がある。


「ギャギャ?」


 急に仲間が倒れて驚いているもう一匹のゴブリンに向けて、ヒュドラの双剣の片方を投擲した。


 不意を突いたようで避けられることはなく、脳天に刺さると仰向けに倒れる。


 暗所での戦いに慣れてなかったんだが、何とかなったようだ。


 実感はないが、これで魔力を貯蔵する臓器が強化されたはず。


「お見事でした」


 拍手しながらルートヴィヒが近づく。


「俺はレッサー・アースドラゴンすら倒した男だぞ? ゴブリンごときに負けるはずがない」


 なんかまた、三流っぽい発言をしてしまったな。


 前世の俺だったら絶対に言わないセリフなので、ジャックという存在に少し引きずられているのかもしれないな。


「もちろんです」


 貴族の言葉はむやみに否定できないため、素直に返事をしてくれた。


 本当は心の中で、「武器の性能が高いから勝てたんだろ」とか思っているだろうな。


 まあ事実、レッサー・アースドラゴンも武器のおかげで勝てたところもあって、俺も似たようなことは感じている。


 修行のために普通の武器に変えて、実力を磨くべきなのかもしれない。


 実力が追いつくまでは封印するべきかもなと思いつつ、ゴブリンに刺さったヒュドラの双剣を手にすると、血を拭き取ることにした。

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